第六十六戦「僕の彼女を紹介します」
「ごめんなさい、付き合うっていう言葉が、よくわからなくって……」
のっけから想定外の言葉を浴びせかけられた。
「付き合うっていうのは、恋人同士になるってこと」
「恋人……?」
「ああ、ええと、夫婦の一歩手前みたいな」
「夫婦……」
「夫婦もわからない?」
「それはわかります。お父さんとお母さんですよね?」
「まあ、そういうことかな」
ハインリカは、じぃっと考え込んでいた。
「つまり、アサツキさんは、私と家族になろうって、言ってくれているんですか?」
「う、ううん……家族ってほどじゃないんだけど、友達より進んだ関係と言うかな」
ハインリカは小首を傾ぐ。
思いついたように僕を見た。
「なんにせよ、家族みたくなろうってことですよね」
「そういうことでいいよ」
「わかりました。私、アサツキさんと家族なら嬉しいです」
にっこりと笑ったハインリカ。
緑の瞳が煌めいている。
「それで、少し頼みがあるんだけど、いいかな」
「なんでしょう」
「僕がオルトウエの裏通りに通う理由を、ハインリカに会うためっていうことにしたいんだ」
「えぇ、私ですか?」
「実際、裏通りに来るときはいつもハインリカと会っているし、嘘じゃないだろ? それと、僕が剣闘をしていることは隠してほしい」
「隠すって、誰にです?」
「僕の妹とか、親とか。妹は明日にでも会わせようと思ってる」
「わかりましたけど、なんでです?」
「剣闘してることがばれるとまずいんだ。ハインリカにももう会えないかも」
いまいち事情が呑み込めていないようではあったが、ハインリカは了承してくれた。
「ありがとう、恩に着るよ」
「私もアサツキさんにはお世話になっていますから、これで役に立てるなら、お安い御用です」
さて、仕上げだ。
あとは恋人っぽいことをやっておけば、状況証拠も完璧。
スクモへの誤魔化しもうまく行くだろう。
「ハインリカ、これから一緒に出掛けよう」
「ふえ?」
「芝居でも見に行こうか?」
「お芝居、ですか」
「うん、そうしよう、そうと決まれば」
僕はハインリカを天幕から引き摺りだして、裏通りを出た。
手を繋いで街を歩く。
ハインリカはまだ大魔晶の明かりに慣れないらしかった。
芝居は劇場で行われる。
アスラウヱの劇場は広くない。
半円形で、段状に座席が並んでおり、舞台を見下ろす格好だ。
今日は悲劇をやっていた。
戦争の末に死んだ兄を埋葬しようとした妹だったが、
為政者の敵対者であったために、兄の埋葬が禁じられてしまう。
しかし妹は人道に従い兄を埋葬する。
そうして為政者の怒りに触れ、妹は処刑。
妹の婚約者であった為政者の息子は、父に呪いの言葉をぶつけながら自殺する。
というあらすじだった。
見終わったとき、ハインリカは粛々としていた。
劇場を出るまで、一言も発しなかった。
劇場を出て、ようやく喋った一言は
「面白かったです」
だった。
「生まれて初めて、本物のお芝居を観ました」
「僕も数回しかないなあ」
二人で散歩するような帰り途。
いつか二人で訪れた屋台を見つけ、焼き鳥を買って食べた。
ハインリカの天幕まで二人で行って、そして別れた。
去り際、「明日は妹を連れてくる」と言うと「楽しみにしています」と答えた。
翌日、スクモを連れて裏通りへ。
「何処に行くの?」
「秘密の場所だから、口外するなよ。お前はもう知ってる場所だけど」
そうしてハインリカの天幕の前。
スクモは目に見えて嫌そうな顔をした。
「なんで、ここに来るの?」
「お前に紹介したい人がいる」
僕はポンポンと天幕の入口を叩いた。
「ハインリカ、僕だ」
「はぁい」
いそいそと出てきたハインリカは、スクモを見て一瞬顔を強張らせた。
「どうかした?」
「いいえ、なんとなく……」
スクモは記憶を消したと言っていたけれど、体に染みついた恐怖でもあったのだろう。
念の為、僕はハインリカを庇うように位置取った。
「スクモ、この人はハインリカって言って、僕の彼女。ハインリカ、僕の妹のスクモだ」
「あ、よろしくお願いします」
ハインリカの挨拶にも反応せず、スクモは固まっている。
なんか、段々と涙目になっている。
「おうちかえる……」
震え声でそう言うと、ぎこちない動きで振り返った。
歩くのに片側の手と足が同時に前に出ている。
「スクモ……?」
反応はない。
放っておくと後が怖いので、ハインリカに一言告げ、僕はスクモと帰ることにした。
「スクモ、ねえ、スクモってば」
歩きながら声を掛けているのだが、スクモは頑なに前を向いてそれだけだ。
家に着くと、スクモは真っ先にアザミ母さんの許へ飛び付いて、泣き出した。
号泣だった。
わんわん泣いて、突然のことにアザミ母さんもたじろいだ。
「ど、どうしたのスクモ?」
「おに、おにぃ、いいいい!!」
「うん、お兄ちゃんが、どうしたの?」
「ぅあ~~ん!!」
「ちょっと……どうしたの? アサツキ?」
「いや、僕にも、ちょっと……」
しばらくして落ち着いて、スクモはなにも言わずに部屋に引き籠った。
次の日は寝たきりだった。
なにがスクモをそうまでさせるのか、まるで計り知れない。
これは喜劇なのか、悲劇なのか?
スクモに困惑させられるのも慣れたものだが、困惑そのものに慣れるという感覚は伴わない。
翌々日、部屋。
僕とスクモは、お互いのベッドに座って向かい合っていた。
話し合うときのいつもの状態。
話題は無論、ハインリカ、というか、彼女についてだった。
「なんで? あの女のなにがいいの?」
「え、えぇ……そりゃ、いいところはあるだろうさ。なんでそんなこと訊くんだよ」
「誤魔化さないでよ! どうせ私への当て付けでしょ!」
「当て付けてどうすんだよ……」
「いいよ、だったら! 私だって彼氏つくるから!」
「へえ」
「馬鹿にして!」
その日の晩、シュラを彼氏にしようとしたスクモはシュラにやんわり断れ、ベッドの上に撃沈していた。
シュラの方が大人だったな。
「私にはまだカルマがいるもん……」
「無理だろ、同性だし、そもそも3歳だよ」
「歳のことをいうなら、お兄ちゃんだって10歳のくせに! 彼女なんてませすぎ! バカアホマヌケお兄ちゃん!」
「お前も人のこと言えないだろ……それに僕の中身はもう二十過ぎだよ」
自分で言って、気分が落ち込んだ。
もう十年もこの世界にいるのか。
早く、前のスクモに会いたい。
「ねえスクモ、お前はそもそも、どうしたいんだよ」
「どうしたい?」
「僕とハインリカが付き合うことに、なんの問題があるんだ」
「忘れたの!? お兄ちゃんはあいつに殺されかけたんだよ! 心配だよ!」
「それなら心配ない。もうあんなことにはならないから。そもそもあれは僕が原因みたいなものだし」
「駄目だよ、お兄ちゃんは頭が悪いからあいつに騙されてるんだよ!」
「散々馬鹿にしてくれてるけど、馬鹿やってるのはお前も一緒だからな」
スクモは威嚇するように唸った。
「そこまで言うならもう勝手にすればいいでしょ! こんなに心配してあげてるのに、もう知らない!」
「清々するぁ」
こんな古典的な台詞を使える日が来ようとは。
だが、今の一言はスクモに一撃与えてしまったらしい。
壁に向かって座り込み、音を立てないようにはしているが、すんすん啜り泣いている。
「あぁ、ごめん、スクモ。言い過ぎた」
「知らないもん。お兄ちゃんの本心なんでしょ、それが。私なんて、いない方がましだもの」
「そんなことは――」
「私じゃなくて、あいつの方がいいんでしょ?」
「あいつって、ハインリカか?」
わざと惚けた。
無駄だった。
「私の前」
「……………………」




