倒すべき敵
コウたちはアストライアに帰還。
現在はコウのみ戦闘指揮所に入っている。
戦闘指揮所にはアシアと、もう一人見慣れない女性がいた。アシアは銀髪で小柄な少女の姿。もう一人はジェニーのような金髪で長身の白人だが、大理石のように彫りの深い顔立ち。神像のような女性である。
二人とも同じデザインの、ゆったりとした白い衣装をまとっている。
「おかえり! コウ!」
「ただいま、アシア。そちらの方は?」
「私はアストライアですよ」
「アストライアか!」
コウは驚愕した。アストライアまでアシアと同じようなビジョンを持つとは思わなかった。
「私とアストライアは従姉妹というか、実質姉妹みたいなもんだし?」
「とはいっても、私はアシアと違います。末端の予備機みたいなもの。本体は永遠に喪われたのです」
「そうか……」
自分の本体が永遠に喪われたというのは、辛いことだろう。アシアのように助けることもできない。
アストライアには世話になっている。少し歯痒かった。
「本体機能の三割残っているならいいじゃない。今の私なんて十分の一ぐらいだよ」
「そうか。アシアの一部なんだな。まだまだ取り返さないと」
「あなたはアシアを取り戻した。ゼロであるか、オリジナルの一部があるか。それはまったく違います。惑星アシアの状況は間違いなく好転したのです。十分の一のアシアでも、私の本体の半分ぐらいの力を持っていますよ」
アストライアはにこりともせず言う。褒めてくれている気はするのだが、美人過ぎて怖いのだ。
「アストライアからコウの希望は聞いたわ。今の私もかなり権限は制限されているけど、それでも要望は叶えてあげられる」
「それは助かる」
「まず金属水素用の小型超高圧炉の作成権限ね。これはかなりギリ。コウの知識が不足しているの。あなたのせいではないけれど」
「無理させてすまない」
人間に提供する知識は、本人の知識や理解にも左右される。本来ならコウの知識では無理な範囲なのだろう。
「次にナノカーボンやナノカーボン複合材料の作成範囲を広げた。これで設計の幅は広がるはず」
「そんな技術まで。アストライアに色々教わらないとな」
「最後にファミリアの生産再開。権限的に生産数は少ないけど、今の私に出来る最大限のことはやるよ」
「ファミリアを、か。ストーンズが目の敵にして減る一方だったとは聞いている。嬉しいよ」
ファミリアはアシアがいなくなって生産設備が惑星規模で停止しているという。
アシアを取り戻し、生産が再開になれば人類の良き友が増えるのだ。これは嬉しいことだ。
「私はここを拠点にするけど、惑星アシア各地の気候制御施設のメンテをしないといけない。またしばらくコウの前から消えちゃうことになる。先にそれだけ伝えたくて」
「惑星管理が仕事だもんな。手伝えることがないのが辛いが、俺は残りのアシアを取り戻すのが目的だな」
「そういってくれて嬉しい。それに呼び出してくれたらすぐに飛んでくるから! アストライアもいるしね」
「私は本体と違いますので。コウの傍にいるという決定をしました。アシア、ご安心を」
「アストライアと思えない言葉……」
「どういう意味?」
「アストライアは均衡、平等であるという行動原理を持っているの。そんな彼女がコウの傍にいると明言した。それは凄いことなの」
「いいのか。アストライア」
「私の本体はそうでしたね。私は違います。私はただの工廠AI。難しく考えないでください。貴方は天秤の皿に載っている対象者ではなく、天秤そのものを持っている所有者なのです」
「そっちのほうが責任重大な気がするんだが」
「私達の行動原理は人に寄り添う、だからね。以前のアストライアが特殊すぎたのよ」
くすくす笑った。
そして真顔になる。
「コウには知って欲しいかな。本来ならストーンズに寄り添うこともないんだけど。連中が思いの外、外道な手段を使ってきた。私はそれを利用され、捕らわれた」
「どんな裏技を使ってきたんだ?」
コウもまた、真剣に聞き入る体勢に入った。今からアシアが語る話は、このネメシス戦域全体に関わる謎そのものだ。
「ストーンズがモノリス状の物体に入っている、人間を辞めた連中というのは知っているでしょ? 彼らはヒトじゃないから私にアクセスできないわ」
「ああ。それは聞いた」
「石になるってつまらないみたい。五感もないし。そこで新たに見つけた娯楽。――捕獲した人間を初期化し自分たちのデータをインストールして、一時的な肉体を楽しむことにしたの。元の魂――意思や人格は消える」
「なっ!」
思いもよらない話だった。人間の魂を排除して肉体を乗っ取るとは。
「人類はそれを知っているのか?」
「まだ知らないね。封印される前ならともかく、今の私の声を聞き取れるヒトがほとんどいない。かすかに聞こえる人たちが、A級の構築技士なの」
悲しげにアシアは呟いた。
「そしてインストール後は、人間か人間じゃないか、といえばもちろん人間でしょ? だから彼らは私にアクセスできた。惑星間戦争時代のデータを逆算して、私の主要データが眠っている要塞エリアを同時攻略し、私を封印した。私に、私自身を封印するように命じて」
合点がいった。アシアしか知らないアシアの封印解除トリガー。これは人間になりすましたストーンズが、アシアにそういう命令を下したのだ。
アシアの声を聞き取れる者はおらず、人類は彼女の居場所さえもわからなかった。
「だから人間が一方的に狩られていたのか……」
「私も出来る限りのことはしたんだよ? ファミリアやセリアンスロープ、ネレイスは私の意を汲んで人類防衛に協力してくれた。でも、ソピアーに技術を封印された人類には限界があった。そこで最後の力を振り絞って、オケアノスに依頼して転移者を惑星アシアに呼んで技術の再振興を図ったの」
「死が確定されていない、多数の行方不明者、か……」
「ええ。私に関してはこれが真相」
「ストーンズの目的は地球への帰還だったよな」
「私たちの能力を使って地球を再構築して帰還することが目的。でも彼らは私の本体をまだ見つけていない。今の私も知らないぐらいだからね!」
「完全な隠蔽だ」
「ストーンズに捕らわれた人間はどうなるかいくつかの結果があるわ。ストーンズの魂をインストールするための素体にされる。それ以外の能力が高いものはストーンズ側の人類として生かされる。いつか、自分たちをインストールするための素体候補繁殖用ね。他は無人兵器マーダーたちの管理をするため、思考を奪われ生体作業機械として生きるか。能力がないものは……」
アシアは最後、口ごもった。想像を絶する末路を迎えるのだろう。察しはついた。
「捕獲した人間から、コウの世界でいうガチャ感覚で当たりを選んで能力が高く容姿が麗しい人間を選別し、魂を消して自分のインストールを行い一時の生を謳歌する。それが生命体としてのストーンズの正体」
「私もアシアと情報を共有するまで、ストーンズの実態は知らなかったのです」
アストライアも知らないとは意外だったが、コウがここにくるまではずっとこの地で眠っていたのだ。当然だろう。
「人間に寄生している何かだよな、それ。おかしくないか。個体差の否定からスタートしたんだろ」
「皮肉だよね。あれだけ否定した個体差、それも容姿で選別するなんて。彼らにとって自由と平等は同じストーンズ内だけの権利なの。そして生きる、ということは彼らにとって娯楽。だから私は彼らにネメシス星系を渡したくない。この星系に人間を託したソピアーのためにも」
「俺もだよ。倒すことに良心の呵責を感じなくて済む敵なのは助かるが」
初めて、敵の姿が見えた。
今までは無人の殺人機械が攻めてくる、生きるための戦い。
「アストライアと話し合ったんだけど、コウに渡したいものがある」
「どんな?」
「ストーンズと戦うための、戦力」
「わかった。聞こう」
ストーンズを倒さなくてはいけない敵として、明確な意思が生まれた。
すでに自分が惑星アシアの住人だということに気付いたのだった。




