第4話 再会〈サイカイ〉
始業式・入学式は滞りなく終わり、6限目のHRも終始、和気あいあいとしていた。
一年前とは比べ物にならないほどクラス内のコミュニティ形成が速く進んでいる。各々が一年間積み上げてきた関係をフル活用し、華の二年生と呼ばれるこの一年間をいいものにしようと躍起になっているようにも見えた。
青春を謳歌している俺たちマジ最高、とか思っていそうなリア充集団が担任の話に時折茶々を入れ、リア充予備軍のような中間層がそれをみて笑い、それ以外はそれぞれのやり方で影をひそめる。そんなHRが長々と続いた。
あれから10分か……。
俺の目の前には陰気で不気味な光景が広がっていた。弓道場の裏からは太陽を見ることができず、ほの暗い空間には雑草が生い茂っている。
持田遥は……まだ来ていないようだ。彼女のクラスのHRは長引いているのだろうか。
中央玄関の巨大掲示板に張り出されていたクラス発表の紙の2-Bの欄には持田遥の名前を確認できなかった。昨日の脳内やりとりで彼女が同学年であることは分かっていたけれど、10クラスすべてを見ていくのは骨が折れるしスーパーの大バーゲンセール並みに人がごった返していたので、彼女がどのクラスに所属しているのかは把握していない。
遠くのほうから弓道部の声が聞こえてくる。
校内の人目に付かない場所として思い浮かぶのは体育館裏や体育倉庫だろう。性的欲求にまみれた男女が群れる場所としてはうってつけだ。そういう行為が保健体育の分野に含まれるということもあって、体育と名の付く場所はエロいんですね、そうなんですね。
そんな王道スポットの陰に隠れているのが弓道場裏だ。昨年のクラスで出席番号が一つ後ろだった爽やかイケメン。彼が教えてくれたこの場所は、密会するのに適している。場所選びにお困りのリア充のみなさん! 弓道場裏はおすすめですよ! と、ステマにもならないような販売文句を頭の中で復唱した。この場合のステマはステルスマーケティングというよりステルスマッチングだな。
くだらない造語が思いついてしまうほどに暇をもて余していると、透き通った高音が俺の耳を突き刺した。
「ごめん、松前くん。遅くなっちゃった」
ひざ上丈のスカートがひらひらと揺れて、太ももがちらっと見え隠れしている。茶色を基調とした制服を身に纏い、赤色のリボンが胸元で緩く結ばれていた。
渋谷駅で見たときに感じたゆるふわな雰囲気はなんとなく残っている。けれど制服を着ているせいで量産型女子高生にしか見えない。石を投げれば女子高生にあたる、的な話だ。持田遥も石をぶつけられちゃう系女子なのか。なにそれ、かわいそう。
特に特徴もない整った顔立ちが俺のほうに向いている。
ここまで走ってきたのだろうか。はぁ、はぁ、と若干呼吸が乱れていた。
それなりに急いでくれた持田の気持ちも汲み取らないとな。俺は小さじ半分ほどの気持ちを込めて定型文を読み上げた。
「いや、全然構わねえよ。俺もいま来たところだし」
「わー。イケメンだなー」
「お、おう。すげえ棒読みじゃん。イケメンなんて1マイクロも思ってねえだろ」
定型文で攻撃してみたけれど持田には効果がないようだ。こいつ、童貞キラーもとい初見殺しが過ぎるだろ。ヌケニ〇かお前。
「1マイクロどころか1ピコも思ってないよ。HRが終わってから10分後には着いてたんだよね?」
「あ……」
俺は今更気が付いた。俺の考えていることって筒抜けだったんだよな。真実を知っている相手にどや顔で嘘を並べるなんて、自分でまいた地雷を自ら踏むようなものだ。
そういえば、学校に着いてから一度も持田の声が聞こえてこないな。俺と彼女とでは、この現象に斑があるのだろうか。
返す言葉を迷っているとすぐさま持田は話し始めた。
「それにわたし、同じクラスなのになぁ。そんなに影薄いかなー」
「え、同じクラス!?」
驚愕と恐怖が同時に俺の心の中で渦巻いた。
クラス分けの確認をしたときに名前を見落としていたのか。そもそも同じ教室にいて気づかないとか……ついに俺は、面倒ごとを避けるあまり人の顔を見ないという境地に達してしまったのでは? 違うと信じたい。
心なしか持田の頬は膨らんでいて、むっとした表情をみせている。けれど、じっくり見ないと分からないぐらい表情の変化は小さかった。
「すまん……全然気づかなかった。持田って影薄いのかもな」
「うわあ、おやつが喉を通らなくなりそうなぐらいには傷づいたよ? 今の発言」
「おお、ダイエットには効果的じゃん」
えへへ、デリカシーないなーっと言って持田は微笑んでいる。しかしその微笑みもオーバーリアクションとはかけ離れた、静かな笑いだった。
表情の変化が微小なのに加えて、声のトーンも一貫してぶれない。ハイテンションでもローテンションでもない普通の声音から持田遥という人間を表現するならば、クールだとか感情がないとかではなく……
「持田ってなんか、適当な感じだな」
「テキトー? そんな失礼なこと言うの松前くんぐらいだよ」
「いや、悪い意味じゃなくて本来の意味というか、なんというか……誰とでもほどよく気が合って心地いい……みたいな?」
言葉にし難いイメージを無理やり引っ張り出した結果、ものすごく恥ずかしいことを口にしてしまった。
持田は一瞬だけ顔を綻ばせたけれど、すぐに冷静な表情へと戻る。その様子からは、本心を押し殺して別の言葉を用意しているように感じられた。
「え? わたし、今、告白されてるのかな?」
「いや、それはない」
俺は疾風のごとく即答する。
「そんなに真顔で即答されると逆に、なんだかなーって気分だよ」
彼女は春風になびく前髪を軽く押さえながら、言った。