それぞれの思い
フッケバインの足下でクルトの講義が始まる。
「シルエットはMCSを中心に、胸と腰のフレームで成形されています」
コウは頷いた。その点については作業機や五番機の構造で知っている。
「兵衛さんは人工筋肉の柔軟性を、構造で解決しようとしたのです。つまり胸、ではなく。右胸、左胸、中央胸部とブロック構造で駆動するように。腰もそうですね。右腰、左腰、中央腰部にわけています。普通の機体は両手を頭上に構えた時、手をまっすぐにあげますが、ラニウスは肩部を後方に持っていくことができるのです」
ブロック構造は同じく知っている。ヴォイが、こんなもの壊れたら胴体ごと交換じゃないかとぼやいていたのだ。
「腰もそうですね。腰を落とし、姿勢を安定させる。腰を捻る動作を可能にしています。本来ならこれらも人工筋肉を用い、補強する予定でした。ですが修理の互換性を考慮し、それを諦め、簡易的に数本の人工筋肉をまとわせるだけにしたのです」
「そこに整備性の問題が」
「そうです。さらに腕部と胸部は交換不可の一体型になります。さすがの兵衛さんも諦めました。ラニウスは複合機構を採用することでコストも上がってしまいましたしね」
ふと、そこで何か引っかかるコウ。じっとフッケバインを見つめる。
「シルエットの四肢はモジュール化構造で、規格はある程度共通化されていますよね」
「そうですね。よほど特殊な機体ではない限り。ラニウスもヴュルガーも人工筋肉を用いた手足を使っていますが、通常規格も使えますよ。――何か閃きましたか?」
「いえ。まだ構想です。もし形になったら、是非クルトさんにも聞いていただきたいです」
「それは楽しみですね。フッケバインがブリコラージュの材料になったら幸いですよ。私と兵衛さんもお互いの機体にインスピレーションをもらいましたから」
コウが確認するかのように、疑問をぶつける。
「共通規格は昔から変更ありませんか?」
「ないですね。何せシルエットは二万年前の技術と言われています。最適化はすでに終了しています。整備性、互換性は極めて優れています」
「腕に関しては接続部が破壊されていない限り、シルエット単体で交換できる……」
「足も交換用さえあれば単機で出来ますよ。予備の足を担いでいくわけにはいきませんし、その場所まで這う必要はありますが」
「そこは難点だと思ってます」
「兵器というのは騎兵にとっての過酷な戦場に耐えうる馬でなければいけません。ひ弱なサラブレッドでは困るのです。荒っぽく使っても決して壊れない信頼性が一番重要です」
「武人の蛮用に耐えうる兵器、のことですよね」
「まさにそれです」
クルトはそこで少しぼやいた。
「そこからが構築技士の悩み所。基本構造は変えてはいけないので思い切った設計はしにくい。バックパックの性能に依存しがちです。毎回手足を交換していたらお金もかかる。とくに性能差がでやすいですからね。装甲材一つとっても難点です」
「作業機と同じ、というわけにはいかない、ですね」
「ええ。先ほど私達が乗った高機動機はどちらかというと航空機寄りの構成ですから。通常のシルエットの手足だと性能は落ちるでしょう? かといって装甲材に弾痕一つで交換するわけにもいきませんから」
「修理しやすいものまで視野に入れて、かあ。難しいな」
「ネメシス戦域の特殊性ですね。個人単位、大きくてもアンダーグラウンドフォース単位での傭兵ですから。金銭感覚はシビアになります。もし通貨統合するオケアノスがいなければ、ストーンズが経済面から支配していたでしょうね」
「ありうる……」
思わず顔を顰めるコウ。敵とは兵器でドンパチして決着をつけたほうが、性に合う。
「高次元投射装甲のおかげで、同じようにウィスを通している近接武器は有効です。接近戦は避けられていますけどね」
「レールガンやガスガンが主流ですよね。圧力でいえば射撃武器が剣を上回ることなどあり得ないのに、いまだに理屈がわからない」
「セラミックはユゴニオ弾性限界が高いです。鋼鉄が1.2GPa。チタン合金が2.8 GPa。タングステンが3.8GPa対し、セラミックは20GPa。これは鋼鉄よりも原子間の結合が強いためです。ですが割れやすい特性のため速度の遅い弾頭には効果が薄い。複合装甲がそうして生まれました。ですが、速度の遅い、すなわち剣の刺突や斬撃にはあまり効果はありませんよね」
「高次元投射装甲と武器は、見えない厚みや重さが発生すると聞いた。そっか。セラミック板を叩き割ってるイメージか」
「そうです。表面の金属装甲が強化されていても、やはり降りかかる質量、剣相手には薄い。ケーレスも高次元投射装甲をまとっている以上、近接攻撃はやはり有効です。あとは重機関砲を一定面に撃ち続けることぐらいでしょうか」
クルトに別室に案内される。
様々な砲弾が並んでいた。
コウはちらっとアキを見た。ここはアキが完全に専門だ。
アキは澄まし顔でスルー。クルトにお任せらしい。
「レールガンや軽ガスライフルの弾頭が共用されているのは知っていますね。貫通力が優先なので、基本はAPFSDSを使用しています。この装弾筒のなかのタングステン系の合金で作られたダーツ状の侵徹体、いわば弾芯が装甲に触れるとお互いの表面が流動化、侵徹体が勝れば貫通となります」
コウは頷いた。そこらは軽く説明を受けていたのだ。装弾筒付翼安定徹甲弾とはまた覚えにくいものだと思ったものだ。
軽ガスガンで使用する場合は砲弾のガスを注入する。レールガン使用では、ガス注入と保管費が不要になるので、その分弾頭の単価は安くなる。
「百二十ミリ砲弾ですね。地球でもだいたい同じサイズの砲弾です。これが人間が持って作業する最大口径と言われています。これ以上大きいと、シルエットで作業するしかないですね」
「逆にいえば、人間が作業しないから大口径砲弾が使えると」
「そうです」
「レールガンや軽ガスガンは初速が地球に存在していた砲とは桁違いです。直撃しなくてもそれなりの衝撃にはなる。歩兵がいなくなった理由の一つですね。これとか」
視線の先には金属バットほどの長さ、そして太さの砲弾がある。
「これは機関砲弾?」
「現在アシアでの最大口径の機関砲弾ですね。口径は六十ミリ。これが毎分数百発近く飛んでいきます。ケーレスに多いセラミック系装甲には有効ですね」
「うへぇ」
どんなに装甲が厚くても、タングステン製の尖った金属バット数百発も受けたくはない。
「三メートル位内なら直撃を受けなくても、生身の五体が飛び散ります」
それからもコウはクルトの講義を受け続けた。
自分の設計した兵器を例に、どのような要求性能を求め、どのように整備するかを考えた設計思想は実に勉強になった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「ドイツ料理も悪くないね。まさか一泊することになることになるとは思わなかったけど」
「ごめん、ジェニー」
「全然? こっちは商談捗ったしね!」
「ええ。まさか最新鋭シルエットをあの価格で譲って貰えるとは…… 思わず四機購入です」
どうやら大きな商談に成功したようだ。フユキが呆然と端末を叩いている。
「うちの部隊でもベアは多いです。これでかなり戦力アップになりますね」
「はい。こちらこそありがとうございます。メタルアイリスに使ってもらえるとなると、今後の宣伝になりそうですしね」
クルトは微笑みながら言う。どこまでも紳士的だ。
「クルトさん。ありがとうございました。また連絡させてください」
「もちろんです。是非またゆっくりお話しましょう。何かあったら相談してくださいね」
「はい!」
別れを惜しみつつ、クルトはメタルアイリスの面々を送り出した。
彼の笑顔が消え、彼以外入ることが許されない部屋。フッケバインの元へ行く。
彼は、未完成の機体を見上げて呟いた。
「もう少しです。私が持てるヒントを全て彼に伝えました。彼が何を閃き、何を提供してくるか。うまく導いてやれてるといいのですが」
クルトは息子に語りかけるようにフッケバインに語りかける。
「あなたは未完成ながら、絶望的な戦いで私を助けてくれた。奇しくも彼も同じ目的だった。私はあなたを完成させる。そのための技術が、きっとコウ君からもたらされる。そう信じています」
クルトは、数年前の戦いを思い出す。
以前いた要塞エリアも敵の侵攻を受けたことがあるのだ。
多くの仲間が倒れ、彼の機体も傷つき、倒れた。残されたのは、未完成のこの機体のみ。
動かないと思われたこの機体が突如として、クルトの前に駐機姿勢を取ったのだ。
ありえないこと――だが、彼はこの機体の意思を感じた。手に取るはツヴァイハンダーのみ。
だが、この機体はその運動性を持って、無尽の活躍を見せた。彼はからくも陥落した要塞エリアを脱出し、この場所で再起を遂げることが出来たのだった。
目の前のフッケバインは静かに佇んでいる。
「待っていてくださいね。あなたを本当の――マーダーを滅ぼす、戦場を駆ける凶鳥にしてみせます。布石はもう打ちました。あとは待つのみ」
動かぬ試作機に対し、クルトは祈りを捧げる巡礼者のようであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
転移者企業TAKABAのあるI250要塞エリア。本社の会長室で会話している男がいる。
初老の日本人。痩せ型だが筋肉質だ。細い顔立ちで威厳がある。
「はい。こちら鷹羽です。これはクルトさん。どうも。はい。やはりコウの野郎が? これはこれは…… うちの若ぇもんが大変お世話になりました。大変有望な剣士? そうでしょう。そうでしょう…… へえ。そうですか。ラニウスの五番機を……」
クルトとは久しぶりの長話を楽しんだ。どうやら相手も上機嫌だったようだ。
通信機を切った後、彼は穏やかな目で外を眺めた。
机の上に飾ってある写真を見る。
彼と、孫の修司が映っている。アシアにきてから撮影したものだ。
「杲君が生きていたよ。修司。聞いて驚け。――お前が乗る予定だった、ラニウスの五番機に乗ってるってよ。そしてアシアを救い出したんだぜ、あの小僧は」
彼は静かに涙を拭った。
惑星アシアに転移されたとき、置いていかれ死亡したと言われていた萬代屋杲。孫の友人。何度か会ったことがあるし、道場で剣術談義をした仲だ。
死んだと聞かされたときは、思わず報告者に怒鳴ってしまったほど、感情が高ぶった。
何故若い者が、何故有望な剣士から死んでいくのだろう。歯痒かった。話がしたかった。
孫の話と剣の話がしたかった。
だが、死んだ。
置いていかれるというありえない事態で。
「生きているなら、とっとと連絡しろってんだよ。なぁ?」
応えぬ写真に語りかける兵衛。
孫の修司は五番機に一度も乗ることがなく、亡くなった。
彼らの拠点であった工廠機能がある防衛ドームが奇襲を受けたのだ。
孫が死に、搭乗するパイロットがいないはずのラニウスが暴走した。人間を守るために。
そして置いていかれたはずの杲が生きていた。しかも孫が乗る予定だったラニウスの五番機に乗って。
あり得ないことではない。コウが置いていかれた場所は、もとは彼らの拠点。そして確かに兵衛がみずから五番機の廃棄指示を行ったのだ。
スクラップには断固反対し、コックピットのみ変更した。
再生させたかった。しかるべきパイロットが、きっと現れると信じて。
持ち帰りたかったが、その余裕もなかった。泣く泣く地下のジャンクヤードに廃棄したはずの機体。
その機体が、まだ動いている。孫の友人と共に旅をしている。
アシア救出まで成し遂げた。アシアから聞かされた時、最初は信じなかった。コウという同名の、別人だろうと。
クルトからの連絡で、有望な剣士と聞いてようやく確信が持てたのだ。
運命を感じずにはいられなかった。
「なあ。てめえが杲君を導いたのかよ? 修司。そうじゃなきゃありえねえ偶然だよな。彼は居合いを遣うんだったか。俺たちのラニウスが、ちったあ役に立ったなら言うことねえやな」
静かに目を閉じた。
孫と会わせてやりたかった。
兵衛はそっと瞳を閉じ、偲んだ。




