2 プロムント横丁の出会い
コータたちと別れたハルは、駅の外へ出ていた。
駅の外には田舎にしては栄えた街並みが広がっていた。
大通りに面した入口に看板を掲げる店が多いので、この辺りは商店街のようだ。
町の大通りの入口のメインアーチにはおおきな横断幕が掲げてある。
『歓迎魔法使いの卵達 始まりの街イニトゥーワへようこそ』
横断幕だけではない。
よく見てみると、街全体が旗などで飾り付けられている。
三日後の『式典』に向けて、街全体で盛り上げようとしている様子が見て取れる。
駅を出た人々は、その華やかな大通りを進んでいく。
通行人の半分は箒を持った少年少女だ。
人ごみの中では箒を横に持つのは迷惑だ。必然、少年少女たちは箒を縦に持つようになる。
柄の部分を下にして、肩に軽く載せて持つのが一番多い。柄を下にするので、箒の要であるごみを集めるための部分が上にくる。
少年少女たちの身長の倍ほどある箒は、大人たちの身長よりも高く、人ごみの中で揺れるそれは大男の後姿のように見える。
そんな偽大男の後姿は、同じ箒といえども三者三様の姿をしている。
まず一番多いのは植物の枝を束ねたもの。街を歩く箒たちの八割がこの形状だ。ただ、同じ枝といってもその質は大きく異なる。
とりあえずまとめただけの粗末なつくりの箒もあれば、形のいい枝を集めたもの、さらにその上に樹脂を塗って形を整えたものなどがある。見るからに新品だとわかるものもあれば、何十年も使い古されていそうな年季の入った箒もある。
いい箒を持っている者は、どことなく自信に満ち溢れているように見える。逆に、質素な箒を持つ者からは覇気が感じられない。
その対照的な後姿が、なぜだかハルの心を締め付けた。
人ごみの中を歩く少年少女たちの残りの二割が持っていたのは、獣の毛を使った箒だった。
枝を使った箒に比べ、細く繊細な雰囲気を持つ獣の毛の箒を持つ者たちは、また少し違った雰囲気をはらんでいた。
まず体つきが違う。体格は同じくらいだが、夏場の薄着の季節ということもあって、一目で鍛えていることがわかる。そして顔つき。枝の箒を持つ者たちは、自信の差はあれど緊張しているのを隠せていないものが多かった。
しかし、獣の毛の箒を持つ者たちは、緊張よりもむしろあふれる闘志を押さるために冷静を装っているように見えた。
ハルはその表情を知っていた。彼らが内に秘める気持ちを知っていた。
レースに臨む前、心は燃えつつも頭は静かに試合のプランを考えるあのイメージ。
子供のころから何度も繰り返してきた。そして、一年前を境に感じることがなくなったあの感覚。
ハルは気が付くと、箒を持つ一団と離れて横丁のほうへと歩みを進めていた。
プロムント横丁
ハルが足を向けた通りには、そう書かれたブロンズの看板が掲げられていた。
大通りから一本逸れただけなのに、さっきまでの賑わいが嘘のように静まり返っている。
大通りに面した建物が軒並み大きいせいか、プロムント横丁は昼間だというのにどこか薄暗い。
道路沿いにいくつか看板が掲げられているので店はあるのだろうが、どこも明かりがついていないので営業しているのか怪しい。
通行人もいるにはいるが、どこか覇気がなく俯きがちに歩いている。
(いやな雰囲気だな)
一目見ただけで、ハルはこの横丁にいいイメージを持たなかった。
しかし、今からさっきの大通りに戻ったのでは後ろからやってくるコータたちと鉢合わせてしまうかもしれない。
そうでなくても、箒を抱えた少年少女が多数いるあの通りを抜けるのは、精神衛生上よくない。
「仕方ないな」
誰に言うでもなくつぶやいて、ハルはプロムント横丁へと踏み出した。
***
プロムント横丁は、大人が三人横に並べばすれ違うのが難しくなるほど狭い通りだった。
もっとも、さっきまで居た大通りが、馬車や最近王都でたまに見かけるオートモービルが二台ずつすれ違えるほどの広さがあったので、それと比べて必要以上に狭く感じているだけかもしれないが。
実際、プロムント横丁を歩くのはハルを入れても数人だけなので、この広さで十分事足りているのだ。
石レンガが敷かれた通りをゆっくりと歩く。
夏の暑い日だというのに、石レンガは妙に湿っていて横丁の空気は冷たい。
道端には、ぼろをまとった老人がうずくまって座っている。
近づくまで寝ているのか起きているのか、そもそも生きているのかも怪しかった老人は、何日も洗っていないであろうべたついた髪の毛の隙間から、ハルのことを見ていた。
視線に気づき、ハルの背筋に寒気が走る。
ハルはそっと懐に手を入れた。そこには、20センチほどの木の棒が仕舞われていた。
魔法の杖。
正式な魔法使いになればこんなものは必要ないが、まだ卵のハルには必須のアイテムだ。
イニトゥーワの治安が悪いという話は聞かないが、ハルの本能が警戒することを強く勧めていた。
そうやって、気を付けながら歩いていたからかもしれない。何の前触れもなくかけられた言葉に、ハルは比喩ではなく実際に数センチ飛び上がった。
「あのすいません」
ハルの背中越しに声をかけてきたのは、小柄な女の子だった。
ローブのフードを深くかぶり表情は読めないが、ハルと同年代のようだ。
ここまで走ってきたのか、肩で息をしており切羽詰まったような声をしている。
ローブを着ているがその下は夏用の運動着のようであり、どこかで転んだのか両膝を盛大に擦りむいている。服には、ハルや駅にいた少年少女たちと同じ幾何学模様が刻まれている。
一瞬、杖を出しかけたハルは、その姿を見て落ち着きを取り戻した。
「えっと、どうしました」
いったん懐から手を放し尋ねる。
少女は、ハルの声を聴いて少し驚いたような仕草をしたが、すぐに答える。
「箒屋さんはどこにありますか?私、ここに来るのは今日が初めてで何もわからなくて」
箒、という言葉にハルの表情が少し曇る。
「ごめん、俺もさっきの電車で来たばかりなんだ。だから力にはなれないかな」
なんとなく、これ以上話を続けないほうがいい気がして、ハルはもう一度謝り先に進もうとした。
そんな背中にまた声がかかる。
「あの、じゃあ今見える範囲に箒屋さんの看板はありますか?」
少女から重ねられた質問にハルは首を傾げた。
箒屋の場所を尋ねるのはわかる。ハルだって見知らぬ土地で目的の場所がわかあらなければ通りがかった人に聞くだろう。
だが、見渡す範囲に箒屋があるか?などという問いかけはしない。
「そんなの、聞かなくても自分で見ればいいじゃ……」
そう言いつつ振り返ったハルは、言葉を詰まらせた。
振り返った先には、さっきと同じ位置に少女が立っていた。違うのは、深くかぶっていたフードを脱いでいたこと。
フードの奥には、予想通りハルと同い年ぐらいのかわいらしい少女の顔があった。
少女は自分の顔を指さして言った。
「私、目が見えないんです」
申し訳なさそうにはにかむ少女の目は、両目ともに固く閉ざされていた。