第九戦「周りの子ら」
世の中がどうかしてると思うのは、こんな少女に出来ることが僕に出来なくて、そんな少女が両親の仕打ちに怯えることしかできないからだ。
マンナが地面に手を翳す。
すると砂が、旋風に触れたように舞い上がり、しゅるしゅると、マンナの掌へ集束する。
ぎゅっと、マンナが手を握り締めた。
小さな手には、剣を模した砂が握られていた。
僕とスクモは、剣を模したこの砂の棒を、なんの捻りもなく砂剣と呼んでいた。
家の裏手で、僕とスクモ、シュラとマンナは砂を操る練習をしていた。
「そうだ、アサツキ、制御が乱れても慌てるな」
スクモの手が僕の手に添えられる。
その横で、マンナは作った砂剣を眺めている。
シュラは砂を滅多矢鱈に舞い上がらせている。
「できた」
なんとか、砂で剣を形作ることができた。
しかし、一瞬たりとも気が抜けない。
団扇を仰いで、紙を宙に浮かばせ続けるのに似ている。
「振ってみろ」
言われ、軽く振った。砂剣がしなり、そのまま崩れ散ってしまった。
僕の手から零れ落ちた砂が、シュラによって巻き上がる。
パチパチと、砂が顔に当たる。
「おいシュラ、止めろ!」
スクモが怒鳴った。シュラはしゅんとして、裏口の階段に坐り込んでしまった。
その視界の隅で、ふらふらと砂剣が揺れ動いている。
気になってマンナを見た。前髪から覗く目と視線が重なる。
にこっと、笑い掛けられらた。砂の制御は造作もないらしい。
「……あまり気に病むな、アサツキ。砂の魔導は扱いが難しい。本来、魔導師の端くれでもなければ剣の形を作ることすらできんのだ」
「でも砂の魔導を練習し始めてから二年だよ。才能がない」
「そんなことはない。二年でこれだけできれば中々のものだ」
僕はマンナを見た。マンナはちょっと戸惑ったように、首を傾げた。
「マンナは最初の一回で出来たけど」
「あれのことは知らん」
小声で僕らが言い合うと、マンナはすっくと立ち上がり、僕の側に寄った。
「これ」
マンナは砂剣を差し出した。
「いや、欲しいわけじゃないよ」
所在なさげに、マンナは砂剣を振った。
力任せに振るようなことはしない。
ふらふらと、宙を漂うようだ。
僕は気を取り直し、砂剣を作る練習を再開した。
砂に魔力を通す。砂を媒介にすると、物を動かす魔導が発生する。
この魔導の向きが不定で、制御するには魔力の通し方を絶えず調整しなくてはならない。
砂剣を作るには、砂の魔導を制御して、砂を動かし、剣の形に纏めるだけだ。
言葉で言えば、これだけなのだが……。
作りかけの砂剣が爆ぜた。魔力の調節に失敗した。
苛立ちに任せて声を上げそうになった。一人ならそうしたろう。
僕は声の代わりに、大きな溜め息を吐いた。
「そろそろ昼だね」
「そうだな、私もそろそろ具合が悪くなってきた。休みたい」
「シュラ、お昼ごはんを食べよう。マンナちゃんもおいで」
「いい、の?」
「当然」
僕が差し伸べた手を掴もうとしたマンナは、手に触れる寸前で逡巡した。
「やっぱり、だめ」
「どうして」
「お父さんと、お母さんに、怒られる」
大丈夫だ、とは言えず。僕が守る、とも言えず。
マンナがそう言うのなら、そう思うのなら、僕はマンナを引き止められない。
「そうか、そうれじゃあ、お昼ごはんを食べたらまた遊ぼう」
「うん」
マンナは嬉しそうに頷いた。
遊びとは言うが、それぞれで魔導の練習をしているだけだ。
マンナにも魔導の練習をさせているのは、あの親たちに、なにかしら対抗する手段があればと思うからだ。そして驚異的な才能をマンナは発揮している。スクモの見解では、マンナがその気になれば、砂を縄状にして、あの親たちを絞め上げるくらいはできるらしい。
しかし酷い仕打ちを受けても、マンナはそれをしない。それは当然だ。刀が手元にあるからといって、それを振り回すような野蛮な真似は、普通はしない。理屈を抜きにして良心が咎めるし、生々しい恐怖心が行動を抑えるし、常識が無法を許さない。
だけど、と僕は思う。それでは面白くない。弱者が弱者を演じても、それは相応しいという評価がつくだけだ。
僕とスクモ、シュラは食卓についた。
昼の間、表の薬屋は休みで、シュウ父さんとアザミ母さんも食卓についている。
「どうかしたのかアサツキ、皺なんか寄せて」
シュウ父さんが僕を見て言った。
「いえ、別に……」
「マンナのことか?」
黙ったままシュウ父さんを見ると、シュウ父さんは僕の心を見透かしたように、得意気に笑った。
「だろ」
「……まあ」
肉料理を口に運び、咀嚼し、飲み込むと、シュウ父さんは一言「旨い」と言った。
「お前はどうしたいんだ?」
シュウ父さんは手を止めて僕に訊いた。
「どうしたい、とは?」
「マンナのことが気になるんだろ、お前はマンナをどうしたいんだ」
「……助けたい」
「どうすれば助けたことになる」
「マンナの親が、虐待を止めれば」
「そのために、お前はなにができる」
「……なにも」
ふむ、と一息吐いて、シュウ父さんはまた食べ始めた。
カチャカチャと食器の音が響いて、やがて全員が食べ終わる。
僕はスクモを部屋で休ませて、裏口へ出た。シュラも一緒だ。
「マンナ姉はまだいないね」
「そうだね」
僕は砂剣を作る練習を始めた。
シュラは砂を巻き上げて遊んでいる。
それからちょっとも経たないで、シュラが僕の肩を叩いた。
「兄さん、見て見て」
シュラの手に、砂剣が握られていた。
ちらと見ただけではそれがなにか分からず、僕は動きを止めた。
そしてそれが砂剣だと分かり、僕は震える声で言った。
「振ってみて」
元気良く頷いて、シュラは真っ直ぐ、砂剣を振り下ろした。崩れない。
「上手でしょ」
満面の笑みを、シュラは浮かべた。
「ああ、凄いね、シュラは」
シュラの頭を撫でた。髪が乱れて煌めき、幸せそうに目を細める。
シュラとは正反対に、僕は内心うちひしがれていた。
「僕は才能がないどころじゃないな……」
シュラに聞こえないよう、呟いた。
「マンナ姉はまだかな?」
砂剣を見せたいのか、シュラはマンナを探して、首をあちこちに振った。
「確かに、ちょっと遅いね」
嫌な予感が背筋を這った。
ありえないことではない。どんな理不尽な理由でも、マンナは虐げられる。
僕は隣家と我が家の隙間へ入り込んだ。
木箱を踏み台にし、格子窓の格子を掴む。
窓は閉められていた。
ならばと、この家の反対側へ周り込む。
そちら側にも窓があり、そこから中の様子を窺えないかと思案した。
窓の下へ着くと、微かに話し声が聞こえてきた。
「ねえ、考え直して」
「もう無理だ、お前も分かってるだろうが」
「……でも」
「黙れ、俺たちには金が入る、これ以上びくびくする必要もない。それなのになにが困る?」
「…………」
「明日中だ、明日中にあいつは売る。もういいな」
これはなんの会話だ?
話している声は、間男と、赤毛の女、つまりはマンナの母親だ。
考えても分からず、裏手へ戻ると、裏口の前にシュラが立っていた。
「マンナねーえ、あーそーぼっ」
シュラが大きな声でマンナを呼んだ。来ないだろうと思う。
しかし少し経ってから、裏口の戸が開けられた。
マンナと、赤毛の女が立っていた。
「ほら、遊んできなさい」
とん、と赤毛の女が、マンナの背を押した。
「いいの?」
マンナは困惑と喜色を滲ませて、赤毛の女に振り向いた。
「いいのよ」
赤毛の女は、表情を変えずに言った。マンナは花咲くように笑った。
「うんっ」
そうして、真っ直ぐに僕とシュラの前へ駆けてきた。
「遊ぼう、アサツキくん、シュラくん」
弾むようなマンナの声は、今までが聞いたことない程に明るかった。
その後ろで、戸を閉める女の顔は、深い翳りを落としていた。
戸が閉じ切るその一瞬まで、マンナを見ていた。
申し訳なさそうな、あるいは、恨めしそうな、そんな後ろめたい表情だった。
「これ見て、マンナ姉」
「わあ、すごい」
砂の魔導で遊び始める二人。僕は嫌な予感を払拭できずにいた。




