『戯』 その3
何だかこの話の主人公を好きになってきた
この娘をメインで色々書くのもありかもしれない
俺――私は炎の中にいた。燃え盛る炎の中、元は私の家であったがどこもかしこも火に包まれていて今どこにいるかさえわからない。早く家から出ないとこのまま炎で焼かれ死んでしまう。早く、早くしないと!
両親は常日頃から絶えず仲が悪かった。父親は酒浸り、母親は外で男をつくり朝帰り。なまじ両親ともに祖父母が裕福であったため働かなくても良かったため段々と働くのが馬鹿らしくなったのだろう。私が物心つくころには仕事に出かける、家事をするという姿は見なくなった。代わりに毎日喧嘩をし、あちこちで皿や家具が壊れる音がしていた。
特に命じられたわけでもなかったが家事は私が進んで行っていた。両親は私に対しては厳しくはなかったが(興味がなかったのかもしれないが)やらなければ私にも矛先が向いてしまうと思い毎日炊事洗濯物掃除などしていた。
そんな生活が3年ほど続き私が10歳になったとき(もちろん誕生日を祝われはしなかった。少しばかりのお小遣いをもらっただけだ)、いつもの家事を終わらせ2階にある私の部屋のベッドで眠ろうとしたとき、突然部屋の本棚に火がついた。当然私は飛び起き、部屋の外に出る。部屋の外は階段までの道以外は火に包まれ先が見えなかった。慌てて一階に降りるがそこは2階とは比べ物にならない火の勢いであった。
「お母さん?お父さん?どこにいるの?」
両親を探すが、あの両親なら私を置いて行ってしまっても不思議ではない。だが万が一、怪我をしていたりして逃げ遅れていたら助けなければならない、あんな両親でもいなくなってしまってほしくはない。両親が私をどう思っていようが私は両親を嫌いにはなれなかった。
火はなぜか私の行く先を示すかのように道を塞ぎ壁を焼き壊して道をつくっていた。どちらにせよその道以外に行けば火で焼かれてしまう。両親のところ、家の外に繋がっていてほしいと祈りながら私はその道を歩いた。
「よく来たな。お前が最後だ」
炎の中、辿り着いたのはおそらく客間であった。外面だけは良かった両親が唯一、一緒に買ってきた家具はすっかり燃えて部屋はとても広く感じた。そしてその中に大きな炎が二つあった。
「返事をしろよ。よく来たな、と言ったんだ。俺がお前をここまで連れてきてやったんだぞ」
その二つの炎の後方に火に包まれた人影のようなものがあった。どうやら私に話しかけているのはそいつらしい。
「聞こえているけど……最後ってどういうこと?お父さんとお母さんは?何で家が燃えてるの?」
なぜかは分らないが、こいつが何か知っているにちがいない、そう思って質問をする。
「よしよし、ちゃんと聞いているじゃねえか。まず家が燃えている理由だが……これは俺が燃やした。なぜかって言われるとそれが俺の生きざまだとしか言えねえな。お前の両親についてはほら、その炎の中だ」
そう言って人影は二つの炎をそれぞれの腕で示す。
「生きているなんて思うなよ?もう肉片なんて燃え尽きてしまってると思うぜ?」
両親が死んだ……それを聞いて私が思った感情は今でもわからない。だが、この人影への悪感情と同時に安堵もあったはずだ。
「そう……ならもうあの人たちにつき合わされずに済むのね」
自分を騙すのも終わりだ。
「ああん?両親が死んだってのに取り乱したり泣き叫んだりしないんだな?」
人影は不思議そうにいう。だが、不思議そうに言っているだけであろう。実は私たちのことを知っているのかもしれない。
「あなたが殺したんならわかるでしょ?あの人たちはどうせ最後まで二人で争ってたんでしょうから」
「おう、そうだともよ。しかし嬢ちゃんも大変みたいだったな。実は俺が殺したって言ったけど、お前の母親を殺したのはお前の父親だったんだぜ?」
「……?どういうこと?」
いかに仲が悪くても殺し合うほどだったか?私が言ってるのは責任のなすりつけ合いくらいだと思っていたのだけど。
「まあその辺はこれからお嬢ちゃんがここから生き残れるかのゲームの説明をしてからにしようか」
ゲーム……そう、私は今まで遊ぶことなんかなかったけどこれが初めてのゲームなんだ。最初で最後かもしれない、けど心の中で少し楽しみになってきている。
「……生き残れるかどうかって言ったのになんだその笑顔は。だいぶこいつらに毒されてたんだな。そういやお前子供のくせに落ち着きすぎだわな」
「まあね。大人の汚い部分は見てきたから。それに他の子供なんてよく知らないし」
日々家事をしていた私には誰かと遊ぶ余裕なんてなかった。せいぜいが両親にもらう小遣いで買った本を寝る前に読むくらいだ。登場人物にでてくる子供たちはなんて自由で幼く愚かなんだろうといつも思っていた。
「それで?何をすればいいの?」
「ああ、簡単だ。この炎の中から正解を選んで飛び込め。正解ならばお前は燃えずに生き残れる。外れを選べば両親のように燃え死ぬだけさ」
「そう、わかったわ」
「ああ、ちなみにお前の父親はお前から見て右の炎の中だ。お前の母親を左の炎の中に押し入れて燃えるのを確認したら右へ飛び込んで行ったぞ。あれは実に愉快だった」
……私の両親はそこまで仲が悪かったのか。いや、浮気をしていた母親に一方的に父親が殺意を持っていたのかもしれない。
「さあ、父親と一緒の炎に入るか?それとも母親と一緒の炎か?」
「私の答えはもう決まっているわ。ねえ、それよりもあなたの名前を教えてくれる?もしあるならば、だけど」
「これから死ぬかもしれないってのに本当冷静だよなお前。だが気に入ったぞ。俺は『焔』、漢字だ。もしお前が生き残れたならばお前を選んでやるよ」
漢字か。本で読んだっきりだけど、こういうのだったのか。
「お前どうせ一人だろ?俺を所有できればきっと大きな力になるぞ。ちなみにだが、俺の攻略条件は生き残ること。今まで俺と出会って生き残ったやつはいない、どういうことかわかるか?」
わかっている。みんなどうせ私の両親のように愚かで何も考えず、ただ運任せに、己の欲望に従って生きてきたんだろう。
「ただ10年間、私がなぜこの家で耐え忍んで生きてきたかわかる?いつか両親が代わってくれると思っていたわけでも誰かに救って欲しかったからでもない。私が、私自身の力でこの家から出ていくために生きてきたのよ」
私の部屋には今までの小遣いのほとんどが残されていた。いつか家を出ていくための資金としてだ。もちろんこんな子供の小遣いで足りるとは思っていない。当面の資金にしてあとは身を売るなり力をつけて冒険者になるなりして生活するつもりだった。
「でもよくわからないなあ。お前の両親がいかに酷かろうとお前自身、特別何かされたわけじゃないんだろう?」
人影――『焔』は私をよっぽど気に入ったのかかなりの時間話している。
「特別何もされてない、ね。ねえ知ってる……わけないわよね。私、来年結婚させられるのよ。40過ぎのおっさんと」
『焔』は驚いたような笑っているような身体の揺らし方をする。
「それはまあ御気の毒に。いやもう関係ないのか」
「それでね、あの人たちは私になんて言ったとおもう?そいつを殺して遺産だけもらってまた家に帰ってこいって言ったのよ。そんなときだけ両親は仲良さそうに計画を練っていたわ。そこで私はもうあの人たちのことを諦めたわ」
「へえ。ってことはお前は両親を恨んでったってわけか」
「それはもうわからないわね。確実なのはさっきの殺し合った話を聞いてあの人たちには興味がなくなったわ」
「はっはっは。そんな可愛い顔で怒るなよ。興味がないならもっと表情を無くせ。……さて、楽しい楽しいおしゃべりもそろそろ終わりだ。さあ選んでくれ。……生き残ったらまたゆっくりとおしゃべりしようぜ」
『焔』はそう、締めくくるように言った。まるで私に死んでほしくないように、同情でもするかのように。でもそんなものは私にはいらない。
だって
「だって私は生き残るからね」
『焔』がニッっと笑ったのが私にはわかった。
「よく言った!さあさ、選んでくれよこの炎!死ぬか死なないかの二択だ!外れは死ぬが当たれば生きて俺の力を得るお得なこのゲーム、ちゃんと選びに選び抜いてくれよ!」
まるで私以外にも誰かに向けて言っているかのように『焔』は流れるように言う。
そして私は回答する。炎に飛び込む。
「私が選ぶのはこの二つの炎じゃない。あなたよ、『焔』」
そう言って私は『焔』に抱き着くように飛び込んだ。『焔』は炎と言っていた。この二つとは一言も言っていないはずだ。まあどちらもそれぞれ両親が選んで燃え死んだというヒントもくれたのだ。これで正解しなきゃ私も両親に負けず劣らずの愚かな人間となる。
果たして回答に対する解答は
「……。正解だ!これからよろしくな!そういやお嬢ちゃんの名前は何だ?」
『焔』は薄く、光となりながら消えていく。その寸前でようやく私の名前を聞いてきた。正直恥ずかしいけど、こいつには胸を張っていってやろう。
「私はボタン。よろしくね」
「おめでとうございます!あなたは『焔』を所有しました!」
私は脳にそんな声が聞こえるのを無視し、光となって消える『焔』を見送っていた。その後に私の中に光が飛び込んで驚いたのは生涯誰にも言いたくない。少し奇声を上げてしまった。
私はこの後こっそり逃げ、誰にも見つかることなく隣の町に向かった。それからは『焔』がこっそりと隠しておいてくれたお金で何とか生活をし、『焔』をある程度使いこなしているうちに冒険者となりいつの間にかそこそこ強くなっていた。
言葉づかいもその後、能力を使いこなし再び会話できるようになった『焔』の教えで乱暴になりそのまま戻れなくなってしまったが……まあ周りに甘く見られないのはいいことだろう。なぜか身長が伸びなくなったが『焔』は断じて自分のせいではないと言っていた。
そして再びという18歳の誕生日を迎えた当日、私はまたよくわからない漢字のゲームにつき合わされることとなった。
「……くそ、昔の夢か」
懐かしい夢だなおい。私も昔は純粋で可愛かったなって言うくらいには可愛くありたかったぜ。ただの大人ぶった生意気な子供だっただろうよ。
「ああ、ボタンちゃん。ようやく起きたね。昨日はご飯おいしかったよ。改めてありがとう。これで今日は元気に他のやつらを探せるよ」
探そうと思えば木の実や野菜はなぜか大量に見つかった。俺はそれをドマのつくった雹を『焔』で溶かした水で煮込んだだけなんだがな。調味料は海の塩だ。綺麗みたいだったし大丈夫だろって思って適当にそれで味付けしたんだが、それでこれだけ喜ばれちゃあな。私の料理スキルがよかったのか、こいつの味覚が変なのか。料理スキルが良かったんなら家事をし続けたおかげかもな。
「昨日はカバネの野郎を逃がしてそれっきり誰とも遭遇しなかったし今日こそは誰かしら殺すぞ。それと、ちゃんづけすんなって何回言えばわかるんだ」
「ははっ。じゃあ行こうか」
普通にスルーしやがって。まあいいさ、子供でも女の子扱いは久々だ。悪い気は正直していない。
話しは進んでいませんが、まあそんな読んでる人はいないので大丈夫でしょ
作者が満足しているのでノープロブレムです!