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1 箒を持たない二人


 十六歳になった年の夏。年に一度、青く輝く月が昇る夜に空を飛ぶ。それが、一人前の魔法使いとして認められる唯一の手段である。


***


 王国領の北の端。縦断鉄道の終着点であるイニトゥーワ駅は、その日、いつになく混雑していた。

 いつもなら一時間に一本程度しか来ない汽車でも空席が目立つのに、今日は十分おきにやってくる汽車すべてが満席となっていた。

 駅につき、客車の扉が開くとぞろぞろと人の波がホームへと流れ出る。

 乗客は大人と子供がちょうど同じくらいの割合で、大人たちの姿がバラバラなのに対して子供たちの姿にはいくつかの共通点が見られた。

 まず年齢だ。汽車から降りてくる子供たちは皆、十五~六歳の少年少女である。二つ目は服装。身に着けている服の趣向はそれぞれだが、皆一様に服のどこかには幾何学的な模様をつけている。そして最後の三つ目。これが一番大きな共通点なのだが、子供たちは全員、自分の背丈の倍はあるような箒を抱えていた。


 いや、全員ではなかった。

 ホームの一番奥。駅の出口から一番遠い人ごみの途切れた場所に、一人箒を持っていない少年が立っていた。真っ黒なローブに身を包み、前髪で目を隠したおとなしそうな少年だ。

その少年が、ホームの隅の壁際で数人の男女に囲まれていた。少年を囲む彼ら彼女らは皆箒を持っている。それも、心なしかホームにいる大半の子供たちよりも上等な箒に見えた。


「箒を持ってこなかったって、それ本気で言っているのハル」


 少年を取り囲んでいた者たちの一人が声を上げる。

 小柄だが整った顔立ちとブロンズの髪の毛が特徴的な少年だ。

 ハルと呼ばれた少年が顔を背ける。


「コータには関係ないだろ」


 ハルのその態度に、小柄な少年コータの顔が真っ赤になる。


「関係ないってなんだよ、ハルはこれがどれだけ大事なことかわかってるのか?

 三日後の式典で空を飛べなかったら魔法使いになれないんだよ」


「わかってるよもちろん」


「じゃあなんで箒を置いてきたのさ」


「コータ、お前もわかってるだろ、俺はもう飛べないんだ」


 あきらめたように笑うハルの顔を見て、コータの言葉が一瞬詰まる。


「それは、でもあと三日あればどうなるかわからないじゃない」


「わかるさ、俺はもう一年飛べてないんだぞ」


 長い前髪で隠されたハルの瞳が自身の左腕へと向く。

比較的涼しい北のイニトゥーワといえども、この真夏の時期に黒のローブを着込んでいるのはハルぐらいのものだろう。

そのローブの下が包帯でぐるぐる巻きになっていることを、ハルを囲む全員が知っていた。


「コータ、続きは宿についてから話そう。みんな長旅で疲れてて気が立ってるのよ。

 箒だって、すぐに使いを出せば式典までに届くわよ」


 気まずい沈黙の後、コータの後ろに控えていた赤髪の少女が言った。務めて明るい声を出しているが、それが気休めであることは誰の目にも明白だった。

 今から急ぎの便りを出せば、確かに箒は届けられるだろう。だが、問題はハルの気持ちにある。ハルの気持ちを変えなければどうすることもできないだろう。


「ごめん、アリサ、先に宿に行っててくれ。俺は少し街を歩いてから行くよ」


 ハルはそう言って取り囲む少年少女たちを切り分けて歩き出した。

 ハルの後姿は、ものの数秒で人ごみにまぎれ見えなくなった。


「あいつは、こんなところで終わっていいような魔法使いじゃないんだ」


 さっきまでハルがいた壁を睨みつけながら、悔しそうにコータがつぶやく。


「ええ、わかっているわ。けど、私たちには何もできない」


 アリサは、ハルが消えていった人ごみを見つめながら言った。

 それは、この一年、ここにいるみんなが思っていたことだった。



***



 ハルとコータたちが話しているころ、イニトゥーワ駅に新たな汽車が入ってきた。

 数駅前から乗車率が200パーセントを超えていたこの汽車は、駅に着くなり堪えかねたかのように扉を開き乗客を吐き出した。

 その乗客の中に一人の少女がいた。

 扉に押し付けられるような位置にいた少女は、扉が開くと同時に勢いよくホームに投げ出された。抗いようのない人の波に押された少女はバランスを崩し前のめりに倒れる。うまく受け身をとれなかったせいで膝を派手に擦りむいてしまった。

 乗客たちは少女を避けて歩いていく。だが決して少女に手を差し伸べることはなかった。

 少女はしばらく耐えるようにうずくまると、痛みをこらえて立ち上がった。

 今にも泣きそうな表情だが、涙は流れていない。

 転んだ時に落としてしまっていた荷物を拾い上げ、少女は歩きはじめた。

 その少女の手に、箒は握られていなかった。












週二回、土日投稿の予定です。

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