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3 プロムントの箒屋



(厄介なことになった)


 薄暗い店内の古い木製の椅子に腰かけて、ハルは内心ため息をついた。


『ベェートス魔法箒専門店』


 その看板は、あつらえたように少女がハルに話しかけてかけてきた場所から目と鼻の先に掲げられていた。

 目の見えない少女は、ユウナと名乗った。

 ユウナに店の場所を教えたハルは、そのままその場を立ち去ることもできた。ユウナ自身も、ハルには箒屋の場所をお教えてもらう以上の何かを期待していたわけではないようで、すでにハルが教えた方向へおぼつかない足取りで進んでいた。

 その後姿を無視して先に進めるほど、ハルは冷たい人間ではなかった。


「すみません、もう少し短い箒はありますか?」


 ハルのことを、特に気にする様子もなく、ユウナは真剣に箒を吟味していた。

 薄暗いプロムント横丁の店なので大した箒はないだろうと思っていたが、そんな春の予想は大きく外れた。

 店の雰囲気自体は、暗く埃とカビのにおいがして、お世辞にもいいとは言えない。店にはユウナとハル以外に客はおらず、閉店しているのかと疑ったほど静かだ。店員も、年老いた老婆が一人だけのようで箒一本取りだすにもやたらと時間がかかる。

 しかし、時間をかけて出てくる箒はどれも名作と呼んでいいものばかりだった。

 グラッツェラのユニコーンモデル、ブリュネルの汎用箒(ヤドリギの枝)、アルディーニの689年型

 最新型や流行の箒は出てこないが、過去の名箒師の良作が次々と出てくる。

 そんな名作たちを、ユウナは次々と下げさせていた。


「目が見えないのに目利きなんてできるのか?」


 二つ目の箒を下げさせたタイミングでハルが尋ねるとユウナは振り向くこともせず、何でもないといった様子で答えた。


「目が見えなくてもオーラはわかるから」


 ユウナが言うには、物や生き物はそれぞれオーラを発しているのだそうだ。

 ユウナはそのオーラを見て人へ話しかけたり、物を見極めているようだ。

 確かに、ユウナはハルに話しかけた時から杖(ここでいう杖は魔法使いの杖ではなく、盲目の人が使う杖のことだ)を使っていなかった。

 ハルの周りには盲目の知り合いがいないので、「そういうものか」と納得した。

 

「じゃあこれなんかどうだい」


 店の奥に行っていた老婆がユウナの要望に応えて、また一本の箒を出してきた。

 さっきまでの箒よりも一回り柄が短い。

 ユウナは箒を手に取り柄やブラシを手でなぞり、丹念に吟味を始めた。

 これまでは手に持ったと途端に首を振っていたので、かなり気に入っているようだ。

 ユウナは、一通り箒を撫でまわすと、くるりと振り返りハルを見た。見た、といってもその両目は当然閉じられている。

 だが、瞼が上がっていれば確実にハルと目が合っている角度でハルの顔を見ている。


「これどう思います?」


 ユウナは手に持った小ぶりの箒を掲げて尋ねた。

 聞かれたハルは、まさか箒の目利きを頼まれるとは思っていなかったので面喰いつつ、改めてユウナが持つ箒を見た。

 柄に刻まれた作者と材質を確かめてユウナに向き直る。


「まず、お前はこれを何に使うつもりなんだ?それを聞かなきゃいいも悪いも言えないな


 ユウナは即答した。


「式典に出るために使います」


 予想していた答えだったが、あまりにも即答されるのでハルは少し面喰う。


「式典に出るって、本気か?

 目も見えないやつが、今日買ったばかりの箒で?」


 ユウナはまた即答する。


「式典に出ますよ。目が見えないやつが、今日買った箒を使って」


「死ぬ気か?」


「いいえ、生きるために飛ぶんです」


 瞼で閉ざされた奥の瞳を見ることはできないが、真剣な目をしているであろうことは容易に想像がつく。

 ハルはまた内心ため息をついた。


「チェルダ魔箒工廠の汎用箒。もとが軍事用だから性能がいいのはもちろんだけど、これはさらに扱いやすく改良されてる。

 柄は頑丈なカーム、グリフォンの体毛を使っているけど、羽や尻尾じゃなくて胸の毛を使っているから飛行性のわりに御しやすい。

 いい箒だよ」


 ハルの言葉にユウナは驚いたような顔をした。

 

「俺は聞かれたことに答えただけだ」


 ぶっきらぼうな態度でハルが言うと、ユウナはおかしそうに笑った。


「道を聞いただけの人を心配してついてきてくれたり、本当は反対しているんのに箒について真剣に考えてくれたり、ハルさんっておかしな人ですね」


 その評価は、ハルにとって甚だ不本意なものではあったが、うまく反論する言葉が見つからず顔をそむける。


「で、どうするんだいお嬢ちゃん。買うのかい?買わないのかい?」


 二人の会話が途切れたタイミングで、店の老婆が声をかけた。


「これをいただきます」


 ユウナは手に持っていた小ぶりな箒を突き出して笑顔で言った。












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