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拝啓 夏が好きな君へ

作者: 双藍

 君に手紙を書くなんて何年ぶりでしょうか。少し恥ずかしいですね。いつも言葉足らずな私が手紙なんて、と君は驚いているかもしれませんね。拙い手紙になってしまうかもしれませんが、最後まで付き合ってください。

 まず、元気でやっていますか?そちらでは、どんな暮らしをしていますか?私は夏の暑さに参っています。毎日が本当に暑くて、ついつい冷たいものに手を伸ばしてしまいます。いつだったか、君が食べてみたいと言っていたアイスクリームを食べました。一人で食べました。高い割にそれほど美味しいとは感じなかったと言えば、君は怒ってしまうでしょうね。私としては、この間唯依と一緒に食べた駄菓子屋のアイスクリームの方が美味しいと感じました。高ければ美味しいと言うのはきっと嘘です。君も、騙されないように。

 さて、唯依が遊びに来てくれた時の事を伝えておきましょう。唯依はこの春、小学生になりました。まだまだランドセルの方が大きく見えるほど頼りない小さな背中ですが、何故でしょう、とても、とても立派に見えました。子どもの成長は早いものですね。ほんの少し見なかっただけで、随分と大きくなったように思います。今は夏休みだそうです。友達もたくさんできて、毎日楽しいと笑って聞かせてくれました。一緒にアイスクリームを食べて、縁側で夕涼みをしました。どうやら唯依は風鈴の音がお気に入りのようです。君と五郎さんと同じですね。五郎さんは唯依に頭や背中を撫でてもらっては上機嫌に喉を鳴らしています。その優しい手つきが少し君に似ているように感じました。不思議ですね。

 唯依は、来年の夏も遊びに来ると約束してくれました。五郎さんも心なしか寂しそうです。夕涼みをしている背中から少し哀愁を感じてしまうのは、気のせいでしょうか?

 私は時々、君の話を五郎さんに聞かせています。君は夏が一等好きだったことや、よく五郎さんと一緒に縁側で夕涼みをしていたこと。五郎さんは時々にゃあと言って答えてくれます。分かっているのか、分かっていないのか。そう言えば君はよく、五郎さんに話しかけていましたね。何の話をしていたんですか?また、そちらへいったら聞かせてください。

 私はやはり、夏が好きになれません。暑いし、じめじめするし、君はいないし、それなのに君の面影ばかりが色濃く残っている。困ったものです。君がお喋りだからですよ。いつもいつも、飽きもせずに話してくれたから。君の居なくなった家はとても静かだ。風鈴の音がとてもよく響く。五郎さんの足音も、とてもよく聞こえる。君がいないからですよ。きっとそちらは賑やかなことでしょう。いえ、羨ましいわけではありません。ただ少しだけ懐かしいだけです。

 君が居なくなって三度目の夏が終わろうとしています。君が居なくなって三度目の秋が訪れようとしています。まだまだ残暑はありますが、もう少しすれば和らぐことでしょう。秋は一層静かに感じられる。風鈴を取り外してしまうからでしょう。あの音が無くなると、本当に五郎さんの足音だけがよく聞こえてきます。今まで気にも留めませんでした。こんなにも家の中が静かだったなんて。

 長々と書いてしまいました。君が生きている間にはこんなにも沢山の言葉は出てこなかったのに、手紙になるとついつい筆が走ります。おかしな話ですね。この手紙を君が読むことはないと分かっているのに。

 まだそちらへいく予定はありません。来年の夏、唯依も遊びに来てくれることですしね。まだまだここに書き足りないくらい、君に伝えたいことが沢山あります。そちらへいった時、どうか聞いてください。君がいなくなった後の話を、沢山、沢山、聞いてください。こんなにも君と話がしたいと思うことがあるなんて思いもしませんでした。気長に待っていてください。

 それじゃあ、また。


                    敬具 君の居ない夏が嫌いな、夫より

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