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やれるだけやってみる剣闘士  作者: こんたくみ
幼年期・マンナ
9/70

第九戦「周りの子ら」

 世の中がどうかしてると思うのは、こんな少女に出来ることが僕に出来なくて、そんな少女が両親の仕打ちに怯えることしかできないからだ。


 マンナが地面に手を翳す。

 すると砂が、旋風に触れたように舞い上がり、しゅるしゅると、マンナの掌へ集束する。

 ぎゅっと、マンナが手を握り締めた。

 小さな手には、剣を模した砂が握られていた。

 僕とスクモは、剣を模したこの砂の棒を、なんの捻りもなく砂剣と呼んでいた。


 家の裏手で、僕とスクモ、シュラとマンナは砂を操る練習をしていた。


「そうだ、アサツキ、制御が乱れても慌てるな」


 スクモの手が僕の手に添えられる。

 その横で、マンナは作った砂剣を眺めている。

 シュラは砂を滅多矢鱈に舞い上がらせている。


「できた」


 なんとか、砂で剣を形作ることができた。

 しかし、一瞬たりとも気が抜けない。

 団扇を仰いで、紙を宙に浮かばせ続けるのに似ている。


「振ってみろ」


 言われ、軽く振った。砂剣がしなり、そのまま崩れ散ってしまった。

 僕の手から零れ落ちた砂が、シュラによって巻き上がる。

 パチパチと、砂が顔に当たる。


「おいシュラ、止めろ!」


 スクモが怒鳴った。シュラはしゅんとして、裏口の階段に坐り込んでしまった。

 その視界の隅で、ふらふらと砂剣が揺れ動いている。

 気になってマンナを見た。前髪から覗く目と視線が重なる。

 にこっと、笑い掛けられらた。砂の制御は造作もないらしい。


「……あまり気に病むな、アサツキ。砂の魔導は扱いが難しい。本来、魔導師の端くれでもなければ剣の形を作ることすらできんのだ」

「でも砂の魔導を練習し始めてから二年だよ。才能がない」

「そんなことはない。二年でこれだけできれば中々のものだ」


 僕はマンナを見た。マンナはちょっと戸惑ったように、首を傾げた。


「マンナは最初の一回で出来たけど」

「あれのことは知らん」


 小声で僕らが言い合うと、マンナはすっくと立ち上がり、僕の側に寄った。


「これ」


 マンナは砂剣を差し出した。


「いや、欲しいわけじゃないよ」


 所在なさげに、マンナは砂剣を振った。

 力任せに振るようなことはしない。

 ふらふらと、宙を漂うようだ。

 僕は気を取り直し、砂剣を作る練習を再開した。


 砂に魔力を通す。砂を媒介にすると、物を動かす魔導が発生する。

 この魔導の向きが不定で、制御するには魔力の通し方を絶えず調整しなくてはならない。


 砂剣を作るには、砂の魔導を制御して、砂を動かし、剣の形に纏めるだけだ。

 言葉で言えば、これだけなのだが……。


 作りかけの砂剣が爆ぜた。魔力の調節に失敗した。

 苛立ちに任せて声を上げそうになった。一人ならそうしたろう。

 僕は声の代わりに、大きな溜め息を吐いた。


「そろそろ昼だね」

「そうだな、私もそろそろ具合が悪くなってきた。休みたい」

「シュラ、お昼ごはんを食べよう。マンナちゃんもおいで」

「いい、の?」

「当然」


 僕が差し伸べた手を掴もうとしたマンナは、手に触れる寸前で逡巡した。


「やっぱり、だめ」

「どうして」

「お父さんと、お母さんに、怒られる」


 大丈夫だ、とは言えず。僕が守る、とも言えず。

 マンナがそう言うのなら、そう思うのなら、僕はマンナを引き止められない。


「そうか、そうれじゃあ、お昼ごはんを食べたらまた遊ぼう」

「うん」


 マンナは嬉しそうに頷いた。


 遊びとは言うが、それぞれで魔導の練習をしているだけだ。

 マンナにも魔導の練習をさせているのは、あの親たちに、なにかしら対抗する手段があればと思うからだ。そして驚異的な才能をマンナは発揮している。スクモの見解では、マンナがその気になれば、砂を縄状にして、あの親たちを絞め上げるくらいはできるらしい。

 しかし酷い仕打ちを受けても、マンナはそれをしない。それは当然だ。刀が手元にあるからといって、それを振り回すような野蛮な真似は、普通はしない。理屈を抜きにして良心が咎めるし、生々しい恐怖心が行動を抑えるし、常識が無法を許さない。

 だけど、と僕は思う。それでは面白くない。弱者が弱者を演じても、それは相応しいという評価がつくだけだ。


 僕とスクモ、シュラは食卓についた。

 昼の間、表の薬屋は休みで、シュウ父さんとアザミ母さんも食卓についている。


「どうかしたのかアサツキ、皺なんか寄せて」


 シュウ父さんが僕を見て言った。


「いえ、別に……」

「マンナのことか?」


 黙ったままシュウ父さんを見ると、シュウ父さんは僕の心を見透かしたように、得意気に笑った。


「だろ」

「……まあ」


 肉料理を口に運び、咀嚼し、飲み込むと、シュウ父さんは一言「旨い」と言った。


「お前はどうしたいんだ?」


 シュウ父さんは手を止めて僕に訊いた。


「どうしたい、とは?」

「マンナのことが気になるんだろ、お前はマンナをどうしたいんだ」

「……助けたい」

「どうすれば助けたことになる」

「マンナの親が、虐待を止めれば」

「そのために、お前はなにができる」

「……なにも」


 ふむ、と一息吐いて、シュウ父さんはまた食べ始めた。

 カチャカチャと食器の音が響いて、やがて全員が食べ終わる。


 僕はスクモを部屋で休ませて、裏口へ出た。シュラも一緒だ。


「マンナ(ねえ)はまだいないね」

「そうだね」


 僕は砂剣を作る練習を始めた。

 シュラは砂を巻き上げて遊んでいる。

 それからちょっとも経たないで、シュラが僕の肩を叩いた。


「兄さん、見て見て」


 シュラの手に、砂剣が握られていた。

 ちらと見ただけではそれがなにか分からず、僕は動きを止めた。

 そしてそれが砂剣だと分かり、僕は震える声で言った。


「振ってみて」


 元気良く頷いて、シュラは真っ直ぐ、砂剣を振り下ろした。崩れない。


「上手でしょ」


 満面の笑みを、シュラは浮かべた。


「ああ、凄いね、シュラは」


 シュラの頭を撫でた。髪が乱れて煌めき、幸せそうに目を細める。

 シュラとは正反対に、僕は内心うちひしがれていた。


「僕は才能がないどころじゃないな……」


 シュラに聞こえないよう、呟いた。


「マンナ姉はまだかな?」


 砂剣を見せたいのか、シュラはマンナを探して、首をあちこちに振った。


「確かに、ちょっと遅いね」


 嫌な予感が背筋を這った。

 ありえないことではない。どんな理不尽な理由でも、マンナは虐げられる。


 僕は隣家と我が家の隙間へ入り込んだ。

 木箱を踏み台にし、格子窓の格子を掴む。

 窓は閉められていた。


 ならばと、この家の反対側へ周り込む。

 そちら側にも窓があり、そこから中の様子を窺えないかと思案した。


 窓の下へ着くと、微かに話し声が聞こえてきた。


「ねえ、考え直して」

「もう無理だ、お前も分かってるだろうが」

「……でも」

「黙れ、俺たちには金が入る、これ以上びくびくする必要もない。それなのになにが困る?」

「…………」

「明日中だ、明日中にあいつは売る。もういいな」


 これはなんの会話だ?

 話している声は、間男と、赤毛の女、つまりはマンナの母親だ。

 考えても分からず、裏手へ戻ると、裏口の前にシュラが立っていた。


「マンナねーえ、あーそーぼっ」


 シュラが大きな声でマンナを呼んだ。来ないだろうと思う。

 しかし少し経ってから、裏口の戸が開けられた。

 マンナと、赤毛の女が立っていた。


「ほら、遊んできなさい」


 とん、と赤毛の女が、マンナの背を押した。


「いいの?」


 マンナは困惑と喜色を滲ませて、赤毛の女に振り向いた。


「いいのよ」


 赤毛の女は、表情を変えずに言った。マンナは花咲くように笑った。


「うんっ」


 そうして、真っ直ぐに僕とシュラの前へ駆けてきた。


「遊ぼう、アサツキくん、シュラくん」


 弾むようなマンナの声は、今までが聞いたことない程に明るかった。

 その後ろで、戸を閉める女の顔は、深い翳りを落としていた。

 戸が閉じ切るその一瞬まで、マンナを見ていた。

 申し訳なさそうな、あるいは、恨めしそうな、そんな後ろめたい表情だった。


「これ見て、マンナ姉」

「わあ、すごい」


 砂の魔導で遊び始める二人。僕は嫌な予感を払拭できずにいた。




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