第六十四戦「湯煙昔話」
「取り急ぎあっしの生まれから焼却炉にぶちこまれるまでを語りやしょう。のぼせるといけやせんから、手短に」
僕はナムヂの向かいに浸かり、その体をまじまじ眺めた。
ナムヂは気にせず語り始めた。
あっしはアスラウヱの掃き溜めで生まれやした。いいえ、生まれたかどうかは定かじゃありやせんね。物心ついたときにはそこで暮らしてやした。似たような境遇の子供が何人かいて、協力したり、縄張りを争ったり、まあろくなもんじゃありやせんでした。
で、ある時そんな掃き溜めに女神がやって来やした。……スクモさんのことですよ。
生まれて初めて、身なりの綺麗な人間を見て、しかもあの美貌でしたから、本当にそう思ったんです。少なくとも、同じ人間とは思えやせんでした。
スクモさんはあっしを拾ってくださいやした。全くわけがわかりやせんでした。自分は死んで天国に行くんだと、そんな心境でしたね。実際、着いた所は天国でしたよ。飯はしっかり食べさせてくれるし、まともな部屋も与えられやしたから。ベッドで寝たのも初めてでした。
スクモさんは甲斐甲斐しく、そう、甲斐甲斐しいほどにあっしの世話をしてくれやした。食事とか、風呂とか。
そこまで語り、ナムヂは薄気味悪い笑みを浮かべた。
なにを思い浮かべているのか、つい想像してしまっていけない。
「気色悪いから笑うな」
「酷い物言いですね。あっしの姿は、将来のアサツキ君かも知れやせんぜ」
「そうじゃない、お前の笑いがただただ邪なんだよ」
一つ咳払いの後、ナムヂは語りを再会した。
そもそもスクモさんは何故あっしを拾って世話までしたのか。その目的は、当時のあっしには分かっていやせんでした。まあ大したことではなく、スクモさんは忠実な手駒が欲しかったんですよ。スクモさんには敵ばかりですから。今だってまともな味方はあっしだけですよ。本当ですよ。本当ですって。
ともかくもあっしは、スクモさんから教育と訓練を受けて、スクモさんのために働きやした。そうしてやがて、あっしも色気付いてくる年頃になるわけです。
あっしがスクモさんに恋慕するのは当然じゃありやせんか?
悶々とした日々が続き、甘い痛みに詰まされて、下着籠を漁り――
ええ、すいやせん。今のは冗談です。いや、本当に。本当です。本当なんです、信じてください!
ええ、すみません。嘘です。
っと、話の腰が折れやしたね。戻しましょう。あっしはスクモさんに恋をし、悶々とした日を過ごし、そしてその日がやって来やした。
あっしは足りない語彙と鈍らの感性で、必死に言葉を紡ぎやした。拙い醜い愛の告白です。貧の盗みに恋の歌なんてね。正直、期待よりも恐ろしさで頭がいっぱいでした。けれどもそれでも打ち明けなければ、いつか狂ってしまうと思ったんです。これは冗談でも誇張でもなく、真実、あっしの胸はスクモさんへの想いではちきれそうでした。
で、スクモさんは一言も返事をくれやせんでした。失意の底で、枕を涙に濡らしやしたよ。その晩です。あっしが焼却炉に放り込まれたのは。
ナムヂは一仕事し終えたように一息吐いた。
僕はなにがなんだかわからない。
「ちょっと待って、なんでいきなり焼却炉にぶちこまれたんだ?」
「ほう、それがお分かりでない?」
「当然だろ」
「アサツキ君、仮にもスクモさんの兄を名乗るなら、スクモさんの心の内くらい察せなきゃだめですぜ。やはりアサツキ君にはスクモさんを愛する資格がない」
「いや、そんな話はしていないから……」
僕はちょっとのぼせてきてしまったのか、あまり頭が回らない。
「やっぱりお前がスクモの命を狙ったとか、そんなオチじゃないのか」
「あっしが狙ったのはスクモさんの操ですよ。殺すなんてとんでもない」
「お前はくだばった方が良い」
ナムヂは毛の生えない頭を撫で上げて、また大きく息を吐いた。
そして僕を見る目に真剣味を帯びさせた。
「貴方は本当になにもわかっていないようですから、先達のよしみでお教えしますがね、いいですか。スクモさん程、人懐っこい人はいませんよ。そして、スクモさんほど人の好意を恐れる人もいはしない。これの意味がわかりやすか?」
「全然」
「スクモさんに触ると火傷するってことですよ。あっしみたいに」
僕は話が終わったと判断して、浴槽から上がった。
冷水を浴びたい。
ちょっとくらくらする。
「スクモさんのことで困ったことがあったら、あっしに言ってください。なんでもお手伝いしやすよ」
ナムヂが言うので、僕は言い返した。
「いいか、今のスクモはな、お前の知ってるスクモじゃないんだよ! お前の基準でスクモを語るな! 前のスクモのことは僕がなんとかする、誰がお前みたいな変態の手なんか借りるか! 今のスクモにも手を出すなよ! あいつは、ちょっと可哀想な奴なんだ。僕が面倒を見るのが筋なんだ。僕があいつを守ってやらなきゃならないんだ、いいな!」
言いながら、僕ってこんな気持ちだったんだあ、と客観視していた。
言う割には、ちゃんと今のスクモにかまってやれているかな?
今は考えなくていいや。
とにかく、冷水を浴びに行こう。
覚束ない足取りになりながらも、男衆の壁を割って通路に歩み出る。
そこにスクモが立っていた。
ナムヂが反応する。「ウホッ!」
うざかった。
スクモは布を体に巻いた姿で、茫然としていた。
驚いているらしい。
遅れて、僕も驚いた。
「おい、ここ男用の順路だよ!」
「知ってるよ。お母さんたちとはぐれて、間違えてこっち来ちゃったから、お兄ちゃんかお父さんを探してたの」
「なら早く行こう。ここに変態が出没しているから」
「ねえ、それより待って、今さっきの、なに?」
「なにって?」
「その、わ、私のことを、守るとか守らないとか……」
スクモは照れたようなはにかみを見せつつも、その眼には意地悪い光があった。
「言ってない。ほら行くぞ。変態に穴が開くほど見られてる」
ぐいぐいとスクモを押して歩く。
「ねえ、お兄ちゃんひょっとして私のこと好きなの? ねえ」
「好きじゃない」
「照れてる?」
「照れてない……」
後ろからは、ナムヂの唸る声が聞こえていた。




