車輪の神
「アシア版幻想兵器の出現か。それにしてはあまりカオスなことになっていないな」
「十分カオスな状況です」
「おそらくこれからが本番だぞ」
コウの言葉を即座に否定するアテナのエメ。会話可能な白いシルエットに幻想兵器になったアベレーションアームズはカオスだろう。
慣れとは恐ろしい。
「兵器製造者としてアシアは優秀だったということですね。テュポーンが手を貸す必要がないぐらいには」
「納得だ。俺とアストライアとアシアで色んな兵器を構築したからな」
しかし何故コウにはアシアの声が聞こえないのか。それが不思議だった。
「あとはフラックという少年。聖杯をもっているんでしょ? アシアのヒュレースコリアはホワイトナイトたちを通じて活性化される。聖杯を掲げさせなさい。彼の潜在能力を活かすための聖杯でしょう?」
「わかった。ありがとうヘスティア」
ヘスティアの伝言を、そのまま伝える。
「フラック。聞こえるか。本来の用途ではないが聖杯で潜在能力を使ってくれ。アシアの声のままに、だ」
「よくわかんないけど…… わかった。やってみるよ」
「おそらくリアクターの破損はないはずだ。あちこちにリアクターが転がっているからな」
コウが予期した事象はフラックの能力が深く関わる。
フラックは背面のバックパックに隠された聖杯を取り出す。聖杯とはいうものの、どちらかというと刀身のない柄のような代物だった。
色は血が溢れたかのような赤だ。
「整備士の僕が持つ潜在能力は再製。一度みたものは再現し、修理する能力だけど……」
フラックは聖杯を天に掲げて叫んだ。
「力を貸して。アシア姉ちゃん。――再製!」
清浄な空気が漂う。そんな気配さえした。
やがて聖杯から真っ赤な血のような物体が零れ落ちた。周囲を深紅に染める。
この血潮に似た物質こそ惑星アシアを地球環境に改造するために使われたクレイと呼ばれるナノマシンが変質したもの。ヒュレースコリアと呼ばれる幻想兵器を生む源だ。
「何を企んでいる!」
アレクサンドロスⅢが察知して、フラックを強襲しようとする。
すかさずフラックのラニウスは身を屈めて飛び退いた。動きが猫のようになっている。
『フラック。再製を使いましたね。私が手伝いますよ』
聞き覚えのある優しい女性の声が、MCSの中に流れる。
「え? ナウシカアー?!」
『私です。現在ラニウスの制御はバステトがやっています。あなたが搭乗したシルエットを再製したのですから。当然です。装甲材はそのままなので気を付けてくださいね』
「ありがとう! ナウシカアー!」
動きはバステトながら、制御はナウシカアー。同じ存在なのだから当然だ。
これでフラックのラニウスながら、機体制御系はアナザーレベルシルエットレベルのAIが管轄する。操縦系だけでも大幅なパワーアップだ。
「リュビアのバステトは大丈夫なの?」
『エウノミアはリュビアに到着しましたからね。寝ていますよ。シルフィウムOSはフェンネルOSの亜種。繋がっているのでこれぐらいの事象は容易です』
「これから何が起きるの?」
『この戦場には何があると思いますか?』
「今零れ落ちた血のようなもの。あとはシルエットや兵器の残骸しかない……」
『それがあれば十分ですよ。聖杯はかの救世主の血が満たされていたという伝説を思い出して。――このヒュレースコリアはアシアの血肉。ほら、もうすぐ目覚めます』
自壊して転がっているパンジャンドラムがいつの間にか鋼の卵状に覆われている。そのなかから新たなパンジャンドラムが生まれ、巨大なプラズマを発して回り始めた。
MCSを撃ち抜かれたアンティークシルエットも同様に卵に似た何かになっていた。卵のなかから出現した物体は巨大な猫。大きなあくびをしていた。
トライレームパイロットは幻想兵器の登場に驚きはするものの、動揺はない。惑星リュビア遠征者もいるからだ。はじめて猫型幻想兵器を見たものは歓喜している者さえいる。
『あなたは幻想兵器である彼等を修理しましたね。再製――再生。できて当然なのです』
「火車? ケット・シー?」
おそるおそる呼びかけるフラック。
『おう! はじめましてだな少年! 俺はアシア版の火車だ。アシアといったらパンジャンドラムだよな!』
アシアが聞いたら表情が昏くなりそうなセリフをアシア版火車が口にした。
『にゃー』
今や三毛猫となったシルエットが、火車に呼びかける。
『ん? そうだな。合体するぞキャット!』
『にゃー!』
その光景を見たコウが、ふと我に返った。
「アシアって魔道火車を見ていたっけか。見ていたな。不思議ではない」
「理解不能です」
若干引き気味の視線で五番機の方をみるアテナのエメ。
「アシアはパンジャンドラムを作りすぎておかしくなったのでしょうか…… あれが幻想兵器ですか。恐ろしいですね。見た目まんま猫じゃないですか!」
「主犯はリュビアだからな。アシアをせめないでやってくれ。幻想兵器とはそんなものだ。――にゃん汰。火車がきてしまったがどうしよう」
「聞かないで。私、パンジャンドラムじゃないし」
急に話を振られたにゃん汰が、惑星リュビアで発したあの一言を繰り返した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ホワイトナイトが六番機に接近する。
『六番機。お初にお目にかかる。私の名はホワイトナイト。悪と戦う騎士という概念をモチーフとして、アシアによって意志を与えられた兵器だ。この蜘蛛型の相棒はクリスマススパイダー。子供たちの護り手だ。君たちは我々が護る』
クリスマススパイダーは中欧に伝わる伝説の蜘蛛。
クリスマスツリーを飾った子供たちだが貧しく、飾り付けることができない。一匹の蜘蛛が巣を張り、翌日にはその巣が宝物になっていて陽光によって煌めき、子供たちは貧しい暮らしから抜け出したというものだった。
「は、はじめまして!」
フランは六番機以外のシルエットと会話する。
「アシアはあの子たちを気にしていたからな。アシアの意志を感じる」
コウはホワイトナイトに視線をやり、目を細める。
弟は姉を助けるために生きたままアベレーションアームズに搭乗し、姉はお金がないと死を請い願った。
姉は助かったが弟は意識不明だったはずだ。ヘスティアはアシアの力とクリスマススパイダーの力を借りて蘇生措置に成功したのだ。
「しかし、あの幻想兵器はなんだ」
見慣れないパンジャンドラムもいる。四天王だったテウタテスとジャリドゥイールⅢの残骸をベースにしたパンジャンドラムだろう。
異様な巨体に巨大な車輪を二つ装備していた。腕は二本になっているが、車輪が巨体と同じサイズになっている。
頭部は巨大なホイールカバーに人間の顔が施されていて、不気味な笑顔を浮かべている。
雷のようなプラズマをまとっていた。
「あなたは?」
不思議に思ったフラックが尋ねた。修理したことがないものは再製できないからだ。
『俺はパンジャンドラムだよ!』
顔と胴体があってにこやかに会話するパンジャンドラムはネメシス星系でも史上初だろう。
正直フラックにはその笑顔が怖かった。
「それは見たらわかります。どんな幻想なのかなと」
『俺の名はタラニス。車輪の神を模している。アシアの怒りが俺を作り出したんだろうな!』
「車輪の神なんているんですか?!」
『いるぞ! ガリア由来だな。俺も加勢するぜ! 俺の力はジュピターの雷――ゼウスと同一視された存在。つまりアテナの手下のようなもんだ!』
「お願いします!」
コウがアテナのエメに視線をやる。
「アテナも車輪と関係が深いのか?」
「も、とはなんですか。雷霆撃ちますよ」
珍しく本気でアテナのエメが殺気立っていた。
「本人がそういっているからな」
コウが慌てて言い訳をする。
「あれはガリアのテウタテスと同系列の神タラニスで結びついた幻想です。雷と死、戦争を司るといわれています。語源を辿ると古期アイルランド語、古期ブリテン語や古ウェールズ語などインド・ヨーロッパ祖語を語源とされる存在です」
「アイルランド、ブリテン、ウェールズか。イギリス方面だな」
やはりイギリスは車輪の神がいたのかと納得するコウ。
「タウラスはフランスからイタリア、クロアチアまで広く確認されていますね。顕現した理由はテウタテスという素体とブリマトールの側面を持つアシアの属性に引っ張られたものかと。アテナとは関係ないですからね!」
「わ、わかった。しかしあの顔はなんだ……」
丸いホイールカバーに人間の顔が張り付いている形状は不気味だった。しかも妙に笑顔だ。
「ウィッカーマンですよ。巨大な人形に人間を詰めて燃やしたというケルトの儀式の、有名な再現図がモチーフでしょう。タラニスと関わり合いがあるとされています。あんなに笑顔ではありませんが」
「あるのか……」
マーリンは英国由来の幼児向け鉄道番組を連想していたが、沈黙を貫いた。
コウにこれ以上英国に対する変な印象を抱いて欲しくはない。
「アテナに戦車の逸話はあれど車輪の逸話はありませんからね」
アテナのエメに念押しされてしまった。
「勝手に結びつけられたら不快だにゃ。同士にゃアテナのエメ」
「予想以上でした。心にくるものがあります」
「猫型セリアンスロープはその困難を乗り越えてきたにゃ」
「皆さん強い……!」
フラックの傍には犬型幻想兵器も寄り添っていた。
よくみると、鳥型の幻想兵器もいる。
「久しぶりだなフラック。俺だよジークだ」
ラブラドール・レトリーバー型のクー・シーが名乗りをあげた。
「ジークさん! え? どうして……」
見覚えのある顔立ち。フラックを育ててくれたファミリアの一人だ。
遥か以前、フラックが子供の頃戦闘で亡くなったはずだった。
「さるお方によって一時的に復活したわけだ。お前の子供だった時の望みだったように、これで一緒に戦えるな」
「はい!」
フラックのラニウスが空を見上げると、見覚えのある姿の鳥ばかりだ。
傍には同じく見覚えのあるクー・シーやケット・シーたちがいた。
「いこう。フラック。君は我々が護る」
「はい!」
フラックは聖杯の奇跡に感謝するしかなかった。
コウは想わぬ効果に驚いていた。
「昔フラックとともにいたファミリアが、幻想兵器として蘇生した?」
「冥府の主は人情家ですからね。これぐらいのサプライズはするでしょう。惑星アシアの住人で侵略者を討ち滅ぼす。ファミリアの想いまで具現化したのです」
「ヘスティアと何かやっているとはこのことか」
実にハデスらしい援護の仕方だと、アテナのエメは感心する。
その頃、P336要塞エリアではリックが呆然としていた。
「お前たち……」
かつて戦場で散っていった部下たちがフラックを護っている。
これほど嬉しいことはない。
「死者が蘇って私達の息子を守るんだ。みんな、しっかり援護してくれよ」
「もちろんだぜ!」
元ストームハウンドのファミリアたちも奮起する。
かつての戦友が黄泉がえりをしてまで彼等の子供たちを守るために戦っている。
生者である自分たちも為すべきことを為さなければいけないのだ。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
ヘスティア 「戦車に乗ってアレスを轢き殺そうとしていたよね?」
アテナ 「あくまで戦車ですから。車輪の発明はアテナではありませんから! 車輪は古代よりすでにあるものです!」
プロメテウス(馬にくびきをはめて車を引かせる方法を教えたのはボクだなんて言える雰囲気じゃないな)
車輪そのものは紀元前3500年ぐらいには登場しています。同じ形の車輪を作れるということは高度な技術を持っている証拠でした。
・ヒュレースコリアについておさらい。
ロボット工学とナノテクノロジー、レンダリング能力、インテリジェントマテリアル粒子を駆使したテラフォーミングマテリアルである粘土を消滅寸前のリュビアが改造したもの。
惑星管理超AIは万が一破損しても惑星に埋められた本体とヒュレースコリアが残っていれば再構成されるが、培った経験はリセットされる。スコリアは岩滓という火山の排出物でもあり、スコリアは解説とか凄い! という意味もあります。
自動兵器開発システムとしてはあまりにも雑な設計であったためテュポーンが介入して対ストーンズ用兵器としてテラス込みで幻想兵器発生率をあげたものがミアズマ。ただしテラス率高め。
なおエウロパは本体から切り離されたため、木星型惑星に埋められたまま。現在はヘルメスがインストールされています。のちにアテナ予定。
ep321です。
・魔道火車は正式には「マドウクシャ」という伝承で知多半島の先にある日間賀島由来の飼い主を食べる猫妖怪。
・クリスマススパイダーは中欧東欧に伝わるクリスマスの蜘蛛。貧しい子供たちが飾りのないクリスマスツリーに、蜘蛛が巣を張ったところ金銀となり貧困から脱出したという伝説です。
素材にされたパイロットの魂が良き存在に生まれ変わったのかもしれません。少年ジャルの魂の修復にも力を貸しています。
アシアはまず自分が消滅する寸前、子供を守るために戦ったアラクネ型で試みたのです。
・タラニスははっきりと英国由来ではありませんが、ガリアの神です。フェルサリアのスコリアという書物に記載されています。ケルトの車輪の神と同一視されたという逸話から。枝編み細工の男です。
語源的に源インドヨーロッパ語族の源ケルト語からアイルランド、ブリテン島、フランスあたりのいわゆるガリア周辺の神です。
トールとも同一視されてたという記録もあります。
・顔が似ているので「事故が起きるよ」って注意してくれるはずです!
胴体持ちのパンジャンドラムは初登場ですね!
・ウィッカーマンのイラストです。人間が詰め込まれて燃やされる巨大な木組みです。顔が妙に人間ぽいですがアレが人間の笑顔になっているような感じ。
・まだLファミリアも生まれておらず、黄泉還りできなかったものの、幻想兵器としての復活はハデスの仕業。
本文にある通り、聖杯の用途は別です!
聖杯は最後の晩餐に用いられたもの。
いわゆるアーサー王伝説では救世主がローマ兵のロンギヌスが持つ槍に貫かれて、したたりおちる血の雫を受けたという代物が聖杯でこれがイギリスに渡ったとされます。
現代では「理論として存在するものの、現代文明がいまだに手が届かない」とされるものを「聖杯」と呼称しており、当作品でもたびたび言及しています。金属水素が代表です!
惑星アシアにある聖杯はアシアの血なのでしょう。
応援よろしくお願いします!




