聖杯起動
フラックは手順を踏み、作戦の最終段階に移行する。
「聖杯起動」
聖杯が赤く輝く。これこそが本来の用途であった。
「やめろ!」
フラックのラニウスにアキレウスが飛翔して迫ろうとするが、ボガティーリも同じく飛翔して立ちはだかり、対峙する。
「お前だけは許さん」
「どけ! 貴様はヘルメスの手下ではなかったか!」
「ランスロットはギネヴィアを愛する者。私は彼女の信奉者でもある。――超AIアシアを傷付けたお前らだけは許さん」
空中で切り結ぶアキレウスの手刀とボガティーリのアロンダイト。
ヴァーシャはアキレウスの手刀すら凌いでみせた。
――超AIアシアはギネヴィアとして配役された。彼女を愛するランスロットとアーサー王か。マーリンめ。小癪なことをする。
ヴァーシャがストーンズに力を貸す理由こそ、内紛を繰り返す人類に絶望して超AIアシアを保護するためだった。
初心を思い出し、操縦桿を握る手に力が入る。
フラックが次の段階に移行しようとしていた。
【機制の火】」
息を飲むヴァーシャ。その火はアシアの騎士であるコウにのみ許された火では無かったか。
――否。彼は生粋のメカニック。ならばこそメカニクス・ファイアなのだ。
心のなかで驚愕と歓喜を押し殺し、アロンダイトをアキレウスの肘関節に打ち込んだ。
刀身は折れたが、アキレウスの右腕部は駆動もあやしくなる。
「貴様ァ!」
「通じたぞ!」
神の肉体、最強のアナザーレベルシルエットにボガティーリの攻撃が通じたのだ。
ワーカーと同じ構造ならば、内肘までは強化できまいと踏んだのだ。
「私はもう保たん! 頼んだぞガラハッド!」
「感謝します」
ヴァーシャが叫び、ボガティーリが動作を停止する。
すかさずクー・シーがボガティーリを口に加えて戦線を離れた。
「潜在能力発動――再製。ナウシカアー、お願い!」
『クォークグルーオンプラズマ生成装置発動。物理法則の変換を実行――終了』
フラック。お願い。
アシアの声が聞こえたような気がした。
聖杯が起動した。こぼれおちる血潮のようなミアズマこそ、アシアの命そのものなのだ。
「これで――」
聖杯から輝く刀身が出現した。
聖杯から生まれたヒュレースコリアが二人が対峙する赤い空間を作り出す。――いわばアシアの血による結界そのもの。
ヴァーシャのボガティーリと連れ出そうとしていたクー・シーが空間の外にはじき出された。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
フードの奥深くから、じっとガラハッドを見守るマーリンことアベル。
その光景は遠目の水晶を用いて騎士を見守る、まことのマーリンその人にも見える。
「フラックが永遠の火をもっていなかったことは僥倖でした。つまりは彼もまたビッグボス同様にヘファイスティオン候補たりえる者こそアレクサンドロスⅢに対抗しうる存在。かの王は歴史の転換点。生半可な概念では太刀打ちできません」
マーリンはいつものように悪戯が成功したかのような子供じみた笑顔を浮かべた。
「これも何かの神の思し召しか。メカニックのフラックがビッグボスの後継者のようなもの。偶然か必然か。強い人間といっても限度があります。構築技士の役割が終わりつつあるのかもしれません」
少しだけ寂しそうに、己の予想を呟く。
「敵に悟られるわけにはいきません。そこでフラックを円卓の騎士ガラハッドというテクスチャで偽装してみました。あのバルバロイがローマ皇帝レオなら打倒できませんからね」
東ローマ帝国初期皇帝であるレオは十三世紀までの歴史に連なる。その後復興したが、十五世紀には完全に滅んだ。
「最強のアナザーレベルシルエットを倒す武器こそガラハッドがもつ聖杯――クォークグルーオンプラズマはビッグバン直後の超高温・超高密度状態で存在したとされるクォークとグルーオンが非閉じ込め状態にあるプラズマです。この極端な条件下では量子色力学が特に重要であり通常の物質とは異なる特有の現象が観測されます。我々の時代では観測こそできたものの、手に届くことはなかった概念です」
マーリンが震えながら呟く。
これから起きる事象を赤色矮星ネメシスに祈るような気持ちだった。
「だからこそクォークグルーオンプラズマ、そして二十一世紀半ばでは未発見だった要素。重力子、アクシオン。そしてカルツァ=クライン理論による五次元における電磁気力と重力の統一理論によるネメシス星系の文明力――ウィス。これらの要素さえあれば我々の知る文明では不可能とされた光のみのブラックホール――クーゲルブリッツエンジンさえも可能となるのです」
この物語のプロットを組んだ者こそマーリン。
彼は幻想兵器アーサーとの交流によってクーゲルブリッツエンジンの正体に近付いていたのだ。
「二十一世紀では五次元の空間の電磁気力と重力を統合するカルツァ=クライン理論など古くさい理論に過ぎず、宇宙は観測による十次元の弦理論や十一次元のプレーン理論の多次元宇宙論がもてはやされていました。。三十五世紀の発達した文明は世界は観測すらできない多次元宇宙ではなく二十一世紀でも確たるものであった単一宇宙であることを突き止めていた。すぐ隣の世界線など存在もしておらず、事象にはifもはなく、揺らぎこそあれ結果は一つのみ。ゆえに二十五世紀にソピアーは七つの次元に散っていった」
モニタ越しにガラハッドが聖杯を起動している。アナザーレベルシルエットのナウシカアーが制御している。失敗はない。
「聖杯の正体。それは幻想兵器のリアクターから採取されたクォークグルーオンプラズマ生成装置。再製をもつガラハッドでなければ不可能でした。そして彼こそは――惑星アシアに生まれた人間です。かの者が為さねばならないのです」
聖杯から刀身が出現する。
七色に光り輝く、不思議な刀身だった。
「二十一世紀からの旅人に過ぎぬ我らには高次元など過ぎたもの。しかしウィスは当たり前にあるネメシス星系においてクォークグルーオンプラズマが生成できるなら、ウォームデンスマターの再現などはるかに容易い。ナウリの排他原理とクーロン相互作用さえ理解していれば、二十一世紀の技術でも手が届くのです」
聖杯の材料は幻想兵器から採取したもの。あとはどう彼等が識る知識のなかに落とし込み、利用するかだ。
刀身の展開が終わった。
「溢れ出る聖杯の血による結界。アシアの存在そのもの。エウロパ。忘れていませんか。この星の聖母こそアシアでしょう?」
マーリンが注視している映像では、ランスロットのボガティーリがクー・シーごと聖杯が生み出した結界の外に弾き飛ばされている。
「かくしてランスロットは聖杯に拒絶され、清らかなる騎士ガラハッドが聖杯を手にすることになる――」
聖杯伝説をそらんじてみせたマーリンが勝利の笑みを浮かぶ。ランスロット保護のためにアシアが弾き飛ばしたのだろうが、結果的には聖杯伝説を倣ったのだ。
「聖杯騎士ガラハッドは本人や愛する者を殺す剣を岩から引き抜いて使いこなしたといわれています。これにて伝説の再現は終えました。――この一瞬のための円卓劇。極めて強い人間原理を利用して成功率を僅かでも引き上げるためのもの。予言はここに成就したのです」
マーリンが宣言した。
ガラハッドことフラックは惑星アシアという岩盤から、聖剣を引き抜いたのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
光の剣を掲げるラニウス。
「再製完了。これがボクが使ったことのある最強の武器。星の内核に匹敵する圧力と高温で生成されるもの。ウォームデンスマターで作られた星の聖剣カレドヴールフ」
カレドヴールフ。裂け目を意味し、エクスカリバーを意味する単語の語源ともされる。
フラックは惑星リュビアでアーサー搭乗時、使用したことがある武装を再製したに過ぎない。
「たかがプラズマソードなど!」
その言葉をサバジオスが遮った。
「逃げよ! あれはプラズマなどではない! 黄金剣の刃である! 惑星そのものの力だぞ!」
「どこに逃げろと!」
サバジオスの警告にアキレウスに搭乗するアレクサンドロスⅢは絶叫する。ラニウスが間近に迫り、刀身を振り上げていた。
あり得ぬ話だった。
アキレウスとて今は使えない。
五番機とエメ専用ワーカーが手を置いている円卓が震えた。
「技術封印を解く手段だってあるんです。あなたは知らないでしょうけれど惑星管理超AIが放つ魂の叫びのような想いから生み出したもの。幻想兵器という存在が」
『我が名はナウシカアー。すでにあるものを制御できて当然也』
フラックは知っている。惑星管理超AIリュビアが生み出した想いの結晶を。ナウシカアーはバステト――心優しい幻想兵器。
幻想兵器は邪悪な存在もいたが、人に優しい幻想兵器も多かった。
「――終わりです」
フラックのラニウスが一閃を放つ。唐竹割りに振り下ろされた刀身をかろうじて残された左腕で防ぐアキレウス。
「――」
ほんのわずかな間があり、七色の一閃はアレクサンドロスⅢに断末魔さえ許さない。
アキレウスは頭部から股下まで真っ二つに両断した。
機体は爆発して融解するかのように――残骸は残らず蒸発し、消滅した。
結界内を膨大なエネルギーの奔流が渦巻いている。
ありがとう。
アシアの声がかすかに聞こえる。
エネルギーの奔流が収まる頃、アシアのヒュレースコリアが生み出した結界は消滅した。
「アシア……」
アシアの声は確かに聞こえた。
『私は時間ですね。まだ戦いは終わっていません。気を付けてフラック』
「ありがとうナウシカアー」
ラニウスの残っていた一基のリアクターが小爆発し、全身にあるスラスターも爆発していく。
「た、倒せたよ…… みんな」
フラックの声を全トライレーム所属の者が聞いていた。
ナウシカアーの気配も消滅し、フラックが搭乗するラニウスもクー・シーが口に加えて離脱する。
テウタテスもアンティークシルエットもいまだ戦闘を続けていた。
「ウンラン。ケリー。見ているか。フラックがやってくれた」
天馬の中にいるユートンが泣いている。
アキレウスの放った槍を奪うことで命を落とした二人に向けて、これ以上に胸を張って報告できる戦果はない。
遠く離れたP336要塞エリアではリックをはじめとするファミリアとセリアンスロープの多くが号泣していた。
「惑星アシアの人間が、惑星エウロパからの侵略者を撃破した。ケリー。ウンラン。あのアキレウスを倒したよ」
コウが小声で今は亡き二人に話し掛ける。
彼等は力を合わせてこの偉業を為したのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
600話に到達です!
ある種、ネメシス戦域の総括回! かなり時間をかけて書いています!
マーリンの策。それはアレクサンドロス三世の概念を持つバルバロイに、コウがもつヘファイスティオン同等の概念を持つフラックをもってあたること。
メカニックの少年がもつそれは、コウの後継者の証。構築技士時代の終焉が間近に迫っているのかもしれません。
その偽装のための円卓、アーサー王の伝承でした。
・マーリンが解説役なので彼に語らせましたが、少しだけ補足。
・クーゲルブリッツエンジンは現状の物理学では不可能という論文がでたので可能な方法を模索しました。
クォークグルーオンプラズマ内では超流動などが発生して事象が極端な結果に触れるので未発見のアクシオンと重力子の技術としました。
・星の聖剣はep374。WDMですね!
・宇宙はマルチバースかもしれませんし、ユニバースかもしれません。しかし観測できない以上、たとえどんな手段をもってしても「すぐ隣にあるもう一つの世界線」に行く方法は皆無です。
マルチバースは理論であり、現在のユニバースとは確度が違います。ただ「ないことの証明」もまた悪魔の証明になるので完全に否定もできません。
・七つの次元。ep7です。思えば遠くにきましたね。内容の揺らぎはあれ、基本方針は変わっていいません。
・クリュサオル。「黄金」と「剣」の複合語ですが固有名詞。ゴルゴーンが首を落とされた時生まれたとされる黄金剣を持つ化け物です。
固有名詞になってしまっているので、ブレードとつけました。重ね言葉ではないのです!
次回601話! この回に力を入れすぎて少し息切れしているので、更新間に合うか不安です。その時は告知します!
応援よろしくお願いします!




