鬼才ハンニバル―アルプス越え
アテナのエメがアストライア艦内から指示を飛ばす。
「最優先はバルバロイが搭乗するテウタテス。エウロパからの侵略者を許すな! 鏖殺せよ!」
激しい言葉だが、アテナは都市防衛の女神を模している。偽らざる本音だった。
「ファイティングマシンは航空部隊や先行部隊で対処。半神半人が搭乗するアンティークシルエットは――骨董品にしがみついている連中に現行戦力を見せつけてやりなさい!」
アテナのエメが戦場を俯瞰する。
「メガレウス。もう一人の私。そしてエレイン。危険な役目ですが、強襲揚陸を開始してください」
「おっけー、私」
「エレイン、いきます!」
「本家お嬢様の命令ならやるしかないですなぁ」
メガレウスはそういいながらもやる気を見せる。
惑星開拓時代の砲台はすべて撃破されている。ここで怖じ気づくようでは戦艦の名が廃る。
「ファミリア。私と連動しなさい。オウル・アイ! 私の目になって。戦場に一切の見落としがないように!」
アストライアを通じて部隊に指示を出す。今のアテナはアシアに近いことが可能だ。
「極点管理施設を迂回する通常戦力を用意して、彼等を極点管理施設敷地内に押し込めるのです」
迂回する戦力は機動性を重視した航空戦力をふんだんに用意していた。
重攻撃機部隊と護衛するための戦闘機がキャメロットから出撃していく。
「飛行部隊は無理はしないで。被弾したら即時帰還か脱出を」
ファミリアに念を押す。
「――宇宙艦が使える今こそ包囲する好機。不可能が可能となるでしょう。籠城する敵は包囲する。アルプス越えならぬ極点管理施設を越えて、回り込むのです」
『カルタゴのハンニバルのように共和制ローマに打撃を与えると?』
アストライアが聞き返す。
アテナのエメは巨大な極点管理施設をアルプス山脈に見立て、盤石だった共和制ローマを揺るがしたハンニバルのアルプス越えに倣うのだ。
宇宙越えで極点管理施設を包囲し、敵の兵力を磨り潰すつもりだ。
「不可能といわれたアルプス越え。戦象三十七頭を率いた奇襲。かつて無敵を誇った共和制ローマの戦術を根本から揺るがした、鬼才ハンニバルのように攻めてやりましょう」
アテナのエメは前回の戦闘は、己の敗北だと思っている。
特攻命令など、指揮官にあるまじき恥ずべき行為だ。
たとえそれがどんなに必要なことで、犠牲を辞さない覚悟があったとしても。己の能力への言い訳にはならない。
「極点管理施設を包囲するためにもレイラプスとタロスの撃破は先決でした、彼等はもう一撃で宇宙艦を撃破できるような火力はもっていません」
『先のアレクサンドロスⅠが操縦するカラヌスも。そしてアレクサンドロスⅢのアキレウスやオルフェウスも、惑星開拓時代の武装は残されていません。最高級アンティーク・シルエットから武装を転用するぐらいでしょう』
「タロスとレイラプスはエウロパのレガリアであり内蔵兵器だからこそ、あの出力のビーム兵器が使えたのです」
『今やその二機も撃破済み。幻想兵器でなければ技術制限も受けています。だからこそ宇宙艦での大気圏離脱が可能となった今――』
「極点管理施設をシルエット部隊で包囲できる」
アストライアの言葉をアテナのエメが引き継いだ。
「同時にギリシャと深い共和制ローマから帝政移行。彼等にはローマ帝国になってもらいます。マーリンが私に進言した策です」
『ハンニバルのアルプス越えは第二次ポエニ戦争が発生。カルタゴ勢力は消滅するものの、ローマ内部では他地域に勢力を拡大するとともに内戦や政情不安が発生しました。そしていわば非常大権を活用したカサエルの台頭と暗殺。その養子であったオクタウィアヌスがカサエルとは違い正規の手続きを踏んでアウグストゥスという呼び名が与えられ初代ローマ皇帝になったのです』
「オクタウィアヌスがプトレイマイオス朝を滅ぼし、ヘレニズム文化に終止符を打ちました。唯一神を騙ったサバジオスの傲慢によって結果的にアレクサンドロスⅢはエウロパを失い、自らの勢力基板を失いつつあります。幻想のローマ皇帝ルキウス・ティベリウスと西ローマ皇帝に政治介入し傀儡政権を目指したレオを同時に打破するのです」
『サバジオスを成立させたアレクサンドロス三世の配下プトレイマイオス朝。唯一神と立てたはずの元超AIサバジオスによってアレクサンドロスⅢは何もかも失うのですね』
「そうです。彼等の結束力はエウロパによって均衡を保っていたもの。そのエウロパを助けようともしなかった愚者に付き従うようなアレクサンドロスⅢではないでしょう」
『禁じ手とはいえ我が円卓軍にはヘルメスと配下のヴァーシャがいます。半神半人も逃げ出したいところでしょう』
『創造主さえ裏切った彼等には逃げる場所はありませんよ。負けとわかっていてもアレクサンドロスⅢとサバジオスについていくしかないのです』
アテナのエメが半神半人に向ける視線は冷酷そのもの。石の末路など戦女神が関与するところではない。
『マーリンはいつから概念的に彼等を追い込む策を考えていたのでしょうね』
「エイレネを破壊された時からですよ。彼等は赤い竜の逆鱗に触れてしまったのです」
『外敵を招きブリテン島に混乱をもたらした邪悪の王ヴォーティガンは夢魔の血を引くマーリンを生贄に捧げようとしました。マーリンは王を説得し穴を掘らせると湧き水が。マーリンはとある予言を行い、さらにその地下を掘ると赤い龍と白い龍が戦いを始めたといわれています』
「赤い龍こそウェールズの化身。マーリンはコーンウォールの猪が現れ踏み潰すと予言した。時代は流れ、流れる竜のような彗星が出現。そのものこそアーサー・ペンドラゴン生誕の予兆。ペンドラゴンはウェールズ語で竜の頭。アーサーとは竜の化身でもあるのです」
『そして竜は目覚めました』
「ウェールズこそはドラゴンハートを持つという信念。私達も倣いましょう」
アテナのエメは揺るがない。
それこそが指揮官の強さだと、戦女神は知っていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
海水に突入したキモン級とアリステイデス級二隻は、再び大気圏からの脱出を図る。
「アテナのエメは人使いが荒いな! アルプス越えといいつつ、実質宇宙からの再突入だ!」
そういうバリーも笑っている。自分も同じ戦術を取るだろう。
アテナのエメは迷いが無く、力強い。
「いくら巨大といってもピラミッド状だからな。反対側から地表へ降下すれば包囲も容易。部隊展開も即座に行える。敵には宇宙艦を一撃で墜とすような兵装もないというアストライアの予測を信じよう」
「あったら死にますよー」
ロバートの言葉に、半泣きのジャリンだった。
降下してすぐに宇宙艦ペリクレスで大気圏離脱する計画はやはり厳しい。宇宙空間の突入、再突入は精神的な疲弊もある。
「アナザーレベル・シルエットが持つ兵装は惑星間戦争時代のものだ。出力は限られる」
「内蔵兵器だったからタロスとレイラプスは運用できたって話だな」
「技術封印か。そういえば槍は次元を越えて加速して追尾する機能だったのよね。制限されて助かったぁ……」
今やアテナの雷霆となった投げ槍も、本来の能力からは遠く及ばない代物だ。
「パイロットたちも出撃待機している。いくぞジャリン」
「了解です。キモン級は別行動?」
「極点管理施設を包囲する。アテナのエメがとる戦術は、極点管理施設の左右正面を封じて追い込む算段だな。キモン級が西、アリステイデス級二隻が東だ」
ヘルメス軍と事実上の休戦状態だ。油断はならないとはいえ、宇宙という航路は安全といえた。
「いくぞ。先行している王城とアトゥ・グループが待っている」
「おう!」
「はい!」
遅滞なく三隻は惑星アシアから宇宙へ向かう。
地上ではその王城集団公司とアトゥ・グループの合同軍が奮戦していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
王城集団公司のシユウと泥濘用機兵戦車シュイニュウ部隊が展開している。
後続にはアトゥ・グループが開発した新型可変機であるシエルが、空戦能力を活かしてシユウ部隊を援護している。
「追い込んでいけ!」
シユウ部隊の指揮官が声をあげる。
汎用性に優れたシユウはこの決戦に備えて155ミリレールガンを肩に構えて参戦している。ファミリアが搭乗するシュイニュウも同様に155ミリ砲弾を搭載している。
バルバロイの装甲技術は惑星間戦争時代のもの。その上にウィスで強化されている。量産に優れたレールガンランチャーが手軽で破壊力も生み出せる。
「いきますよー!」
ペキニーズ犬型ファミリアが吼える。
奇怪で不規則な動きをするファイティングマシンのライラプス相手に、有線の大型ミサイルで確実に仕留めていく。
シュイニュウが搭載しているミサイルは計四発。すべて叩き込んでも破壊できるかどうかの頑丈さを誇るライラプスだが、背後にはさらなる火力と装甲を誇るテウタテスが控えている。
この恐るべきファイティングマシンを、バルバロイは壁程度にしか思っていない。
「もうすぐ、か」
「はい」
シユウ隊の指揮官が呟き、副官が肯定する。
ファイティングマシンは徐々に後退していた。
「地中貫通爆弾のおかげで、こちらの被害は抑えられたな」
「ありったけのミサイルを叩き込んでくれました。砲兵こそは戦場の要ですよ」
トライレームはシルエット以上の大きさであるミサイルを量産した。ウィスのリアクターを搭載する必要があったからだ。
前回の南極攻略戦での教訓を活かし、まず間接砲撃を徹底したのだ。
「まずい!」
泥濘のなかから、ファイティングマシンが飛び出してシユウに奇襲を行う。
音を切り裂く衝撃とともに、シエルが可変してシルエットとなり、ライラプスをサーベルで斬り飛ばす。
「私達もいることを忘れないでくれたまえ」
「助かった! 感謝するアトゥのパイロット!」
蠢くライラプスの残骸に止めを刺すシユウ。
「ライラプス! 撃破!」
「いいぞ。押し込め!」
ウンランの仇でもあるバルバロイ勢力。宿敵ともいえる半神半人のアンティーク・シルエットが空中から支援しているが、機動性のないエンジェルなど的だ。
しかも彼らは肉体の消失を怖れてか徐々に後退していた。敵は眼前にいるライラプスのみ。
ファイティングマシンから離れた位置で、テウタテスの砲撃も飛んでくる。
けっして楽な戦闘ではなかった。
「目標のライラプス撃破!」
「そうか。まずは報告だ」
シユウ隊隊長が、トライレーム全軍に向かって報告する。
『――こちらシユウ部隊より連絡。泥濘地帯から、ファイティングマシンを極点管理施設に追い込んだ。敵勢力のほとんどは極点管理施設に撤退済みだろう』
『ありがとうございます。王城集団公司部隊およびアトゥ・グループの皆さん。無数のファイティングマシンも限られた数になったということ。円卓軍が向かいます。引き続き、火力支援をお願いします』
『了解した!』
彼等の頭上をアサルトシルエットの部隊が通過する。
「円卓軍を支援せよ! ここからがバトルシルエットの本領だぞ!」
「おう!」
シユウ部隊は気勢をあげて戦線を押し上げる。
ウンランの死を無駄にしないために。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
サバジオス軍を極点管理施設まで後退させた円卓軍ことトライレーム。
しかしファイティングマシンことライラプス、アンティークシルエット、そして極めて高い性能を誇るテウタテスが待ち構えています。
アテナのエメは包囲戦術とハンニバルのアルプス越え。
歴史に倣い、ハンニバルのアプルス越え。共和制ローマ時代ですが、不可能を可能とした鬼才ハンニバルに倣います。
このアルプス越えは共和制ローマの軍事的優位を揺らがせ、間接的にはローマ帝国、帝政に移行に影響したといわれています。
アルプス越えのルートは諸説ありますが、主に五ルートあるとされています。どのルートでも伊吹山よりも高い2000メートルは越える必要があったとされます。
有力なものはトラヴェルセッテ峠というルートだそうです。
何より気性の荒い戦象の餌など、補給面でも大変厳しいですね。七万いた兵は三万五千以下に減り、象も空腹でなかなか動けなかったとか。
宇宙艦の大気圏離脱、再突入はクルーの消耗が激しいのですが、あえてアテナのエメは決行します。
シユウ部隊も奮闘。中距離からの間接支援は地味ながら重要です!
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