第四十六戦「堕」
「で、こっちがエナだ」
「よろしく」
クビスは子供たちの紹介を終えた。
子供たちはクビスを含めて五人。
クビスと、エナというキャンキャンうるさい女の子は、いつも三人の子共たちの前に立っている。
その三人の子たちは常にどこか不安げで、警戒心を感じる。
きっと誘拐に遭ったのが原因だ。
彼らを、クビスとエナが守っているのだろう。
「一応は知ってると思うけど、僕はアサツキ。で、こっちは――」
僕の背後に立っていたスクモを引っ張って前に出す。
スクモは柳眉を僅かに顰め、下を向いている。
「妹のスクモ」
そう紹介すると、クビスが
「妹? ぜんぜん似てないな!」
その言葉に、スクモは不機嫌な顔をしたまま前を向き、スクモの顔を直視したクビスたちは、たじろいだ。
「ほ、ほんとうに似てないな……」
辛うじて言葉を紡ぎ出したのはクビスだった。
少々顔が赤く、スクモを見る目付きに熱いものが加わっている。
まさかとは思うが、ひょっとするとひょっとして、見惚れているのか?
前に立たせたスクモの顔を覗き込んだ。
顔の部位は小さく、当然だが幼い。
しかし線を描いたような眉は綺麗で、なだらかな鼻梁は真っ直ぐで、可愛らしい唇の桜色は白い肌に浮かんでいる。
耳は顔を飾る添え物のような印象さえ与え、輪郭は幼い丸みを帯びつつも細く、濡れたように黒い髪がそこを流れる。
美少女とも美少年とも見れる顔立ちはしかし、垂れがちな愛嬌のある目によって、やはり女の子らしさを保っている。
あ、こいつ美人だ。
スクモは不機嫌さを隠そうともせず、顔を覗き込む僕を睨んだ。
目を逸らして、クビスたちを見る。
「自己紹介はこんなところでいいだろ。なにをして遊ぶの」
「え、ああ、そうだな。目隠し鬼とか、兵隊ごっこがいいかな」
クビスが言うと、後ろの男の子が声を掛けた。
「僕、クルミ持ってきたよ」
「おお、そうか、じゃあクルミ投げでもやるか!」
「クルミ投げ?」
クルミをぶつけて遊ぶのだろうか。
「知ってる?」
スクモに訊いた。
「知らない」
素っ気ない。
「やり方は簡単だからな、一回みててくれ」
そう言ってクビスは、クルミの入っているらしい袋を受け取った。
一か所にクルミを積み上げて、ピラミッドのようにしていく。
そこから大股で十歩はなれた。
「ここからクルミを投げて、積んだクルミに当てて崩したやつが勝ちだ」
「わかりやすい」
クビスの一投目。
放物線を描いたクルミは、クルミピラミッドに見事ぶつかり、ピラミッドを崩壊させた。
周りの子供から歓声が上がる。
「得意なんだ」
そう言ったクビスは得意満面の笑み。
「やってみる」
僕はクビスからクルミを受け取った。
クルミは新しく積み直されている。
真っ直ぐに見詰め、距離を測る。
およそ十歩ほどの距離。
掌でクルミを転がし、その感触を確かめる。
よし、いける。
僕はクルミを投げた。
クルミは一直線に飛び、クルミピラミッドの真ん中に命中した。
四散するクルミピラミッドに、周りの子共から言葉が失せた。
「どんなもんだ」
大人げない、とは思うが、どうしてなかなか楽しいものだ。
それから順番にクルミを投げ、スクモの番になる。
「あの……これ」
男の子が、おずおずとスクモにクルミを渡す。
むっつりした表情で、スクモはそれを受け取った。
掌で転がして、顔を俯かせた。
「スクモ?」
今にも泣き出しそうな雰囲気に、僕は思わず近付いた。
きっ、と顔を上げたスクモは、振りかぶってクルミを投げた。
クルミは投げられた直後の勢いで、僕の顔を打った。
「いったあ!」
「帰る! お兄ちゃんは馬鹿!」
スクモが一人でこの場を去ろうとする。
「お待ち下さい、スクモ様!」
慌てて師匠が止めに入ると、足元で砂が爆散した。
周りにいた全員が驚いて跳ね飛ぶ。
「おいスクモ待て! ――ごめん、クビス。また明日!」
簡単に挨拶して、僕と師匠はスクモを追いかけた。
スクモは爆発の隙に走り去っていた。
クビスたちの呆然とした顔は、しばらく忘れられないかもしれない。
スクモを追いかけて、けっきょく家まで戻ってしまった。
「どうしたのかしら」
子供部屋の前で師匠が言う。
「さあ、僕が聞いてみます」
「その方が良いわね。私は嫌われてるようだし」
師匠を廊下に残し、子供部屋に入る。
スクモはベッドの上でうずくまっていた。
「とりあえず謝れ」
なるだけ低い声で言ってみた。
「ごめん」
意外と素直に謝った。
スクモの前に立つ。
手が無意識に動いて、スクモの頭を撫でた。
「それで、今度はどうしたの」
スクモは撫でられながら、眼を濡らした。
「どうもしない」
「どうかしたから逃げ出したんだろ」
「どうもしないよ」
スクモは頑なだ。
「言いたくないなら言わなくてもいい……なんて言うつもりはない。どんな手を使っても聞き出してやる」
「え?」
スクモが僕を見上げた。
その隙。
僕はその一瞬を突いて両の手をスクモの脇腹に回した。
「あっ」
これから起こり得る残虐な行為にぞっとしたか、あるいは単なる反射か、スクモは体を強張らせたが、どちらにせよ既に遅い。
僕の五本と五本の指は、スクモの脇腹をくすぐった。
「きゃああっ!」
身を捩って逃れようとするスクモだが、その程度の抵抗に妨げられる僕ではない。
と思ったら、側頭部に回し蹴りをもらった。
床に倒れ伏す。
荒い息を整えてスクモが僕を踏み付けた。
「なにするのっ!」
がん、がんと執拗に踏み付けてくるスクモ。
しっかり踵で踏んでいる。
こいつがヒールを履いていなくて良かったと心底おもう。
これでも十分くるしい。
内臓でちゃいそう。
そのとき部屋の扉が開いた。
「お止め下さいスクモ様!」
師匠だ。
「お前は死ね!」
師匠に飛び掛かるスクモだが、軽くいなされて床に這いつくばっていた。
それから改めて、スクモと僕の二人きりで話をすることにした。
それぞれのベッドに座り向かい合う。
師匠には退出してもらった。
「……それで、どうしたんだよ」
沈黙の後、僕から訊いた。
「なんでもない」
「本当に?」
「うん」
かくん、と頷くスクモ。黒髪が揺れる。
「それじゃあ、明日からクビスたちと仲良くできるか?」
スクモは黙ってしまった。
「クビスたちが嫌いなの?」
小さく首を振って、スクモは否定する。
「それじゃあ、遊びが嫌だったの?」
「ちがう」
「早く家に帰りたかった?」
「ちがうの」
「それじゃあ――」
「私にもわからない」
僕の目を見るスクモの目は、悲痛に揺らいでいた。
「これもあいつの感情。だけど、あいつの感情が私にはわからないよ」
「あいつ……前のスクモか」
「お兄ちゃんがあの子共たちと遊んでるとき、凄くもやもやした。お兄ちゃんが笑ってると、凄く苛々した。お兄ちゃんからあの子供たちを引き離して、八つ裂きにして、それからお兄ちゃんに泣いて謝らせたくなった」
苦笑する。物騒というか、大袈裟というか。
「もう止めろ、スクモ」
「……なにを?」
「お前の中に、前のスクモの感情が渦巻いているとして、いちいちそれを気にするな」
「そんなの――」
「元は前のスクモの感情でも、今はお前の中にある感情なんだから、お前の感情ということにしてもいいだろ」
「私の……?」
僕は頷いて見せた。
「ずっとわけのわからない感情相手に悶々とするな。巻き込まれる方も迷惑だ」
「でも、それじゃあ、私はどうすればいいの?」
「感情に従ってみたらいいんじゃないの」
「感情に?」
「誰だってそうしてる。理由とか義務とか、そんなのは後だ。感情次第で、理由なんて度外視されるし、義務だって放棄される。そんなもんだよ。感情に逆らったって、動けなくなるだけだ。そうしなければならない罰でもない限り、感情に逆らう意味なんてないよ」
「じゃあ、私は……」
「スクモのしたいようにすればいい。スクモは今なにがしたい?」
スクモは前のめりに僕に近付いて、僕の首の後ろに腕を回した。
顔が近い。
お互いの鼻が当たって、唇が重なるくらいに。




