一人目 笑顔の少女
男なら誰もが憧れる煌びやかな鎧を身に纏った騎士は王に仕え、子供達が寝物語に親から聞かされる魔法使いはおとぎ話の中にしか存在しない。
そんな世界のとある国に一人の少女がおりました。
その少女の手足はスラリと長く、目が合う度に少し垂れた目元で笑いながら手を振って元気に挨拶する。
少女が住む村の住民は誰もがそんな少女のことを愛おしく思い、その度に破顔し挨拶を返しました。
しかし住んでいる村が貧しいせいか肩口まで伸ばされた髪は荒れ、着ている服は畑仕事を手伝っているので所々に汚れの跡が見えるなど、お世辞にも美しいなどと言う言葉は似合いませんでした。
しかし、少女には夢があったのです。
眩いお城の舞踏会で王子様とダンスを踊る、そんな夢が。
もちろん家族や周りの人に言ったことはありません。
少女は確かに年相応の夢を見ていましたがこれも環境のせいでしょうか、それと同じくらいしっかりと現実も見えていたのです。
可愛い服や美味しい食べ物にかっこいい王子様、どれもこれも憧れていましたがそんなお金も身分も少女は持ち合わせてはなく、今日も畑仕事の手伝いをしています。
そんなある日、いつもと同じように畑仕事の手伝いからの帰り道の事です。
少女はある男と出会いました。
純白のローブに所々金や銀の詩集が施さられ、綺麗な宝石がこれでもかと散りばめられた豪華な杖を持つ、金髪でとても整った顔をした男です。
そう、それは今よりももっと小さいころに母親から聞いた……魔法使いのようでした。
そんなおとぎ話に出てくるような格好をした男を見て驚き、固まってしまっている少女に男は鼻で笑い喋り出します。
「娘よ、我が魔法でお前を城に連れて行ってやろう」
少女はまた少し驚きましたが礼儀正しく丁寧に断り、男の前を横切って家族が待つ家へと帰ろうとします。
「ああ分かったぞ、本物かどうか疑っているのだな」
男はそんな少女に信じられていないのだと思ったのでしょうか、少し不愉快そうな顔をしながらそう言っていつの間にか少女の目の前に立ち、指を鳴らすと空中から様々な物が出てきます。
可愛い洋服や美味しそうな食べ物に美しい白馬に繋げられた大きくて綺麗な馬車、どれもこれもが物語に出てくる魔法使いのやることに少女は目を輝かせます。
そんな少女に男は気をよくしたのでしょう、さらに喋り出します。
「どうだ娘よ? 我にかかればお前のような村娘といえこの国の王女にすることなど造作もないぞ」
少女はその言葉を聞き……また断りました。
そして最後に素敵な物を見せてくれてありがとうとお礼を言って今度こそ立ち去り、その場には男が魔法で出した様々な物とあっけにとられた顔をした男だけが残りました。
服や顔に泥が付いて汚れていますがいつものように笑って気にせず、少女は村の人たちと楽しそうに畑仕事の手伝いをしています。
「全く、お前はいつになったらそんな泥臭いことをやめて城に行く気になるのだ」
少女と男が出会ってから数日、初めの数回こそ少女が一人の時に現れていたのですが今では少女以外の村人がいても話しかけてきます。
ですがそんな男をまるでいないかのように気にすることなく畑仕事をしている村人達を見るに男はやはり本物の魔法使いなのでしょう。
畑仕事を手伝っていた少女はそんな男に対していつものように少し申し訳なく思いながら断ろうとすると、村の入口の方から声が聞こえてきました。
少女が不思議に思っていると入口の方から少女の家の隣に住んでいるおばさんがやって来て言います。
「大変だよ‼ 貴族様があんたに会いに来たんだって⁉」
少女は突然の事に驚き、次いでもしかしてと思い男の方を見ると
「ほうら、呼ばれているそうだぞ」
そこには男がニヤニヤといった風に少女を見て笑っていました。
少女を呼びにきたのは王子の部下達でした。
どこで知ったのかは分かりませんが、なんでも王子直々に少女を妻へと迎い入れたいとのことだそうです。
村の人たちはとても寂しそうにしていましたが相手は貴族、それも自分たちが住む国の王子ではどうにもなりません。
少女は両親と別れを惜しむひまもないまま、その日のうちに王都へ行くことになりました。
それから数年後、王都では今ある噂が流れています。
それは去年に粛々と行われた現国王の戴冠式と同時に正式にお披露目された王の后についてです。
そのお披露目を見に行った者は皆口々に后のことを絶世の美女と褒め称え、城下町では后の話が絶えることはありませんでした。
もちろんその噂はあの魔法使いの男にも届いており、その后が数年前王都へと連れて行かせた少女だということも知っていました。
元々少女の容姿は整っていましたし、自身の魔法に絶対の自信を持っていた男は王都へ連れて行かせてから今まで少女に会おうとは考えてもいませんでしたが、そんな男は久しぶりに少女に会いに行こうと考えました。
決して少女を祝福しようと思ったわけではありません。
ただ男は自分のお蔭でお前は幸せになったのだと、むしろ感謝の言葉を言わせるために行くことを決めたのです。
そして男が指を鳴らし城の一室へと現れるとそこには一人の女性が天幕のついた豪華なベッドに横たわっていました。
しかし、
その女性の肌は青白く不健康そうで体も痩せ細り、とてもではありませんがあの少女の時のような笑顔を見ることは叶いそうにありません。
男は一瞬部屋を間違えたかと思いましたが自身の魔法によって、それに僅かではありますが少女の時の面影は確かに残っていたのでその考えはすぐに消え去り、なら何があったのだと調べると原因はすぐに分かりました。
王子には婚約者や側室が何人もいましたが、何故かいきなり現れた村育ちの少女を盲目に愛し続けたため反感を買ってしまい、様々な人からイジメられ心休まることがなかったのです。
男はそのことをを知って雷に打たれたような気分になり、次に顔を真っ赤にして再び魔法を使おうとしたとき……腕を掴まれました。
驚き自身の腕を掴む手を見るとそれはさっきまで寝ていた筈の女性のものでした。
そして固まる男をおいて女性はゆっくりと上体を起こしてか細い声で喋り出します。
「久ぶり……ですね」
男は今すぐその手を振りほどきたい衝動に駆られましたが、何故か男の腕はピクリとも動くことはありません。
「王子様が……私のことを好きになったのは、貴方の仕業ですよね。……だけど、私はあの村での生活に不満はありませんでした」
「確かに日々の暮らしは大変でしたが、家に帰ると……いつも質素ながら暖かい料理を作って迎えてくれるお母さん、危ないことをした時に涙が出るほど怒った後……優しく抱きしめてくれるお父さん」
「私は……そんな家族に囲まれ過ごす日々に、十分満足していました」
その言葉は所々途切れ弱弱しい物でしたが男にとっては呪詛以外の何物でもなく、次は魔法を使ってでも振りほどこうとしたとき、女性はさっきより力強い声で言葉を繋げます。
「ですが、初めて食べるご馳走やとても綺麗な自分だけのドレスにかっこいい王子様とのダンス……」
「どれも村にいては決して体験出来ないようなことばかりで……辛い事もありましたが、私の夢は叶いました」
「だから、今でこそこんな格好をしていますが私は……あなたにとても感謝しているんですよ」
そう言って、もう見られないだろうと思っていた少女の時の笑顔を男に見せましたがその笑顔は男にとってとても眩しく、ここに来るまでに望んでいた感謝の言葉すらも気づくことはなく……
黙って今度こそ腕を振り払い、その指を鳴らしました。
それからまた暫くして、王都ではあるおふれが広まります。
それは先日、王の后が亡くなってしまったことで盛大な葬儀を行うことについてです。
そのおふれを知った城下町の者は皆嘆き悲しみました。
そういえば葬儀の当日は厳重な警戒が敷かれたにも関わらず、いつの間にか見たことのないような綺麗な花が一束……ひっそりと后の墓石に添えられていたそうです。