邪魔です
木星型惑星に向かって宇宙空間を駆け抜ける真円球。
アテナのエメはぽつりと呟いた。
「醒めない夢。――こわい」
声が震えていた。エメの肉体を借りているからこそわかる醒めない夢という恐怖。
『同感です』
アストライアもまた恐怖という感情を抱いた。
プログラムを移行する先さえ読まれてしまっては、何もできないのではないか。
「ヘスティアとマーリンは対アレクサンドロスⅠとのブリタニオン宇宙戦でも交流がありました。あんなものは硬いだけのガラクタ。真球戦闘機など技術封印されていて使い道などなかったはずなのです」
『それがあったのです。ヘスティアが記憶代わりに留めておいたあの戦闘機が、我々を救うことになるなど。寄せ集めの日曜大工の概念そのものです』
「タロット女教皇。増長して自らを欧州の聖母と自称したが運の尽きでしたね。――いいえ。違いますね。マーリンを怒らせた。その一点です」
『パンジャンドラム【女教皇】は空位でした。歴史が培った概念は強固です。そして真球戦闘機に誘い込み、ジュピターに類した惑星に叩き込むなど皮肉以外何者でもありません。エウロパにとってはマーリンの名に相応しい悪夢でしょうね』
アストライアはもう一つの意図を知っている。
『マーリンはいいました。何事にも絶対はない。ひょっとしたら、なにかしら惑星管理超AIエウロパが必要になる可能性もあります』
「モスボールではなく、鉄球ですね。その時は木星型惑星の深部にまで回収に行く必要がありますね。そんな日が来ないことを祈ります」
『私もです。破壊しない、罰する、そして保存するという条件をすべて満たした結末です。物語の語り部としてもマーリンは卓越していますね』
「テュポーンなら喜んでタルタロスへの入口を開いてくれたでしょう。でもそうすれば二度と回収できない。そして赤色矮星ネメシスの目が届くところに置く。それがすべてですね」
『はい』
マーリンが図らずも放った言葉はエウロパにとっては言葉通りの言葉となった。
反ローマ教皇概念である女教皇のなかで、聖母を騙ったエウロパはもはや誰にも気付かれずに彷徨うことになる。
「この結末にヘルメスはどう思っているのでしょうか」
『ちょうどアーサーが話しているみたいですよ』
アストライア艦内の二人が気にする一方で、円卓軍にいるヘルメスにコウが語りかけた。
ヘルメスの惑星エウロパの管理超AIに対する心情を知っているからだ。
「エウロパは結末を迎えたぞ。モルドレッド。満足したか?」
「最高だ! 素晴らしい結末だとも。とてもよいものをみせてもらったさ。そしてマーリンは恐ろしいと再確認したよ!」
「そうだろうな」
マーリンは簡単な手品の基本に忠実だった。
対象の注意を逸らすこと。
リバースエリヤから始まり、旭光砲とオニキリによりタロスを破壊して、エウロパを【女教皇】に誘導させる。
「モルドレッドよ。アレクサンドロスⅢは、任せた」
「お任せあれ我が王よ。――いいね。本気でいっているな君は」
「円卓劇を楽しんでいるようだからな。投げ出して台無しにはしないだろう」
「その通りさ。こんな特等席で最高の物語が見ることができたんだ。今だけは心から戦えるよ」
「ランスロットが発狂しているが……」
ヴァーシャは湖の騎士より北欧の狂戦士の如く戦っている。
「おお哀れなランスロット。長い間、狂気に陥ったんだ。見逃してやってくれ」
ヘルメスがとってつけたかのような言い訳する。
「わかった」
コウが苦笑した。慣れない役回りを押しつけられて暴れたいヴァーシャの気持ちもわかるというものだった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
一連の出来事はわずか数分の間に起こった。
「アレクサンドロスⅢ! エウロパは!」
悲鳴にも似た、サバジオスの問いかけにアレクサンドロスⅢは無表情に答えた。
「あの球体に閉じ込められて、宇宙にいってしまったのだと…… あの球状の物体が何か私も知りません」
わずか数分、宇宙艦二隻の射撃と自走爆雷による攻撃。
まさか自らの盟主であるエウロパが眼前で宇宙に撃ち放たれるとは思わなかったアレクサンドロスⅢの動揺が激しくなる。
「あの球状戦闘機はシルエットが製造される以前の宇宙兵器だ。ソピアーの技術封印で動くことはない。いや、そもそもこの時代にまで残っているとは思ってもいなかった」
「惑星開拓時代の兵器ですか。エウロパ様はアキレウスが感知できる距離にいません。すでに宇宙の彼方に飛ばされたということですね」
サバジオスががたがたと震えている。
宇宙の彼方にサバジオスが飛ばされたら良かったのに、と内心荒れ狂うアレクサンドロスⅢであったが、今は分裂している場合ではない。
「おめおめと飛ばされおって! この無能が!」
サバジオスに叱責されるアレクサンドロスⅢは、一瞬この中年男を撃ち殺そうかと悩んだがやめておいた。殺す価値もない。
「お互い様でしょう? あなたも見ていただけではありませんか」
「余は極点管理施設から動けぬ! 仕方なかろう!」
「敵であるトライレームが、我らが籠城する前提で攻めてきているのです」
「なんとかせい! 油だのネットだの、原始的な攻撃ばかりではないか!」
状況も理解せずに激昂しているサバジオスに、アレクサンドロスⅢは苛立ちを抑えることができない。
「原始的な攻撃を最先端の技術でやっているのです。それにタロスを破壊した攻撃はテュポーンが協力したというではありませんか。サバジオス様。何か手は?」
「あるわけなかろう!」
神話でのテュポーンは無実の果実という、無力化される果物によって弱体化してゼウスに敗れた。
ネメシス星系ではゼウスと相討ち、その後タルタロスに封印されたはずだ。
はず、と考えるにも理由がある。ゼウスが消滅した時点でディオニソスは破壊されて、惑星エウロパの海底にある防衛ドームに本体だけ逃げ込んでいた。
結末は見届けてはいないが、確かに影も形もない。
「せめてヘルメスをなんとかできませんか?」
「謀略の超AIが相手だぞ。人間になった余では、何を考えているか推測すらつかぬわ!」
「そうですか」
アレクサンドロスⅢの言いたいことはすべて消え失せた。
「こうなれば余が降りて自ら指揮を執るか」
決心するサバジオス。ここは救世主らしく、この場にいる者を手際の良い指揮で救ってみせねばならないと考えたのだ。
「――すっこんでろ」
アレクサンドロスⅢが思わず声に出してしまった。無能な人間の指揮官などバルバロイには不要だ。
「な?!」
アレクサンドロスⅢの思わぬ発言に驚愕するサバジオス。
「失礼。邪魔です。象徴らしく極点管理施設の頂点にいてください」
上から目線で感情のままわめき立てるサバジオスに、反発を抱いたのだ。
エウロパは違う。感情的になっても、アレクサンドロスⅢに軍を任せてくれた。
「バルバロイ如きが、余を邪魔だと申すか!」
アレクサンドロスⅢはその通りですといいたいが、ぐっと堪える。
言ってもムダだと知っている。
「――今やあなたはただの人間。邪魔なんです。そこにいてください。すべてが終わったら、惑星アシアはあなたのものとなりましょう」
「反逆はしないと?」
「しません。その価値もないでしょう?」
アレクサンドロスⅢの支配者はエウロパだけだ。サバジオスはあくまで超AIであり、エウロパの能力を使いこなしたから敬ったに過ぎない。
「エウロパ様。いつか必ず探して助け出してみせます」
アレクサンドロスⅢは小声で誓う。彼等バルバロイの盟主はエウロパのみ。
少し走っただけで息切れするような中年男など、忠誠を捧げるにはあまりにも醜かった。
「エウロパ様から軍を預かりました。あなたの指揮で壊滅させるわけにはいきません。それに――このアキレウスを破損したテュポーンに、あなたは狙われているのです。あの砲があなたを狙うかもしれません。大人しくしてください」
仕方なくアレクサンドロスⅢは適当な理由を見繕った。
あのテュポーンからの技術供与で製造された艦首砲が極点管理施設にいるサバジオスとオルフェウスを直接狙うことは考えにくいが、もっともらしい理由にはなっただろう。
「そういえばそうだったな! そういう意味か。うん。お前もエウロパを喪失して気が立っておったのだろう」
エウロパとサバジオスはアレクサンドロスⅢに、アキレウス足首破損の件はテュポーンの仕業だと教えていた。
実際アナザーレベルシルエットよりも頑丈なはずのタロスが破損している。テュポーンの悪意が身近に感じることは確かだった。
「わかった。万事、お前に任せる」
「はい」
エウロパと違い素っ気ない返事で返すアレクサンドロスⅢに、サバジオスが気付くことはなかった。
あけましておめでとうございます!
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
前回の後日談的なエピソード回です。
エウロパは回収可能と明言されています。ただし木星型惑星の重力と気圧に対抗するためには相応の兵器が必要です。
凄まじい速度で突入したので、地中? おそらく流体金属となった水素やヘリウムから取り出すのは困難を極めます。
そしてサバジオスとアレクサンドロスⅢの間に不協和音が生じ始めています。
アレクサンドロスⅢは一貫してエウロパ派です。サバジオスはエウロパが連れてきたなんか昔の超AI、みたいな位置付け。
エウロパが選んだのなら有能だろうという判断でしたが、人化してしまいましたので。見切りました。
サバジオスは今や人間の範囲でしか思考できません。
次回、円卓の騎士出撃。
一部影武者部隊がネームドに昇格です!
本年も応援よろしくお願いします!




