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シンパシー・テレパシー  作者: 八面子守歌
1. ジコ・テレパシー
6/22

第5話 本題〈ホンダイ〉

 木々のざわめきも弓道部の声も一瞬静まり返り、これまでの空気の流れは遮断された。


 俺はこのタイミングを逃すまいと、直球を放り投げる。


「そんなことより本題に入ろうぜ」


「そうだね。摩訶不思議まかふしぎなこの現象……何なんだろう」


「いま把握しているのは、自分の考えが相手に伝わってしまうっていうことぐらいか」


「うん……松前まさきくんの変態さん具合がよく分かっちゃうぐらいには伝わってくるよ」


 ばっか、俺ほど良識的な範囲で性欲と向き合っている男子高校生は珍しいと思うぞ? コンビニの如何いかがわしい雑誌は表紙を5回ぐらいチラ見する程度だし、街中で制服女子のラッキースケベに遭遇すれば目をそらしたりなんかもしない。すげぇ良識的じゃん。真の変態はこんな生ぬるいもんじゃないからな。


「おい、持田もちだ。お前は変態と称される殿とのさまがたのことをなめ過ぎだ。全ての変態様たち、おもに深夜アニメの主人公様たちに謝罪しといたほうがいいと思うぞ」


「わー、何言ってるのかいまいち分からないけど、ごめんなさーい」


 普通に謝っちゃうのかよ。


「とにかく、分からないことだらけだし、この現象を止める方法なんて皆目かいもく見当もつかねえな」


「そうだねー。そもそもなんでこんな非現実的なことが起きてるんだろう」


 持田もちだの言葉を聞いて、俺の眉根がぴくりと動いた。


 昨日感じた違和感が再び襲ってくる。


 人が電車にはねられる光景を目の当たりにしておいて、翌日に忘れるなんてありえるのだろうか。いや、この現象自体がもはや世の常識から逸脱しているわけだし、可能性はゼロじゃないのかもしれない。


 おれはおそおそる口を開いた。


「なぁ、持田もちだ。昨日の夕方……5時半ごろって何してた?」


「5時半? たしか、渋谷で友達と遊んでてちょうど渋谷駅のホームに着いたぐらい……あ、そういえば、駅に向かう途中で街頭インタビューされかけたんだけどその友達がお腹壊しちゃって、インタビュー受けずに駅の中まで猛ダッシュしたんだよねー。天山あまやまちゃん、別れ際に悔しがってたなぁ」


 ツッコまねえからな? 天山あまやまちゃんって誰なのかちょっと気になるけど、絶対ツッコまねえからな、俺。


「こ、この現象が始まったのもそのぐらいだよな。駅のホームでなんか変わったこととかなかったか?」


「んー……何もなかったと思うけど。いて挙げるなら、半蔵門線がなぜか遅延してて田園都市線も遅れてたぐらいかな」


「遅延……他には?」


 うーんっとうなりながら持田もちだは答えた。


「遅れてたものの電車はちゃんと来たし、乗ってすぐにこの現象が起きたから……思い当たることはないよ」


 雲一つない青空の下で俺は、雷に打たれた。


 持田もちだが事実を隠しているとは到底思えない。そうなると、事実そのものがなかったことになっているのか。


 俺だけが知っている真実。これを持田もちだに伝えるべきかどうかはデリケートな問題だ。今話したところでなにも解決しないうえに、恩着おんきせがましい発言は俺としても避けたい。……黙っておこう。


 記憶の塗り替え……駅のホームから自宅までの瞬間移動……意味不明な現象……いよいよ普通の男子高校生には手に負えなくなってきた。


 俺は現実逃避でもするかのように、呟く。


「この現象、神様のいたずらなのかもな」


「え? 松前まさきくんってもしかして……ポエマー?」


「ポエマーだとナルシストみたいでなんか嫌だわ。せめてポエットにしてほしい」


 日本人ってなんでもかんでもerをつけたがるよな。そのうち歌手のこともミュージシャンじゃなくてミュージッカ―とか呼び始めるんじゃねえの? それはないか。


 そもそも、今の俺は詩人しじんじゃなくて一度死にかけた人物じんぶつ、略して死人しじんなんだけどな。


 ポエットってなんか響きがかわいい、とかどうしようもなくどうでもいいことを呟いている持田もちだに、俺は語りかけた。


「とりあえず最低限の確認はできたし、そろそろ帰るか」


 前かがみになって、地面に放り投げていた鞄を手に取ろうとしたそのとき、頭の上から持田もちだの声が降ってきた。


「あ、松前まさきくん。あと一つだけ気になることがあるんだけど……」


「っえ?」


 俺はかがんだ状態で顔を上に向けた。白い肌が垂直に伸びている。ふくらはぎから太もも、そしてその先には……この世で最強の布切れ。そう、それは紛れもなくパンツだ。


 おっと、これは凝視する以外の選択肢がありませんねえ。


 前かがみの状態から元に戻そうとしていたはずなのに、その動作は完全に緊急停止してしまった。


「ねえ、松前まさきくん。右足振り上げてもいいかな?」


「いやー、待って待って。暴力はダメ絶対。すまん、悪気はないんだ、信じてくれ」


 俺は電光石火のごとく体を起こした。


「じっくり見てたこと自体は否定しないんだね」


 心なしか彼女の目が死んでいる。けれど、先ほどと大して変わってないような気もする。……本当に表情がぶれないなぁ。なんなの? 日本人形なの?


「まぁ、目の前にパンツがあれば見ないわけにはいかないよな」


「もういいよ。もうわかったよ、松前まさきくん……」


 呆れた様子の持田は、さらに話を続ける。


「そんなことより、確認したいことがあるんだけど。まだ、時間大丈夫?」


「ん? 予定はないし、問題ないけど。何?」


 俺は目で続きを促した。すると持田もちだは、ここじゃ少し狭いかな、と小さく呟き、一呼吸おいてから言った。


「ちょっと……デートしよ?」


 一瞬、時が止まったかのような静寂が訪れ、すぐに弓道場のほうからパンっという破裂音が響いた。

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