アンダーグラウンドフォース
両断されたベアのハッチが開き、大柄な黒人の男性が降りてきた。
無事らしい。コウに手を振り、近くの車両に乗り込んでいく。
「君は個人の傭兵か? それともアンダーグラウンドフォースに所属しているのか?」
「つい先日転移したばかりでね。この世界のことはまだ何もわからないんだ」
コウは正直に告げた。
「色々助けがあって、ジャンクヤードでこいつをみつけてね。無人兵器を倒しながらここまできた」
無線の向こうで息を飲む音が聞こえる。かなり希有な例なのだろう。
「話せるということは言語カプセルは飲んでいるな? よし。良かったら防衛ドームまで一緒に行かないか? 補給や修理もできるぞ」
「ありがたい申し出だ。防衛ドームってのが何か、ということさえ知らないんだけど、いいか?」
「人類の共同生活施設、コロニーだよ。小規模コロニーが防衛ドーム、大規模コロニーが要塞エリアというんだ。本当に転移してきたばかりなんだな」
「救出シャトルに乗り遅れてしまって」
「我々はすぐに移動する。君のおかげで助かった。そちらの機体に我々のゲスト用識別コードを送っておく。登録しておくといい。我々はアンダーグラウンドフォース『メタルアイリス』だ」
「いいのか? 俺があんたたちの部隊員か何かってことだろ?」
「いいさ。隊長には私から説明しておく」
「助かるよ。甘えさせてもらう」
「では我々と一緒に移動してくれ。また現地についたら話をしよう」
「了解」
コウは五番機を再び巡航モードに切り替える。
先行する『メタルアイリス』の部隊を追尾し移動を開始する。
「機体損傷は……ないな。補給といっても金がない。どうすればいいか」
「ああ。身分証明書カードを登録しないとな」
「だろうな。食料だけわけてもらって向かうか」
コウにも防衛ドームに長居するつもりはなかった。
「アンダーグラウンドフォースってのはなんだろう」
「オケアノス直轄の傭兵管理機構に属する傭兵。非公式の軍隊というのは、そのなかでも大規模な戦闘集団兼会社だ。君たちの時代でいえば民間軍事会社みたいなものだね」
「個人が軍事力を持っていていいのか」
「違う。再興された三惑星は軍事力を放棄している、国家保有の軍隊がない世界だったのだよ。要塞エリアや防衛ドームが一つの国、ないしは行政権を持つ街といったところか」
「いいのか、それで」
軍隊がない世界という事実が一番驚きだった。誰が守るのか。そして守ってくれるというのだろう。
テレマAIたちが人間の面倒を見すぎたせいもあるのか、とコウは人類に対して疑問を抱いた。
「オケアノス管理のもと、三惑星とも言語カプセルのおかげもあり言語、通貨は共通で人類の生存域は広大なシェルターで守られている。国の概念が希薄な世界だったんだよ。機械化のおかげで貧困も根絶状態だった。もちろん、各自治体も防衛力はある程度あったし、傭兵を雇っていたがね」
「道理でストーンズに為す術もないはずだ」
「ストーンズの侵攻により状況は一変した。軍事力が再定義されてね。現在は各要塞エリアが自治を行い、傭兵を武力として雇用という形になった。当初軍隊を否定していた人類だからこそ、【非公式軍】ってわけだ」
「傭兵なんかなる奴いるんだな」
全自動機械化されたこの時代は、格差こそ発生するが最低限の生存環境は保証されているはずだった。
傭兵になるということは、わざわざ命を対価に、危険な職業につくということだ。どれほどなら割りが合うことになるのか、想像がつかない。
「市民では飢え死にはしないが贅沢もできない。裕福になる数少ない手段だからね。初期シルエットは作業機械転用だったからそのまま武装したのが始まりだな」
「シルエットそのものは安いっけ」
「そういうこと。アンダーグラウンドフォースを設立する条件は大型の移動施設を持っているかどうかかな」
「移動施設?」
「主なのはハンガーキャリアーと呼ばれるシルエット用の移動型格納施設。規模の大きいアンダーグラウンドフォースだと、惑星間戦争時代の、惑星間移動可能な宇宙空母機能を持つ艦艇を持っているぞ」
「空母が宇宙を飛ぶのか……」
「大手は傭兵として人気だ。どこも取り合いになっているね。要塞エリアなどの行政権利を個人が奪うメリットも少ないから政権奪取の動きもない。戦争のおかげで資本主義が再導入された形だな」
「そこらへんはパス。よくわからない。ん? 待て。ストーンズなんて共通の敵がいるはずなのに、何故手を組まないんだ」
コウが当然の疑問を思いつく。
「それこそ政治的な問題だね。各地の要塞エリアや大手のアンダーグラウンドフォースと調整が取れていないんだ」
「何故?」
「大規模な国家の樹立を恐れている。誰かが手を挙げるとしたら、手を挙げた自治体が主となり、そのまま盟主になるだろうからね」
「そんなことをいっている場合なのか?」
「協力はするが金とメリット次第、ってところか。ストーンズ側に寝返った要塞エリアもある。投降した自治体には生命と多少の自治権の保証はしているからね」
「自由より生存か……」
施政者としては慎重な判断が求められるのだろう。
「価値観の相違や自由、格差、これらは生物である限り克服できないよ。だからストーンズたちは生物を辞めた」
「というと?」
「肉体を捨ててモノリス状の物質に自分の意思を転写させたのさ。性差も個体差もなく、完全な平等を求め無機質の存在に。そのおかげで二回目の量子データ化をかいくぐれたといえるけど」
「本末転倒だと思うんだが」
「そこは信条や哲学の問題だね。彼らはそういう選択をした、それだけだ」
師匠と話していると、五番機が警戒態勢に入り、コウは慌てて戦闘モードに切り替える。
遠くで爆発がした。
「何?」
五番機の映像が拡大される。大きな炎が上がった。
「なんだありゃ」
五番機のモニターに映し出される影。それはつい先ほど戦ったアント型のケーレスと似ている。
だが、大きさが桁違いだ。なにせ遠く離れているはずの現時点でモニタに映るほどの大きさなのだ。
「超大型クイーンアント型のケーレスだ。都市の破壊者という異名を持つ、恐怖の女神から名を取ってエニュオと呼ばれている。一種の攻城兵器。住居コロニーは隕石雨対策で高次元投射処理を施したメタマテリアルによるシェルターで守られている。それをあの巨体で破壊するんだよ」
「恐怖の女神とはまた物騒だ。中ボスの次はラスボスときた。ひでえ世界だ」
思わず毒づきたくなる。
「コウ。向かう予定の防衛ドームが襲撃されている! このまま向かうが来てくれるか?」
バリーからも通信が入る。
「ああ」
ベアに合わせた全速行動に移行する。
このような緊急展開の場合、シルエットは機動力に欠けるのだ。
二機のベアはそれぞれ装甲車にワイヤーを伸ばし、牽引状態になる。シルエットにはローラーがついているとはいえ、車両ほど速くは移動できない。少しでも足りない速度を補うためだ。車両側も牽引可能な余力を有し、設計されている。
「こちらは大丈夫だ。追尾できる」
コウはそのまま追尾できた。
「レーダーはほぼ使えない。目視が頼りだ」
「何が起きた?」
「EMP――電磁パルス攻撃による電子機器の無効化だ。人体にも影響するレベルだ」
「人体に影響ってまさか……」
「電子レンジに入れられて内側の水分が沸騰して死ぬようなものか。1キロも離れたら無害なのだが、それだけ強力な電磁パルスを発しているということだ」
「おっかない世界だ」
1キロ離れたら無害とは信じることはできなかった。
メタルアイリスのメンバーをみても生身で野外にいることを避けているように見える。
この惑星の野外はやはり危険なのだと実感できた。
「君たちの時代では非殺傷兵器ではあるんだけどね。今の時代は電磁波の出力が桁違いだ。人体への影響も比ではない。歩兵が消えた理由の一つでもある」
「外にいたら普通に死ぬってことだな」
「シルエットは隕石雨と磁気嵐に対抗するために生まれた作業機械だ。この中にいたら大丈夫。頑張って目視で戦え」
「戦場が原始的になるはずだよな」
「敵も同じ条件だ。向こうも見つけ次第殺しにくる」
「五番機の運動性能と機動性に感謝だ」
コウはしらないが五番機はセンサー性能にも優れている。
「その分、装備がトレードオフだがね」
「剣一本あれば十分さ」
コウは気楽に答えた。