明日への扉
2020年12月17日 主人公の描写加筆しました。
2021年1月2日 時系列に沿い地球からネメシス星系までの経過年を修正。
自動車部品製造の工場で働いている青年、萬代屋杲。二十二歳の社会人だ。
杲が勤務先の現場で働いているさなか、唐突に警報が鳴り響いた。周囲に緊張が走る。
何か事故か? 皆が緊急避難をしようとざわめいたそのとき――杲の意識が途切れた。
次に意識を取り戻したときには、見慣れない廃墟の中の大きな広場に突っ立っていた。
何が起きたかわからない。辺りを見回すと同じ工場の人間達で埋め尽くされていた。
杲も長めの前髪から垣間見える表情からは判別しがたいが動揺していた。
杲の目の前には大きな飛行機があった。旅客機ではなく、軍用機のようだ。
次々と人が乗り込んでいる。
『皆さん。早く乗り込んでください』
飛行機からアナウンスが流れる。
『あと五分しかこの場には滞在できません。助かりたいなら早く』
状況が飲み込めない。
周囲をよくみると、瓦礫の山だ。巨大な――人型のシルエット。残骸だろうか。
状況はまだよくわからないが、杲は飛行機に乗るため、ひとまず行列の最後尾に並んだ。
「すまねえな」
突如、割りこまれた。
相性のよくない、職場の先輩吉川だった。杲は趣味の関係上、会長やその孫と仲がよいため、意味もなく妬まれていた。
杲は無言だった。今更言い争っても、あとで何をされるかわからない。
飛行機の側面の扉から大方の人間が乗り込んだ。
行列でも最後のほうだ。杲は扉付近に立っていた。中は満員電車のようだ。
『扉を閉めます。ご注意ください』
アナウンスが流れ、スライド式の扉が閉まるその瞬間――
体に衝撃が走る。
気が付いたら機外に放り出され、尻餅をつく。
扉がゆっくり閉まっていくその瞬間覗かせた悪意――吉川が嗤っていた。突き飛ばされたことにようやく気付く。
気にくわないとはいえ、そこまでするのか。愕然とした。
飛行機が動きだす。巻き込まれないよう上体を低くして離れた。白い作業着と同じ色の帽子が吹き飛ばされる。
飛行機のなかで絶叫したのは吉川だ。
「ああ! 萬代屋が外に! 止まれないのか?」
「なんだって!」
「窓をみろ。外にいる!」
「誰か! 止めてくれ! 萬代屋を助けないと!」
吉川が白々しく叫び続ける。取り残された杲の表情は前髪で窺い知ることはできないが、愕然としていることだろう。
飛行機は無慈悲に飛び立った。
瓦礫ばかりの廃墟に呆然と佇む杲。
辺りを見回すと他にもあったらしい飛行機が次々に飛び立っていく。
眺めるように空と飛行機を見上げていた。
しばらくすると落ち着きを取り戻し、よろよろと起き上がる。
状況がまったく見えないが、動かないといけない。
遠くに人の集団が見えた。あの飛行機を怪しみ、乗らなかった人たちだろう。
合流しようと歩き出そうとしたその瞬間、歩みを止めた。
大型の機械、見慣れない虫型の機械が見えた。カマキリのような輪郭だ。
大型トレーラーよりさらに大きい。
嫌な予感がした。
遠くの集団は、その機械に助けを求めるべく、そちらに向かって歩いて行く。杲からさらに距離が離れていく。
見慣れぬ機械の背面から、何かがせり上がってくる。砲身だ。
体を震わす轟音とともに、人の集団は血に染まり、地面のシミとなった。
恐怖で体が凍てつく。
あんなにあっさり人が死ぬのか。
このまま自分も死んでしまうのか。
助けを呼ぼうにも、もう誰もいないことはわかっている。
どうしようもないのだ。
『逃げて』
どこからだろう。声が聞こえた。
『脚を動かす』
そうだ。まだ死にたくない。
離れなければ。
逃げると決めた瞬間、その脚は自然と動いた。
声に押されるように虫型の機械の反対側に走り出す。
自分でも何がなんだか分からなかった。
瓦礫に駆け込み、さらに走り出す。
少しでも遠く―― あの殺人機械から遠くへ。
そして目の前に信じられないものがいた。
瓦礫からそっと顔をだしたそれは――
「猫?」
杲がこの世界にきて初めて声を出した、第一声だった。
猫はにゃあと鳴いて、彼の前に飛び出した。
狐のような顔立ち。グレーの体毛――彼も知っている。ロシアンブルーだ。
何故こんなところに? という疑問も浮かんだが、猫はついてこい、といっているように少し歩き出して後ろを振り返る。
何もわからないまま、猫についていく。彼がついてくることを確認し、猫はスピードをあげる。
瓦礫のなかにすっと入る。なんとか杲が入れるぐらいの隙間だ。恐る恐る中を覗いて入る。
猫が消えた。
と思ったら穴があるらしい。顔だけ出してまた消える。
杲は穴の側までいく。階段があり、そこから先は下りの螺旋の通路になっていた。
ただ、ここにいれば少なくともあの殺人機械は追ってこれないだろう。
下っていく。複数の扉が並んでいる。猫は迷わず、まっすぐに歩いて行く。
開いている扉が一つあり、猫はその中に入って行く。
医務室だろうか。簡易ベッドがいくつか。棚には多くの瓶がある。ひどく乱雑な状態だ。
猫は机の上に飛び乗り、瓶を一つぽんぽんと手で叩いていた。
「どうした?」
杲は以前飼っていた猫を思い出す。餌だろうか?
「にゃうん」
瓶の蓋をあけると、大量のカプセルが入っている。
猫の前に広げてやる。
「にゃ」
猫は鳴きながら、一粒だけ手でそっととりわけ、杲のほうへ押しやった。
意味を考えると、一つしかない。
「俺に飲めってこと?」
「にゃあ!」
ひときわ甲高く鳴いて、目を細める。
「飲むのはいいけど、水が欲しいな」
猫をなでながら、カプセルを手に取り、思い切って飲んでみる。
再び気を失った。
ぺしぺしと頬を叩かれる。
鼻を肉球で握りしめてくる。
ようやく彼は目を覚ました。
「な、なんなんだ一体」
「おはよう」
猫が喋った。中性的な声だ。
「私の言葉がわかるか?」
「な、なんで猫が!」
ついに俺は気が狂ったのだろうか、と思い、杲はさらに混乱した。
「落ち着きたまえ。君に飲ませた錠剤は、言語中枢に働きかけるナノマシンだ。翻訳機能の最適化のために気を失った」
「猫とも喋れるってこと?」
「私は猫じゃないが、説明には時間がかかる。最初から話してもいいが、この星系の共通言語は英語ベースだ。日本人は英語が苦手だろ?」
にやりと笑った。
「この星系? もうワケわかんないな!」
「追々教えてやるとも。私のことは師匠とでも呼ぶといい。君の名前は?」
「俺はモズヤ・コウ。コウって呼んでくれ」
「ではコウ。君に必要なことを教えよう」
コウは猫に会釈する。師匠はニャアと一言鳴いた。
師匠は食べ物、飲み物、トイレ、寝床の場所を教えてくれた。食べ物はレーション。一口食べたが甘いこんにゃくゼリーのような味だ。
「何から話そうか。君たちは二十一世紀存命中、爆弾を投下され死が確定する寸前、この未来の地に飛ばされた」
「爆弾? じゃあ俺たちは死んだことになっているのか。この世界はどこかなーって知りたいんだが。異世界?」
「異世界とはいえないな。先ほどもいったが、英語ベースの異世界などあるものか」
「なんで英語ベースなんだ」
「二十世紀末からのインターネット普及により、英語が共通言語の役割を担った部分がある。その流れはいまだ続いているということさ」
「インターネット!」
英語とインターネットの関わりなどしったことではないが、これが現状の突破口になるかもしれない。
「ここにもネットある? スマホは?」
「すぐに使えるものはないね。諦めたまえ」
無慈悲に師匠がいった。すまし顔の猫にしかみえない。
「二十一世紀からどれぐらい未来なんだ?」
「二万年以上。だいたい二万数千年あとかな?」
「え?」
「数えても無駄なぐらいの年月は経っている。それも追々教えよう。まず君は生き残らねばならない。ざっと話すだけで数年かかりそうだ」
「それはそうだが…… 上にはあんな化け物がいるしな」
「ついてこい」
師匠について歩き出す。
いくつもの複雑な経路を歩き、大きな扉を開く。
「Junkyard、か。確かに英語だな。廃品置き場かなんかか?」
「君が生き残る鍵だとも」
扉を開ける。
そこは広大な空間だった。
多くの機械が打ち捨てられている。
その多くは――人型だった。
初めて見る大型の人型機械。
片隅には駐機体勢なのだろうか、片膝をついて手を地面につき、俯いた状態で座しているものもある。
どの機体も大きさはアパート三階程度と思われた。目測では八メートル前後だろう。胴体に対して腕や足は太い。細身といえる機体は少なかった。
装甲車のような印象を受ける機体が多い。明らかに軍用と思われた。
頭部のデザインは様々だ。日本のロボットアニメで見たことがあるような二つ目やゴーグル型のものから、人間で言う目がないもの、アンテナが異様に大きなもの。
用途によって違うのだろう。共通しているのは当たり前だが鼻や口にあたる部位はない。
ジャンクとはよくいったもので、半壊しているものが多いが、五体満足なものもちらほらと見受けられる。
手足が欠けているものはそれぞれ一カ所に固められている。
五体満足といってもいいか不明だが、手足頭まで完全なものは、駐機状態、もしくは乱雑に積み上げられている。
駐機状態のものが、まだ使えるもの、ということなのだろう。
「これは?」
師匠に尋ねた。