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シンパシー・テレパシー  作者: 八面子守歌
1. ジコ・テレパシー
4/22

第3話 清明〈セイメイ〉

    *     *     *



 いち駅西口を出ると、巨大なマンションが視界を支配した。


 春休みの間は見ることもなかった景色が、二週間ぶりに目の前に広がっている。どことなく懐かしい感じもしたけれど、一瞬にして気だるさが押し寄せてきた。


 俺は学校へ向かいながら周囲を少し見回した。高級感のある茶色い制服を着た人がちらほら歩いている。


 俺も一年前はああいう雰囲気で学校へ向かっていたのだろうか。彼らは少し大きめの制服に身を包み、慣れない光景に緊張している様子だ。それでも表情からは今後の生活に対する期待や希望のようなものが感じられる。


 春はいろいろなことが始まる季節だ。


 青春を楽しむもよし。社畜状態を楽しむもよし。異世界生活を楽しむもよし。女の子の声を脳内再生して楽しむもよ……それはよしじゃない。


 結局、日付が変わった今日もあの不可思議な現象は絶え間なく続いている。たとえリビングにいようと風呂にいようとトイレにいようと関係なく、突発的に持田もちだはるかの声が聞こえてしまう。


 一晩経てば元通りになるだろうと思っていたが、そんな淡い期待は今朝の情報番組中に打ち砕かれた。


 過去十六年間で、今朝ほど真剣に情報番組を観たことはなかっただろう。昨日の夕方と夜の時点では渋谷駅の事故に関するニュースは一切報道されなかった。それでもかすかな希望をもって今朝のVIP! を食い入るように観ていたが、渋谷のしの字も出てこない。


 追い打ちをかけるように、『へぇ、東雲しののめ瀬麗乃せれのさんってロンドンに行ってたから芸能活動をお休みしてたんだぁ。知らなかったなー』という可愛らしいボイスが頭の中に響いた時には、もう諦めて現実を受け入れようと心に決めた。


 一直線に伸びた並木道をひたすら進んでいく。車道と歩道の間に植えられた並木は見上げるほどに高く、葉の隙間から時折ときおり差してくる陽の光が心地いい。大阪の御堂筋や仙台のケヤキ並木などと比べると規模は大きくないけれど、登校前の気だるさを多少和らげてくれるという点でこの並木道は気に入っている。


松前まさきくんって結構旅行したりするの?』


 お、おう。もう慣れてきた感じではあるけれど、静かな場所で突然声が響いてくるとまだ少しびっくりするな。


 旅行か……長期休暇に一回するかしないかの頻度だろう。


 大阪も仙台も姉貴の思いつきが発端ほったんだったような気がする。新世界の神になりたいとか、ずんだシェイクが飲みたいとかその程度のきっかけだ。順調に進めば2年後に大学を卒業する姉貴は、今のうちに家族旅行を楽しんでおきたいのだろう。面倒なことを避けて生きていきたいとはいっても、家族が絡むと話は違ってくる。まぁ、付き合うかという気持ちにもなる。


『お姉さんが神様になれたかどうかは詮索しないでおくとして……ずんだシェイク飲んでみたいなー』


 姉貴が神様になるなんて一生いっしょうかけても無理だろう。奇跡的になれたとしても、それは新世界の神じゃなくて難波のアイドルだな。それと、ずんだシェイクは至高の飲み物。あれこそ、神としてあがめられるべきだ。


 並木道も終わり、常柑じょうかん高校の校門が見えてきた。


 なんの山場もない平穏へいおんな高校生活を今年も送りたかったけれど、スタート前からすでに不穏ふおんな状態におちいっている。これは非常によくない。


 奇跡的に死を回避したのか、誰かの気まぐれによって生かされているのか全く分からないけれど、こうして生きているからには何一つ障害のない生活を送りたい。欲を言えば、生涯そうやって暮らしたい。


 そう考えるとぶち当たる課題は明快だ。どうすればこの現象をかき消せるのか。まずは密接に関わっている人間と直接会う必要があるだろう。


 まさか彼女も常柑高校に通っているとは思わなかった。現段階では運は味方に付いている。あんな事故が起きている時点で完全に敵サイドだったけどな、運さん。


 HRホームルーム後に弓道場裏で集合……昨日、脳内のやり取りで取り付けた約束だ、抜かりはない。


 俺は悠然ゆうぜんと校門をくぐりぬけた。

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