神様だって遊びたい!
「バカンス」
「……え?」
思いもよらぬ回答に、コウが呆気に取られた。
「肉体を手に入れてヴァーシャの付き添いを口実にバカンスを楽しみたいだけです」
コウも初めて聞いたヘスティアの疲れたような声。
「私をヘスティアと断定したのち、神様だって遊びたい! 何もしないから入れてくれ! と泣き言のようなことを告げてきました。人間に例えるとテュポーンから嫌がらせメールみたいなものが数秒ごとに届いてストレスが溜まっているようです。自業自得ですが」
「嫌がらせって。それもどうなんだ」
脳裏に浮かぶアリマの爽やかな笑顔。オリンポス十二神。とくにゼウス系統の超AIを嫌う彼の嫌がらせだろう。
「私も正体を見破られましたし? I908要塞エリアは中立都市なので受諾しました。コンサートを開きたいようですが、ヴァーシャが反対して向こう側の調整がついていません」
「コンサート?」
先ほどからヘスティアの言葉が頭に入らないコウ。ヘルメスとコンサートが結びつかない。
「元々享楽の神でもあるのです。娯楽の守護者ヘルメスモチーフですから」
「……よく半神半人が従っているな」
「自由平等同胞愛の彼らとは相性が悪いですね。でも創造主なので逆らえません」
「トリックスター的な存在と絶対平等主義はさぞや相性が悪いだろう」
コウは苦笑する。しかし彼らが創造主に逆らうとも思えない。
「所詮彼らの平等はカレイドリトス間のみの平等ですから。肉体を持った半神半人ではすでに不平等は起こっていますよ」
「人間が複雑な進化を遂げた生物である以上、個の均一化などできるわけがないからな。環境さえも平等にはできない」
「その通りです」
その環境差を少しでも埋めるべく戦っている存在がヘスティアなのだ。
「戦闘の可能性もあるということか」
「ありませんよ。彼はあなたたちに敵意すらない。立場が超越しているのです」
「敵意すらない、か」
「ヘルメスは確かに元凶ではありますが、それはアシアとあなた方の問題ですから。無条件降伏したところで能力による階級選別がある限りあなたたちとの和解もないでしょう」
「最悪肥料になるからな。ヘロットは兵器の部品にもされはじめている」
根源的に人間を資源としてしか見ていないストーンズとの和解は不可能だ。
彼らの勢力下でさえ身の安全は保証されていない。無能だと判断されたら肥料か部品取りとなる。
「侵略に抵抗しないと領土、財産、命の順に奪われる。そう教わったよ」
「国家の尊厳――大げさですか? 国家のメンツといいましょうか。時に人命より重い。何故ならば尊厳無き国家は交戦相手からの要求が苛烈になり際限なく譲歩を迫られ、より多くの財産、人命が失われるからです。これは古代ギリシャでも実例があるんですよ」
「実例?」
「古代ギリシャでペロポネソス戦争という例があります。アテネとスパルタとの戦争です。この戦争は長引きましたが休戦中に事件はおきました。中立であったミロスはアテナイ側に服従を強要され拒否。戦争が発生し内部から裏切り者もあって全面降伏し、処遇を全面的にアテナイ側に委ねたのです」
「中立でも戦争を仕掛けられたのか。結果は?」
「ミロス島の成人男性は全員処刑。女子供は奴隷になりミロスから追放されました。ミロスが期待した同じドーリア人のスパルタの援軍も来なかったのです。中立ですからね。わざわざ助けませんよ。味方でもないのに都合がよいところの両方取りなど許されません」
「……全面降伏相手に苛烈な処置だな」
助けが来なかった理由も納得はできる。味方でなければ無用な戦死者を出すことになる。施政者としては避けたいリスクだろう。
「長引く戦争がアテナイの考え方を変えてしまったのです。寛容こそ平和に繋がると信じ、寛大な措置を取ってはいたがそれがいけなかった――舐められたら殺す! そうでないと敵になる、と。降伏すれば助かるなど世迷い言に過ぎません。強制労働や条約に入っていない、捕虜の殺戮など例をあげる暇もないほど。地球の歴史が物語っています」
「そしてミロスは滅んだわけか……」
「救いは多少ありました。その後スパルタが同様にアテナを打ち破りミロスにいたアテナイの入植者を追放。奴隷にされていたミロスの子女を元の地に戻し、ミロスをスパルタの支配下に置いたのです。結局はその戦争がきっかけでギリシャ世界の衰退を招きましたけどね」
きっと抵抗時に援軍を出すよりも、そのほうが恩も売れるし忠実な僕になっただろう。古代ギリシャの苛烈な政争に目眩を覚えるコウだった。
コウの困惑にヘスティアは微笑む。
「ネメシス星系は国家がないといわれていますが、現在は違います。各自治体が国になろうともがいている状態。あなた方はいつまでも争いを続けるでしょう。それは当然なのです。どのような結末を迎えるか、私にもわかりません。しかし一ついえることは、この場所ではないということです。たとえヘルメスといえど、命に替えても私が抑えてみせますよ」
笑いながら告げるその言葉には決意が秘められていた。
「軽々しく命に替えてもというな。オイコスたちが哀しむぞ」
「マジレスされた?! そこはAIに命が、とかそんなことを何の逸話もない女神が可能なのかと茶化すところでしょう?」
「真剣に話している超AI相手に茶化すなんてできやしないさ」
「まいったな。やりにくい。変なところで生真面目。アシアもさぞ苦労しているでしょうね」
ヘルメスと対峙するなど、ヘスティアにとっても厳しい選択だろう。
冗談で口にするとは思えない重みがあった。
「ヘルメスが本当にバカンスするだけなら問題ない。ヴァーシャも来るならエキシビションマッチは成立ということか」
「はい! 決勝トーナメント後になりますが盛り上げてくださいね!」
「善処する」
「あとは気が向いたらオイコスたちの話し相手になってやってください」
「俺が? 何も話題ないぞ!」
思いもよらぬ提案に動揺するコウ。
「構築の苦労話とか。剣術指南でもいいですよ。アシア救出の武勇伝なんて素敵ですね! 映画にしたいぐらい!」
「勘弁してくれ…… 話し相手ぐらいになら、なるさ。決勝トーナメント後で良ければ」
「はい。ありがとうございます! それではご武運を!」
消えようとするヘスティアを呼び止めるコウ。
「ちょっと待ってくれ。ヘスティア」
「どうかしましたか?」
眼前で再生されるヘスティアのビジョン。
「万が一ヘルメスと会ったら俺はどうしたらいい?」
コウは真摯に問いかけた。今この場にアシアもいない。
「バルドと仲良くチームを組んでいる貴方が、今更そんなことを気にするのですか?」
「それは……」
「ヴァーシャとも飲めますよね? 貴方なら」
「そうだな」
否定できないコウ。
共通の話題は腐るほどある。構築や武術の話だけでも一夜が明けそうだ。
「ヘルメスも他の超AIと変わりませんよ。睨んだだけで殺すなんてヤボな真似はしません。空から植木鉢が降ってくるぐらいです。万が一ヘルメスだと看過したら話してみてもよいでしょう」
「直撃したら死ぬぞ。――外見はまったく違うんだったな」
「日本人には見えませんね。でもきっと後悔すると思います」
「どのような?」
「エイレネや私以上に悪ふざけが好きな超AIなので。彼」
「厳しいな……」
間違いなくコウの苦手なタイプである。
「あなたも取り込まれるかもしれませんね。人たらしな部分もあるので」
「それはないと断言できるよ」
「どうして? 恩人だった方の肉体だから?」
「違う。――俺はテュポーンの化身 アリマの友人なんだ。超AI殺しの関係者とトラブルがあれば、それこそ惑星アシアの危機だろう? 距離は置くさ。きっと向こうもね」
「げえ。そうでした!」
女神にあるまじき声を発したあと、苦虫をかみ潰したような顔になるヘスティア。
「私のためにもヘルメスとあなたたちとは接触させません。はい」
「テュポーンは何ができるんだろう。破壊の化身たる由来の能力はあるんだろう?」
コウは今更ながらにテュポーンの権能が何たるかを知らない自分に気付いた。
「彼は私が眠りについた後に製造されたもので知識でしか知りませんが彼は台風そのものであり、火山や地震にも関わる逸話を持ちます。最盛期の彼は20メートル大の鉄球を光速の99.8%で発射できたそうです。惑星アシアに直撃したら震度12以上の地震が発生。つまり惑星を破壊することができます」
「その権能はどうなんだ……」
「惑星が割れるんですよ。漫画みたいに、真っ二つです。当然反作用で彼も即死ですからやらないでしょうけど、本当に気を付けてくださいね」
確かに漫画のようだ。惑星が真っ二つに割れる様など想像がつかない。
「肝に銘じるよ」
ヘスティアが微笑んで姿を消した。
「きっとヴァーシャの近くにいるんだろうな」
ヘルメスへの迂闊な接触は命取りになりそうだ。
ヴァーシャとともにいるなら接触する可能性も高いだろう。どう対応するべきか思い悩むのだった。
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I908要塞エリアとしてはヴァーシャを招いた以上、ヘルメスも受け入れるしかありません。
そこはヘスティアの計画通り、です。
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