4 プロムントの箒屋2
箒の会計が済むまで、ハルは店内に飾られた箒を眺めて待っていた。
さっきまで老婆が進めていた箒は、小柄なユウナ向けの汎用性の高い箒ばかりだったが、店内にはそれ以外の用途の箒も数多く展示されていた。
柄が長く、跨ぐところにクッション性のいい椅子が取り付けられた箒。これは、長距離飛行用のものだ。
一般的な箒だと、枝や植物の毛が束ねられているブラシの部分が横に平たくまとめられている。これは、飛行に不慣れな子供用の箒だ。
その他にも、多くな荷物を運ぶために異様に太く作られた箒、二人乗りの箒など王都の魔箒店でも取り扱っていないような珍しい商品が並んでいた。
その中で、一本ハルの目を引いた箒があった。
その箒は、店の奥、ほこりをかぶったガラスケースの中に展示されていた。
丁寧に削られた流線形の柄には、持ち手と足を置くための金具が取り付けられている。肝心のブラシになる部分は光の当たる角度で色が変わる不思議な体毛が使われている。
「それに目がいくとは、お客さんなかなかの通だね」
声に驚いて振り返ると、油紙で巻かれた箒を手にしたユウナと老婆が立っていた。
「どうしてこんなものがこの店に?」
「イニトゥーワで長生きするとね、こういう出会いもあるんだよ」
含みを持たせた言い方で老婆が笑う。
その横で話が見えていないユウナが首を傾げている。
「坊ちゃんは買わないのかい?」
「俺はいいですよ。式典には出ないんで」
老婆は突然ハルの左手をつかんだ。
急なことに驚き振り払おうとしたが、老婆の力は意外に強くがっちりと抑えられてしまった。
夏に似合わない長袖のローブの袖から包帯でぐるぐる巻きになった左手がのぞく。
「これはまた、もったいない」
老婆はハルの手を見て残念そうに言った。
「いろいろありがとうございました」
老婆の手を振り払い足早に店を出たハルを追ってきて、ユウナが言った。
箒を抱えながら歩くその足取りは目が見えないとは到底思えないほどしっかりしている。
「いいよ気にしなくて、ただのお節介だから」
「そのおせっかいがうれしかったんです。
私、目が見えないけど大抵のことはできるから心配せれることがすくなくて。でも、できるからと言って見えないことが怖くないわけじゃないんです。
だから、お店までついてきてくれたのはすごいうれしかったんです」
ユウナは笑いながら言った。
その笑顔に嘘はないのだろう。
「言っとくけど、俺は目が見えない人間が式典に出るのはやっぱり無理があると思っているぞ。
何も魔法使いになることが全てじゃないんだから」
箒選びの助言をしたが、ハルの気持ちは変わっていなかった。
式典
それは魔法特性を持つ子供にとって決して切り離すことができない行事だ。
正式な魔法使いと認められることは、今後の人生を大きく変えることになる。
だが、同時に魔法という超自然の力を扱うにはリスクも伴う。
だから、魔法使いとしての資質を見極める式典は、かなりの難易度を誇る。
ただでさえ箒での飛行にはセンスと努力が必要なのに、目の見えないユウナが今日買ったばかりの箒で式典に挑むというのは無謀であると言わざるを得ない。
ユウナを止めるのは、ハルの優しさだった。
「またまたお節介ありがとうございます」
ユウナもハルの気持ちはわかっているのだろう。いたずらっ子の笑顔を見せて頭を下げた。
「けど、イニトゥーワに来るって決めた時から私の気持ちは決まってるんです」
ユウナの顔を見てハルはこれ以上の言葉が無意味だと悟った。
「じゃあな、俺は式典に出ないからもう会うこともないだろうけど、せいぜい死なないように頑張りな」
ハルはそう言ってユウナと別れた。
目が見えない相手に手を振るのもどうかと思ったが、ハルは包帯だらけの左手を挙げ後ろ向きに手を振った。
きっとオーラとやらで見分けたのだろう。ユウナも箒を落とさないように、小さくハルの背中に手を振った。
***
さっきまで明るいと思っていたのに、プロムント横丁を出ると急に日が傾き始めた。
ハルは、荷物からメモを取り出した。
今回の式典への遠征のしおりになっているそのメモには、今日の宿が記されている。
ハルはメモを片手に、人通りが減った大通りを進んだ。