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シンパシー・テレパシー  作者: 八面子守歌
2. コウナイ・アンナイ
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第8話 春嵐〈ハルアラシ〉

 新学期二日目にして職員室へ参上することになるとは思わなかった。


 斎院さや先生は堂々《どうどう》と椅子に腰かけながら、長く伸びた黒髪をばさっとうしろに振り払い、口を開く。


「おい、松前まさき。なぜ、お前までるんだ?」


「て、手伝いに来ました。二年生になったんで心を入れ替えようかなーどうしようかなーと」


 斎院さや先生のいぶかしむ視線が俺の心を突き刺した。相変わらず半端ない目力めぢからしてんなぁ、この人。怖い怖い&怖い。


「あれほど『人の根性はそうそう変わらない』とかなんとか言ってたやつが? 心を入れ替える? ほーぅ?」


「いや、過去のことはし返さないでくださいよ」


「ああ、悪い。過去を引きずらない男は好きだよ」


「唐突に告白とか勘弁してください。そもそも先生は男なら誰でも——」


「ア゛ァ゛?」


 俺の言葉を遮るように、どす黒い声が響いた。


「あ、いや、そもそも生徒に対して好きとかあんまり言わないほうがいいですよ。先生、お綺麗だからすぐに変な気をおこしちゃいますって」


「……え? 綺麗? そ、そうかな……」


 目をぱちくりとしばたかせ、心なしか表情が柔らかくなった。


 斎院さや先生が時折ときおりみせるこの一面のことを『もう一人の斎院さや紗耶香さやか』、通称『裏さやさや』と呼んでいる。おそらく、俺だけが。


 裏さやさや状態まで持っていくのは思いのほか簡単で、昨年はこの手を惜しみなく使ったが、まだまだ効力はありそうだ。


 汚いやり方ではあるけれど、容姿については本心から綺麗だと思っているのでグレーゾーンということで勘弁してもらおう。実際、綺麗な顔立ちをしているし、男性をごのみできる立場だと思うんだけどなぁ。彼氏ができてもすぐに別れてしまうということを自分でネタにしているあたり、もういろいろと察するしかない。


 一年間同じようなやり取りを繰り返すことで出来上がってしまった、お決まりの流れみたいなものもこの辺にしておいて、俺は右に顔を向けた。


 職員室に入ってからここまで終始無言を貫いていたけれど、ようやく彼女は口をひらく。


「あのー、先生」


 斎院さや先生はゆるみ切っていた顔に再び力を込めて、言った。


「おお、持田もちだ。悪いな、変なものをみせてしまって」


「いえいえ、大丈夫です。松前まさきくんが変なものっていうことは既にわかっているので」


「そうか、それなら安心だ」


 二人して……女性って怖いなあ。財布のひもを妻に握られている夫ってこんな感覚なのかなぁ。やだなぁ。怖いなぁ。


 反論をする気にはなれないのでそのまま黙っていると、持田もちだが喋りはじめた。


「それで、転校生っていうのは……」


「ああ、トイレに行っているよ。もうじき帰ってくるだろう」


 斎院さや先生は、んんっと両腕を上に突き上げて大きく背伸びをした。身体の動きに合わせて、胸のふくらみも上下に浮き沈みしている。上の服が薄めのニットということもあり、普段よりも胸部が強調されていた。


 斎院さや先生は背伸びをやめ、ふぅっと一息つくと俺と持田もちだに語りかける。


「お前たちは仲が良いのか?」


「いや、急にどうしたんですか」


 俺の言葉を気にする様子もなく、持田もちだはさらっと答えた。


「ただのクラスメイトですよ? お手伝いで連れてきたのも、松前まさきくんが教卓の上で土下座をし始めたからで……」


 いや、教卓の上で土下座とか、すげえ上から目線であたま下げてんじゃねえか。


「お、おい。そんなことしてねえだろ」


松前まさき。あの神聖しんせいな教卓様にのぼったのか? それが本当なら、許されざる行為だぞ」


 え、まじで? あの茶色い台ってそんなに崇高なものだったの? 教科書を置く台にしか見えないんだが……。


 謎の冤罪えんざいによって裁かれようとしている。そんな俺の存在なんてどうでもいいというような様子で、持田もちだは入り口付近をきょろきょろと見回していた。


 いやいやいや持田もちだ、てっめぇぇ! 自分が投げた特大とくだい爆弾はちゃんと自分で回収しろよ。打ちっぱなしならぬ投げっぱなしか? ヒットエンドランならぬスローエンドランか?


 否定するのも面倒くさいなぁと思いながら、このままだと終身刑もとい雑用の刑が下りかねないので、重々《おもおも》しく口を開いた。


「いや、先生。本当に俺は——」


 やってないんです、と真剣な顔で冤罪に立ち向かおうとしたちょうどそのとき、職員室内に異常な騒音が訪れた。


 どんっ、と何かと何かが衝突したような重低音が体の芯に響いてくる。


 条件反射で聞こえてきたほうに顔を向けると、職員室の入り口のドアが3分の2ほど開いていた。


 休憩きゅうけいする暇も与えないと言わんばかりに、騒音のだい二波にはが続けて職員室を包みこむ。


 ちゃぶ台返しでもしたかのような、あらゆるものが地面を打ち付ける音だった。無秩序に響き渡る騒音と一緒に、悲鳴のような高音も聞こえた気がする。


 一瞬の喧噪けんそうが直後の静寂さを際立たせた。

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