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シンパシー・テレパシー  作者: 八面子守歌
1. ジコ・テレパシー
7/22

第6話 口演〈コウエン〉

 いち駅から二子玉川ふたこたまがわ駅まで電車に揺られること約20分。さらに二子玉川駅から歩くこと約10分。


 俺と持田もちだは二子玉川公園に到着した。


 『デート』という言葉が持田もちだの口から吐き出されたときには一瞬、興奮と期待が高まったけれど、そんな感情はすぐに俺の中から消えた。


 女子がやたらと使う『デート』という言葉。これには恋愛感情なんて微塵も含まれていない場合が多々ある、ということを俺は知っている。


 男子が勘違いしちゃうワードランキングとか作ったら、上位に君臨くんりんするよな絶対。あと、言葉じゃなくて行動になっちゃうけど『白髪を抜く』ってやつな。胸部が密着してくるあたり、一番たちが悪い……胸だけは大層ご立派なんだよなぁ、姉貴。


 現在進行形で女性の言動に振り回されている全国の男性へ黙とうをささげ、顔を上空へ向けた。


 空には青とだいだいのグラデーションが描かれている。開放的なこの広場からは多摩川たまがわが一望でき、水面みなもにはオレンジ色の光がきらきらと映し出されていた。


 やんわりと吹く風が少し肌寒さを感じさせる。


 持田もちだの声を待ちきれず、俺は話を切り出した。


持田もちだ。訳も分からずここまで来たけど、何するんだ?」


「んーとね、簡単な実験をしたいんだけど……まずは説明からだね」


 持田もちだはなにかを思い出そうとするかのように一瞬目線を上げると、すぐに話を続けた。


HR(ホームルーム)が終わった後、私もすぐに教室を出ようとしたんだけどさ。友達に掴まっちゃって」


「ああ、遅かったのはそのせいか」


「うん、新学期初日だしみんなでカラオケに行くみたいな話をしてたんだよ」


 そんな話になっていたのか。俊敏しゅんびんに教室から出た俺は知るよしもなかった。持田もちだが言った『みんな』というのはおそらくクラスの三分の二ぐらいだろうか。オーケー、2-Bというクラスにおける自分の立ち位置はすでに完成されている。完璧だ。


「カラオケ……俺と話す約束なんてしてたせいで潰しちゃったな。悪かった」


「それは全然構わないよー」


 持田もちだは胸の前で右手を軽く左右に振る。あ、胸の大きさについて少し思考が働いた。大きくもなく小さくもなく……普通だ! この子、普通を極めすぎてないですかねぇ。


「それで、10分ぐらい友達と喋ってたんだけど、そしたら松前まさきくんの声が聞こえてきてさ。またくだらないこと言ってるなーって」


「そのくだらない言葉をこれから幾度いくどとなく聞くことになるんだぞ?」


「んー、松前まさきくんはそういう人なんだって自分に言い聞かせればなんとか乗り切れそうだよ」


 持田もちだはやはり適当だ。良い意味でも悪い意味でも適当さを貫き通している。


 一息つく間もなく、持田もちだは言った。


「まぁ、そんな松前まさきくんでも待たせるのは悪いなぁと思って、友達との話を切り上げて小走りで弓道場に向かったんだよ。そしたらさ、テニスコートの横を通っているときに、それまで絶え間なく聞こえてた松前まさきくんの声が突然途切れちゃって。電話がプツンっと切れたかのように」


「突然?」


「うん。そのときに思ったんだけど……わたしと松前まさきくんがある距離まで近づくと、この現象は一時的に止まるんじゃないのかな?」


 期待と不安の狭間はざまで揺れているかのような、判然はんぜんとしない声音こわねが両耳を突き抜ける。考えていることが正解なのか間違いなのか、持田もちだ自身もまだ分からないという風に感じられた。


 本当に持田もちだの言ったことは正しいのか? と、俺は疑惑の念にかられる。絶対的な力を持った根拠が示されていない以上、持田もちだの推測は机上きじょう空論くうろんにすぎないだろう。


 けれど、今の段階で持田もちだの推測を否定するのは浅はかだ。持田もちだがデートの舞台に公園を選んだのは、この場所の広さを利用して自身の考えの是非ぜひを確かめたかったからだろう。


「なるほど……それが本当かどうか検証するってことか」


「うん、そういうこと。やってみる価値はあるよね?」


 持田もちだは軽く微笑ほほえんだ。さらさらの髪が風に乗って元気に舞っている。


「まぁ、そうだな……それならすぐにやってしまおうぜ」


 正直、初春しょしゅんの夕方というのはまだ冬の寒さが残っている。ましてやこの場所が川辺ということもあって、より一層寒さを引き立たせていた。


 すぐにでも我が家にこもりたい。


 『限りある資源を大切に』という言葉をよく耳にするけれど、時間に対しても同じことが言えるだろう。時間は有限。これ、名言。


 持田もちだはよしっと小さく呟くと、きびすを返して歩き始めた。


 二歩進んだところで顔だけ振り向き、持田もちだは言った。


「松前くんはそこで待っててね」


「おう」


 沈みかけの太陽から光を浴び、持田もちだのうしろ姿は黄金色こがねいろ縁取ふちどられている。その幻想的な姿に、俺は思わず見惚みとれてしまった。

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