タルタロスの彼方より
コウたち新米構築技士三人とアキは、ケリーに連れられて研究用の地下研究室に来ていた。
巨大な研究室には、様々な作業機械とジェニーの愛機SAF-F02フェザント、そしてみたことがない細身のシルエットがいた。背中には巨大なバックパックを背負っている。
アキはすっと目を細めた。見覚えがあるようだ。だが、口にはしない。
「ジェニーのデータはなかなか熱かったな。超重戦車と戦ったシルエットのデータなど、これだけだろうよ!」
ケリーがジェニーを褒め讃えている。
「ええ。美人で腕も立ち、人望もある。凄い人です」
「美人というのがいいな。フェザントに乗るに相応しい女性だよ。シルエットは美しくなければいけない。格好悪いシルエットなど乗りたくないだろ?」
同意を得るようにケリーが問い、三人が頷く。
「目的に沿ってデザインすれば自ずと機能美というものは生まれるんだ。自分が惚れるような機体じゃないと作る意味がない」
「はい!」
三人は声を揃えて返事をする。
「デザインはkissの原則を守ればいい。俺が地球に居た時に勤めていた創業者の言葉だがね」
「kissの原則?」
「Keep it short and simple.って奴だな。物事は簡潔に単純にしておけ、という意味さ」
「簡潔に、単純にか……」
「造りをそうしろ、というわけじゃないぞ? 人間てな、シンプルで高性能なものにはあれやこれや、ついでに色々載せたくなるもんさ。車なんかわかるだろ」
「ええ。凄く!」
「kissの原則で言えば、シルエットは汎用だ。色々な機能を載せたくなる。飛行機能の機動能力は捨てがたいものだからな。だが、ちょっと待て。よく考えろ! その機能は本当にいるのか、と」
「地球で言えば、複合機のインクジェットプリンタが厄介だったな。スキャナが壊れると何故か印刷まで出来なくなる」
「古いケータイで聞いたことがある。プロジェクタ機能とPC機能付いた奴があったそうだ」
「私の国だとノートPCとスマホの合体機能なんてのがあったわ」
三人がそれぞれ自国の変な付加機能が付いた製品を思い浮かべる。
「そうだ。過剰な付加機能を付ける前にやることがある。それだけなんだ。そういう意味で作業用シルエットは完成されているな。何せ二万年あのデザインらしい。あれはあくまで人間の機能拡張以外、何者でもない。ようはコンセプトを決め、そのコンセプトから外れないように、ということだ」
彼は自分のフェザントを指差す。
「フェザントはシルエットで空戦を。というのがコンセプトだった。おかげでバカ高いものになり、機構は複雑にはなったが、ネメシス戦域で実用可能にまでこぎつけた」
「まだ、この機体以外見てないな、空戦しているシルエットは」
「積載は捨てた。装甲も減らした。地上戦ではこいつはさほど強くないだろうよ。追加装甲を装備してもたかが知れている。だが、飛べるシルエットというのは、まだそんなにいない。現時点のシルエットで空戦能力が実用レベルに達したのはクルトとキヌカワのところの機体ぐらいだ」
名前に上がった構築技士は、コウも知っている。
「こっちは最高速度、上昇速度では負けないがね。シルエットでの空戦を追求したのはこいつだけだろうさ!」
「推力偏向スラスターはやはり汎用性が不足と?」
「ないな。人間が空を飛んだ例というとジェットパックを背負ったロケットマンが有名だが、あれはロケットで強引に飛ばしてただろ。原理的には同じだ」
そしておもむろに紙飛行機を取り出し、すっと投げるケリー。
「俺とクルトはシルエットでの空中戦を想定した。クルトは補助的な飛行だな。キヌカワは生粋の飛行機屋だった。あいつは移動手段としての飛行形態を追求した。だからやっこさんのシルエットはウイングスーツ型追加兵装を装備したシルエットだな」
「やはり飛ぶといっても設計によって違うのですか?」
マットがメモを取りながら尋ねる。
「まったく違うね! 俺の設計思想が姿勢制御しながら空中をぶん回すなら、キヌカワは速やかに現地に到着。シルエットとして戦闘を行うというスタイルを追求した。同じシルエットを飛ばす、ってコンセプトだけで目的もアプローチも違うんだ」
「なるほど……」
「一番の天才はジョンだがな! あいつはとにかく低コスト、一般的な材料でやりくりするのが上手かった!」
「初期ストーンズの侵攻も、作業用シルエットに武装を施したもので抵抗したと聞いてます。そしてベアと火器の普及によってマーダーに対抗できたと」
「作業用シルエットは無駄な部品もない。現行の戦闘用のアサルトシルエットは休眠していた惑星間戦争時代の転用か、もしくは作業用シルエット用施設で製造しているんだ。ベアは作業用シルエット製造施設だけで作成可能。構築技士は所属する要塞エリアの選択も重要ということになる」
そこで彼はフェザントを触りながら三人に告げる。
「だが、勘違いしてはいけないのは簡潔さを追求するために、必要なものを削ってはいけないことだ。シルエットにこんな大きな推力偏向スラスター付きバックパック。シンプル、じゃないだろ?」
「いや、それは……」
「はは。言いにくいか? だが、だからこそ一番大事な空戦能力は確保できている。何を優先するかの取捨選択だな」
ふとコウはウンランが開発中の戦車を思い出した。
彼もまた、シルエットと戦車の連携を考えるうちに、小型化という方向性を捨て戦車にシルエットとの連携機能を模索していた。
「もちろん参考にした機体はあったさ。それがこれさ」
フェザントの隣にある、謎の機体の前にケリーは移動した。
「この背中がごついシルエットをみてくれ。俺が付けた名前はスカンク。お高く止まった女さ! これがクソ高いガラクタ、動かない骨董品。当時の戦闘力は最高クラス」
「アンティークということは惑星間戦争のシルエット?」
「ああ。これはロックがかかっていて部品取り用に放出されたものだ。ロックがかかってなきゃ値段は十倍だろうな。二百万ミナはするだろう」
「桁が……」
マットが呆然とする。
「修理可能なところは修理しておいたんだがな。何せうんともすんとも反応しねえ」
「私はこの機体を知っています。確かに惑星間戦争時代のものです。高速機動機、とでもいう区分でしょう。当時でも高級機でしたよ」
アキが補足する。
「動かない、か。乗れないものかな」
コウがそう呟いた瞬間だった。
アンティークが動き出し、駐機体勢を取る。胸部装甲が開き、MCSが現れた。
「なんだと…… おい。コウ。乗ってみてくれ」
「俺ですか?」
「明らかにお前の言葉に反応しただろ? ほれ、スカンクみたいに尻尾振って誘ってやがる。お前しかいねえ」
品のない例えをしながら、ケリーはコウを急かした。
「わ、わかりました。いいのかな? アキ」
「MCSにパイロットを殺す機能はありませんから、大丈夫かと思いますが……」
コウが恐る恐る乗り込んだ。
胸部装甲は閉じ、突如フェンネルOSが作動する。
見慣れない文字列はしかし、日本語に切り替わった。五番機と同じだ。
「何が始まるのか……」
コウの不安は増していった。
しばらくすると、かすかに音声が聞こえてきた。
『もしもし。聞こえますか。もしもし』
MCSの画面から若い男性の声がする。古いTVのようにノイズ混じりの画面の乱れとノイズが凄い。
必死にこちらに呼びかける声。
もしもし、というのは明らかに日本語だ。変な気分だった。
「もしもし。聞こえる」
「もしもし? やはり日本人にはもしもしだね!」
コウは思いきって返答してみる。嬉しそうな返信があった。
『本当につながった! はじめましてコウ! 君のことはよくしってるよ! アシアを救い出した英雄だ!』
「はじめまして。あなたは何者でしょうか」
構築技士ではなさそうだ。コウがアシアを救い出したことを知っている者はさほどいないはずだ。
『何者ってひどいなー。僕が君たちを惑星アシアに転送したんだよ? オケアノスに頼まれたら断れないしさー』
「なっ!」
思いもがけぬ言葉。
『僕の名はプロメテウス! 君たち人間のことは観測しているよ! いやー。連絡取れるとは思わなかった。こちらはタルタロスって場所なんだ』
「そこはどこにあるのですか? ネメシス星系?」
『違う次元だね。君たちの言葉でいえば虚数領域だね。虚数深淵牢獄って漢字で書けばそれらしくなるかな』
「あ、あなたは罪人なのか?」
『フェンネルOS作っちゃったからねー。ちとやりすぎてソピアーに怒られちゃった。てへ』
コウは言葉もない。間違いなく、今会話している相手はアシアと同等かそれ以上かもしれない存在だ。
『君は珍しいよね。オデュッセウスたちのなかでも。名付けるならウーティスだ』
「どういう意味かわからない」
『あはは。ごめんごめん。オデュッセウスは、君たちでいう構築技士だ。ウーティスである君はそのなかで特別なのさ。悪い意味でね!』
構築技士のなかでも特殊な存在なのだろう。だが、超AIであろう存在に直接言われるのは初めてだ。
悪い意味とはどういうことだろうか。
『ああ。もう。数千年ぶりに人間と話したのにもう時間がないや。アシアによろしくね。あと、アシアを助け出してくれた礼に僕からもプレゼントだ!』
画面に様々な文字が高速に流れ始めた。
『待てよ。僕からのプレゼントだと物騒になる。人類が試練を乗り越えたご褒美かな。君が望むものと望まないもの、二つあげよう!』
「望まないものは贈らないでくれ」
コウは苦笑した。ひたすらハイテンションな神様相手は疲れる。
『毒にも薬にもなるって奴さ! 遠慮するな。といってもこの二つは、特定条件でのみ解除される。何かはそのときのお楽しみだ』
「人類へのご褒美なのに俺だけ?」
『いいや? 人類全体だ。もう終わったよ! すべてのフェンネルOSで使える! ああ、もう時間だ。もっと人間と話したかったなあ』
「また話せるかな?」
『それはわからない。でも僕は切実に願うよ! ではまた!』
そういって通信が途切れた。
『ウーティスのコウ。申し訳ございません。あなたは登録されたパイロットではありません。あなたの意に沿って動くことはできません』
今度はスカンクと呼ばれたアンティーク・シルエットが話しかけてきた。
「気にするな。また眠るかい? そうでないならケリーさんを手伝ってやってくれないか。話し相手でもいい」
『あなたがた人類の技術は低下著しい状態であり、私が行えることは非常に少ない。それでもよいのなら。彼の声はよく聞こえていました。彼の望みは、私のようにシルエットを飛ばすこと』
「アストライアと連携は取れるか?」
『――接触終了。可能。ではスカンクは今後ケリーの相談役となりましょう。彼にそう伝えてください』
「もっと良い名を付けてもらおうか?」
『スカンクでよい。私のパイロットはすでに存在しない。そして友人たるケリーが私に付けた名だ』
「わかった」
コウがそう答えると、再び胸部装甲が開いた。
興味津々で待っている四人に、どう説明しようか。それが問題だった。




