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メリークリスマス殺人事件

作者: てこ/ひかり

 普段は中々見ることのできない満天の星空。遠くの方で一人ポツンと輝く、電柱に備え付けられた橙色の灯り。車の無い駐車場。高さ数メートルの展望台。虫たちの憩いの場となった夜の自動販売機。日が沈み真っ黒に染まった芝生や、遠くに浮かぶ寝静まった民家のシルエットと比べれば、夜空は「黒色」ではないのだと気がつく。深い青に染まった頭上に飾られた小さな白い星たちの群れを、展望台にいる一人の男が感心したように口を開けて見上げていた。


「何だかとってもロマンチックですね。本当に良かったです。こんな日に殺人事件が起きなくて(・・・・・)……」

 

 男はそう言って、にっこりと微笑んだ。彼の名は、平等院鳳凰堂。明らかに偽名である。人を信用してなさそうな腫れぼったい目つき。パーマ頭に、無精髭。ヨレヨレの赤い帽子とTシャツに破けた緑のジーンズという、明らかに安っぽい服装も不審者そのものだ。


 彼に呼びかけられて、隣にいた一人の女性が「いかにも怪しい」と言った目つきで平等院を睨んだ。その向こう側には、どれだけ両手で掬っても持ちきれないほどの、たくさんの星の粒が広がっている。


「おかしいわね……」

「え?」

「事件も起きていないのに、こんな場所に呼び出すだなんて。一体何を企んでいるの?」

「やだなあ、早苗さん……。いくら何でも、疑いすぎじゃないですか?」


 暗がりの中平等院が苦笑いを浮かべ、ポリポリと頭を掻いた。

「私はただ、景色を楽しみたかっただけで……その……貴方と……」

 声が小さくなる平等院に、早苗と呼ばれた女性は眼下に広がる真っ暗な芝生を指差した。


「無駄よ。こんなこともあろうかと、事前に芝生の上に防護ネットを張っておいたの。何人たりとも、ここから突き落とされて死ぬことはできないわ」

「そんな、まさか。突き落とすだなんて……」

「そう何度も騙されるもんですか……出てきて! 皆さん!」

「!?」


 慌てふためく平等院を尻目に、早苗は一際大きな声を上げ、掌を宙に高く掲げ叩いてみせた。すると、それが合図だったのだろうか、どこからともなく大勢の人々がわらわらと展望台の上に集まってくるではないか。その人影を見て、平等院は目を丸くした。


「こ、この人たちは……!?」

「私が呼んだの。万が一のためにね。何かあったら、この町を愛する住民たちが証人になってくれるわ」

「万が一って……」


 戸惑う平等院を、赤い服に身を包んだ町の白ひげの人々が取り囲んだ。それぞれの手に握られた懐中電灯の光がユラユラと揺れ、サーチライトのように二人の間を何度も行き交う。早苗が不敵な笑みを浮かべ、腕時計をちらと眺めた。


「そろそろね……」

「早苗さん、信じてください。探偵が夜空を楽しんじゃおかしいですか?」

「日頃の行いってやつよ。さあ……来たわ!」

「!?」


 早苗が深い青の向こうを指差した。驚いて平等院が振り向くと、そこには、どんな一等星よりも大きな光が見えた。彼が目を細めながら見つめていると、その光は、だんだんと二人のいる展望台の方へと近づいて来た。


「ヘリよ!」


 パラパラ……と、小刻みに唸るヘリコプターの音が、空気を波打ち平等院の元にまで伝わって来た。数メートル先で浮遊するヘリの風圧に、もみの木は揺れ、展望台にいる人々の服がバタバタと乾いた音を立てた。


「ヘリ……!?」

「念のために、警察に通報しておいたの。指一本触れて御覧なさい! 今夜こそ貴方を、豚箱に送って上げるわ!」

「念のためにって……」


 肩を落とす平等院の頭上で、上空にいたヘリの扉が突如開けられ、何やら大量の白い袋が放り込まれていく。


「一体……!?」


 展望台に投げ込まれた白い袋を、平等院はマジマジと眺めた。早苗は慣れた手つきでその袋を開け、中から手錠やら警棒やら、次々と武器を取り出していった。


「さあ、観念なさい。こっちは準備万端なのよ。貴方はもう、包囲されている」

「ええ……」

『両手を上げて、そのまま床に伏せろ! さもなければ撃つ!』

「えええ……」


 ヘリからスピーカーを通して、鋭い機械音が夜空を切り裂いてそこら中に響き渡った。騒音に目を覚まし、眼下では近隣の民家の明かりがポツポツと点き始めている。床にひれ伏した平等院にスタンガンを構え、早苗が慎重に彼のポケットを弄った。何かにハッと気がついたかのように、目を見開く。早苗が平等院のポケットから取り出したのは、リボンの飾られた小さな包みだった。


「これは……何!? この梱包された物は!?」

「そ、それは……プレゼン……」

「爆弾ね! このゲス野郎! 誰か! 誰かあああ!」

「えええぇ……」


 彼女の叫び声を合図に、たくさんのライトが宙を踊る。静まり返った夜の展望台に、赤いサイレンと警報音が鳴り響く。周りを取り囲んでいた人々が侮蔑の目を平等院に向けた。


「最低だな、平等院!」

「お前はいつか、やると思ってたよ」

「自爆するつもりだったのか!」

「そんな……爆弾なんかじゃ……」

「いや! 離して! 離してよ!」

「掴んでいませんよ」


 半ばパニックに陥った早苗は髪を振り乱し、暗がりの中手すりの向こうへと身を乗り出した。


「危ない!」


 落ちる。

 誰かがあっと叫んだ。

 そのまま何もない空間へと身を預けようとする彼女の手を掴み、平等院は咄嗟に彼女を引き寄せると、


「!」


 その勢いのまま、今度は逆に彼の体が宙に投げ出され、早苗と位置が入れ替わる形となった。


「!」

「平等院!!」


 宙に浮きかけた早苗の体が、展望台へと引き戻される。

 逆に平等院は、「あ」の形に唇を開いたまま、そのまま暗がりへと突っ込んでいった。


「平等院ンンン!!」


 落ちた。

 慌てて人々が彼の姿を追って、手すりから身を乗り出して下を覗き込んだ。彼の姿を追って、たくさんのライトが暗闇を行き交った。


「びょ……平等院……」

「!」


 地上数メートルの高さから落下した平等院は……もみの木の間に設置されたネットに絡まって、地面すれすれに浮かんでいた。ライトアップされ、罠にかかったイノシシのようになった探偵の元に、町の人々や警察官、そして早苗が走って駆け寄って来た。いつの間にか星空からは、小さな小さな、冷たくて白い贈り物が降って来ている。近隣住民も、寒空の下窓からじっと事の成り行きを見守った。大勢の注目が集まる中、早苗は平等院の元へと一歩前に踏み出すと、安堵の表情を見せ呟いた。


「平等院……」

「早苗さん……私は……」

「貴方を……殺人未遂で、現行犯逮捕します!」

「ええええぇ……」


 


メリークリスマス!

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― 新着の感想 ―
[一言] 日頃の行いって、大事ですね。
[良い点] 本屋が今の2倍あったら、小説家になっているタイプ だと思うので いろいろ書いてみてほしいです。
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