侵略兵器ライラプス
上空に浮上したブリタニオンは宇宙空間に到達した。
大気が無くなると引き寄せられる速度も速くなりつつある。
『アシアより伝達があり、敵の正体が判明しました。敵はゼウスとニオベの息子であり、地名アルゴス――ペロポネソス半島を支配した王の名を持つ宇宙要塞【アルゴス】です』
「百目の巨人ではないんだな」
ギリシャ神話に関してはアシアのエメやアストライアにより日夜勉強を強いられたコウである。ヘスティアのおかげであろう。
『普見の巨人ならばどれほど良かったか。ヘルメスがきっと退治してくれたでしょうに。血統的には彼の直系という説が採用されることも多いですね』
皮肉を込めて笑うヘスティア。
『要塞といっても直径25キロ以上の戦闘用の天体です』
「人工天体といってもサイズがあるだろう! ブリタニオンを引き寄せるほどの出力を持つのか」
『惑星開拓時代の戦闘要塞です。避難コロニーのブリタニオンとは規格が違います』
ブリタニオン全体に警報が鳴り響く。
「今度はなんだぁ?!」
『敵機が襲来中です。ブリタニオンへの侵入を試みるのでしょう』
広場中央に映像が投影される。
無数に迫り来る、ファイティングマシンの姿があった。
「ライラプスだと……」
『元になったバトルマシンは宇宙兵器。人類同士の宇宙戦闘は禁止されています。ファイティングマシンはモンキーモデルとすら言えない劣化量産型。あの触手もどきの脚は、あくまで地上運用時の非常用だったのでしょうね』
ブリタニオンは迎撃兵装を準備する。
外壁にレーザー砲が展開された。
「ライラプスなんて侵入できるのか?」
兵衛が疑問に思った。通常のシルエットですら斬り伏せることが可能なライラプスが相手では、惑星開拓時代の巨大船は虫一匹入る隙間すら与えないだろう。
『通常なら到底不可能ですよ。侵入可能な手段を用意しているからこそのあの量ですね。それが何かは不明です。おそらくは遺宝を取り戻したついでにブリタニオンを前哨基地に再利用といったところでしょう。侵略兵器ライラプス――大気圏再突入可能な戦闘兵器です』
「あの量は厄介だな」
『侵入できなくても外壁に取り付くだけで移動手段にはなりますよ。アルゴス本体とは依然距離がある。ファイティングマシンはまさに侵略の尖兵だったのでしょう。母艦からブリタニオンめがけて高速で射出したというところでしょうね』
「ヘスティア様! 僕達がでます! ヘスティア様と惑星アシアを守らないと!」
『許可します。あなたたちだけが頼りです。トラクタービームの識別コードを登録。あなたたちの帰るべき家はこのブリタニオンです』
「ありがとうございます! ヘスティア様!」
子供たちが喜色を浮かべる。
ここが彼らの家。住処を護る為に、そして敬愛するヘスティアのために戦えるのだ。相手は無人機で遠慮も要らない。
「何故だ! ヘスティアともあろうものが子供を戦わせるんだ。せめて俺たちも出せ!」
『地上戦しか想定されていないシルエットで何ができるというのですか。古代のワーカーは木星型惑星でも活動可能なシルエットです。戦闘力では大きく劣っても、汎用性はあなたたちのシルエットとは比較になりません』
「くっ」
汎用性。
コウと兵衛には耳が痛い言葉だった。むしろ敵視し、特化した結果がラニウスであり、五番機なのだ。
『私達は生き残るため最善の手段を取ります。むざむざ【アルゴス】になど――超AIゼウスの随伴移動基地如きに破壊されるつもりはありません』
「ゼウスの随伴艦などに何故バルバロイが」
『アルゴス――当初こそギリシャ半島北東部の僻地でしたが、後にギリシャ東部の古代マケドニアに連なる地名。マケドニア人は言語も宗教も違います。バルバロイの住処には相応しいでしょうね。問題はあんな基地をどこから手に入れ、どうやって動かしているかですが』
「当時のまま温存されている場合は稼働するんだろう?」
『アンティーク・シルエット同様にですね』
ゼウスの随伴艦。惑星間戦争時代に建造された戦艦ではなく、惑星開拓時代のオリンポス製を意味する。
『超AIエウロパはゼウスに――オリンポスに愛された惑星です。意図は不明ですが超AIエウロパの意思が絡んでいるはず』
「何故だ? アシア、リュビアと同様ストーンズの侵攻を受けた惑星だろうに!」
『おそらくは――欲しかった、からだと』
「どういうことだ?」
『ですから発達した惑星アシアの技術が欲しくなったのだと思います。無人の惑星エウロパは安心が確約されるまで動きません。バルバロイを使って、惑星アシアを手に入れたいのでしょう』
「そんな……」
『推測に過ぎませんけどね。ヘルメスとバルバロイとエウロパ。何らかの密約があったと思うほうが自然でしょう。――真相究明は別の機会に。今は生き残ることだけ考えましょう』
「敵は機械。オケアノスの法も適用されないからブリタニオンも攻撃できる、か」
『艦全体ではないようです。宇宙空間に到達しているのに反物質砲も飛んでこない。何らかの制限を受けているはずです。でなければライラプスなど使うはずもありませんよ』
「そうだよな。いくら硬いといってもライラプスと古代のワーカーなら…… しかしワーカーは戦闘兵器じゃない。プラズマバリアも張れないんだ」
『理解しています。それでも彼らしか戦力がないのです』
ヘスティアの声に力はない。彼女とてオイコスを戦場になど出したくないのだ。
しかし今の戦力では、彼らの力を借りるしかない。
「奴らが狙っている遺宝とやらを返すという手はどうだ? もともと連中のもんだろ?」
バルドが思いつきで提案した。彼にしても子供に守られるなどまっぴらだ。何かしたかった。
『愚策ですね。遺宝なき我々に、彼らは手心を加える必要もなくなります』
「そうだな。すまねえ」
取引材料を渡してどうするのだと、今更ながらに気付くバルド。
遺宝を手に入れた彼らはブリタニオンごと破壊するかもしれない。
『いいのですよバルド。オイコスを戦わせたくないというあなたたちの気持ち、わかりますよ。私がそうですから』
姿無きヘスティアは心なしか、涙声のようであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『全トライレームへ告ぐ。他惑星からの侵攻に備えよ。当面の敵の目標はI908エリアの中枢を担っていた宇宙居住船【ブリタニオン】です』
アシアが今までにない声で宣言した。
突然の宣言に、全軍緊張が走る。
『構築技士たちへ。対宇宙空間用兵器構築を。今からでは遅いかもしませんが、傍観して何も着手しないという選択肢も悪手です』
「了解したアシア!」
ケリーが代表して応じる。緊急事態であることはエイレネも理解している。
『キヌカワへ。コウがブリタニオンとともに宇宙に行っている。あなたは至急アストライアに乗艦を。アストライアにはあなたの知見が必要です』
「直ちに」
キヌカワはヤスユキと視線を合わせると同時に駆けだした。
宇宙での知識が要求される。キヌカワは誇りと思うと同時に重責に押しつぶされそうだった。
『我々トライレームのコウとヒョウエが取り残されています。彼らの救出を最優先とします』
ケリーたちはその場に居合わせている。
アシアの掲げた目標は当然のことであった。
『エイレネにはアベルのみ残留を。アレが必要な事態に備えて待機して。エウノミアは改装を続けてください』
『わかったわ!』
『なんてタイミングが悪いのかしら。わたくしは……』
歯噛みするエウノミア。こんな緊急事態に無力であった。
『トライレーム艦隊。キモン及びアリステイデス級も地上で待機。必要に応じてアストライアへ合流してください』
「承知したアシア」
バリーがクルーに目をやると、全員が緊張した面持ちで配置についている。
アシアから膨大な情報が随時送信されているのだ。
「俺たちは出撃しちゃだめなのか?」
ロバートが苛立ちを抑えきれない。二人の危機だ。宇宙では推力がある大型宇宙艦のほうが目的地に早く到着可能だ。
『敵は開拓時代の宇宙要塞【アルゴス】。たとえ万全な状態のメガレウス級でも、戦艦に立ち向かう駆逐艦程度にしかなりません』
「なんだと! そんなものが何故アシアに向かっているんだ!」
『理由は不明です。戦場は宇宙。今超AIヘスティアとともに彼女が保護した惑星アシアの孤児たちが脅威に立ち向かっています。みんな十五歳にも満たない児童たちです。彼らをむざむざ死なせるわけにはいきません』
ファミリアたちが悲愴な表情でかぶりを振る。
代わりになれるなら今すぐ代わりになりたかった。宇宙戦闘機など一種しか存在しない。
「ぼくたちならレッドスプライトで!」
レッドスプライト隊のタヌキ型ファミリアが申し出る。
『却下です。宇宙は広大で熱圏よりも遥か上空での戦闘になります。燃料が足りません。片道切符など私が許しません』
「でも!」
『必要な時はあなたたちに声をかけますよ。その時まで待ちなさい』
「はい……」
このときばかりはアシアも優しくファミリアを諭す。
ファミリアも渋々承諾した。確かに宇宙で迷子になったら無駄死にどころではない。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
宇宙空間のファイティングマシンは手強かった。シルエット最大の弱点である、人型ではない形状を持つ兵器である。宇宙空間では大きな利点だ。
秒速キロメートル単位での超高速戦闘を強いられる宇宙戦闘では被弾面積は重要だ。
何より宇宙ではヘスティアによる通信遮断はない。機械脳たちによる高速通信によって、母艦であるアルゴスから情報共有を行い、的確に行動している。
地上での弱さが嘘のようだ。
「なんで未来位置を予測して射撃している荷電粒子砲を避けられるのよ!」
オイコスの少女が苛立ちを口にする。
「秒速で動いているんだ。わずかに角度を変えるだけで回避できるよ。レーザーと違って荷電粒子砲の弾速は遅いんだ」
「だからって!」
「あいつらが巨大な群体なんだよ。マーダーに近い。――違うな。連携を取って獲物を追い込む猟犬だ。ライラプスはここから来ているのか……」
オイコスの少年はライラプスの名称の真の意味を知る。
ファイティングマシンは宇宙空間における猟犬であった。
「こちらも連携しないとまずいぞ! ライラプスの突進に気を付けるんだ! 宇宙塵と同様、小さな破片でも危険だよ!」
古代のワーカーはレーザー程度では傷付かない。しかし地上と違い宇宙でのレールガンは速度低下もなく、相対速度も相まって相当な破壊力を発揮する。
ワーカーの持つ荷電粒子砲も絶大な効果を発揮していたが、ファイティングマシンは数が桁違いだ。
レーダー反応は千を超える。万かもしれない。
「ヘスティア様がいなかったら、こんな数のファイティングマシンが惑星アシアを襲うことに……」
「星ごと無くなるのは嫌よね」
「的だと思ってみんな破壊しちゃえ! ヘスティア様を守るために!」
オイコスたちがお互い励ますように声を掛ける。
その通信を傍受するアシアが悲痛な表情を見せる。孤児たちはアシアに見捨てられたと思っているからだ。
『コウ。聞こえる?』
「アシアか! すまない。こんな事態に」
『あなたのせいではないわ。よく聞いて。ヘスティアに託されたものがあった。それが四人目の私』
「四人目のアシアだと!」
『ヘルメスは四人目の私を最大限に利用しようとしていた。ひとつは私を中立地帯にした娯楽施設に配置してトライレームに攻めさせない地域にすること』
「アシアがいるならそう簡単には攻められないな。中立地帯ならなおさらだ」
『もうひとつは四人目の私を解析して支配することで、惑星エウロパから持ち込んだ品物で陰謀を企んでいた。プロメテウスが言っていた闇堕ちしそうな私が、自我が崩壊寸前だった四人目のアシアってところね』
「自我崩壊だと? リュビアのようにか!」
『四人目の私は封印状態だよ。解放するためにもあなたの力が必要よコウ。少しだけ力を貸して』
「わかった。何をすればいい?」
『五番機にも私がいる。コンソールパネルに手を触れるだけでいいわ』
「わかった」
パネルに手を触れる。
アシアが薄く微笑んだ。嬉しげに、それでいて氷のような微笑。何か危険な封印を解いてしまったかのようだ。
コウの背筋に寒気が走った気がする。
「闇堕ちしないでくれよ?」
コウが念押しするかのようにアシアへ話し掛ける。
『しないよ。――あなたが生きている限りは』
コウが蒼白になる。彼が死んだら闇堕ちするという宣言である。
当然だ。超AIアシアは彼に寄り添っているのだから。
『惑星アシアのためにも死なないでね』
「重いぞアシア」
『私の命運はあなたにかかっているんだから今更だよ』
「今更、か。生きて帰るよ」
『待っているわ。そのために今度は私が戦う番ね』
通信が遮断された。
「惑星アシア宙域の機械相手なら私も全力を出せるからね」
隣にいるエメに笑いかけるビジョンのアシア。
「さあ。エメ。戦いましょうか。私達の王子様を助けに、ね?」
「うん!」
アシアの言葉に、力強く応えるエメだった。
いつもお読みいただきありがとうございます! 誤字報告助かります!
いつになく急展開のネメシス戦域。文章量も多めです!
読者様の予想にもありましたが、宇宙では強いファイティングマシンでした。対するはいくら装甲が硬いといってもワーカーです。オイコスたちも苦戦しています。
ファイティングマシンの正体は大量量産の大気圏再突入用侵略兵器だったのです。二機程度では弱いはずですね。
三本脚で他機体と直接連携すると、変則的な機動が可能になります。
繰り返し言及されているルール。人類同士の宇宙空間での戦闘禁止。ということはアシアも宇宙空間でも機械相手になら全力が出せます!
次回、悪墜ちアシアが大暴れ?!
おそらく作者は現時点で帰路中でバスのなかで死んでいますw
来週月曜に目の手術が決定しました。目にレーザーなので、そこまで長引かないと思います。オプティックブラスト!(逆)。鍔の眼帯買わないと……
読者の皆様も目は大事にしてくださいね。




