第四十二戦「結果報告」
「アサツキ君には色々と施されているようです」
尋常でない長さの針を突き刺しながら、チグサさんが言った。
「あぐぅッ、ぐ、うぅ……」
僕の二の腕を貫通する針。脚や腹にも刺されている。
「特に頭部の魔力管が面白いものです。これは、言語? いえ、もっと大きな括り、意思の伝達でしょうか。魔力の動きを言語的な感覚に置き換えているようです。誤作動を起こさぬように調整も施されています。素晴らしい……」
チグサさんはごくりと唾を飲み込んだ。
「流石は特級魔導師、といったところなのでしょうか。一体どれほどの時間と根気を注げば……? いえ、とてもその程度のことで成し遂げられるものではありません。段々恐ろしくなってきました」
ずん、と針が額を突き抜けた。都合八度目の針。
「ぐあぁ!」
潤む目で天井を仰ぐ。
唾液が喉に絡まった。
呼吸が詰まる。
必死で飲み下した。
喘ぐような息が出る。
針が頭蓋骨を通り抜けるような感触がしたのに、死んでいない。
不思議だ。
そして痛く苦しい。吐き気がする。
「それにしても、アサツキ君も凄いのですね」
チグサさんが僕の顔を覗き込んだ。
爛と輝かせた瞳。
幼い顔立ちと嗜虐的な行為。
不似合いな霜色の髪。
ひどく怪奇で、ひどく猟奇じみていた。
虫の脚をもいで楽しむ子供?
そんな生易しいものじゃない。
魔女だ。
それも好んで弱者をいたぶる類の、自分より弱い奴を相手取るような賢しらな魔女だ。
どうにも無自覚らしいが。
「声を上げるだけで、泣き叫びはしないのですから、立派です」
にっこりと笑ったチグサさんは、ごそごそと手元を動かして、顔をしかめた。
「このままでは魔鍼が足りません。想像を遥かに超えて、アサツキ君の魔力管は複雑にできています。アサツキ君自身が、一個の魔導具といってしまえる程です。呪いを治す施術で、少しでもアサツキ君が持つ元々の魔力管に影響を与えれば、その機能が崩れる可能性があります。そうなれば、アサツキ君が危険なのはもちろん、ダンネラ魔導師の逆鱗に触れた私が死んでしまうことも考えられます。魔力管を固定させ、施術での影響を防ぐための魔鍼です。足りないわけにはいきません」
「それで?」
「痛いでしょうが、しばらく我慢してください。追加の魔鍼を探してきます」
そう言ってチグサさんは僕の視界を外れた。
部屋を出る直前
「魔鍼を抜いてはダメですよ」
と言い残して。
言われずとも、痛みの所為でまともに動くのは無理だ。
「痛そうだね」
スクモの囁き声が耳をくすぐる。
天井を見上げる目には、スクモの姿は映らない。
「まだ居たのか、お前」
「……助けてあげようか」
「麻酔でも持ってるの」
「持ってないよ」
「胃腸薬をくすねるくらいなら、麻酔を持ってきてくれれば良かったのに。麻酔もなしで、こんなにぶすぶす針を刺されたことあるか!?」
スクモは応えない。
「まあ、いいよ。スクモにあたっても仕方ない。それで、助けるって?」
「うん、助けてくれって、お兄ちゃんが私に頼むなら。これを止めさせることもできるよ」
「それをして、僕の呪いとやらは治るの」
「私がなんとかするよ」
助けてもらおうかな。
そう考えたとき、チグサさんが部屋に戻ってきた。
「さあさ、家中の魔鍼を集めてきました。続きをやりましょう!」
ザラザラザラと、針を皿に並べる音がする。
「ス、スクモ……」
「なに?」
ここで、僕は躊躇ってしまった。
スクモに助けを求めることに、羞恥に似た抵抗感があった。
そして意気揚々のチグサさんに、丸々一刻ほど使って針鼠にされた後、早いとこスクモに助けを求めれば良かったと後悔した。
躊躇いさえしなければ、迷いなく助けを求めていれば、喉が嗄れるほど叫ぶこともなかったろう。
「わかったことを、いくつか話しておきましょう」
僕の魔力管を眺めながら、チグサさんが言った。
「アサツキ君の魔力管には、いくつもの仕掛けがしてあります」
相槌を打つ気力もない。チグサさんは気にせず続けた。
「先ずは魔力管の開放。これで魔力を体外に放出できるようになります」
それって、どういうことだ?
「魔力は……誰にでも出せるものじゃないんですか」
呻くような声で、僕は質問した。
「健常者にはできません」
「健常者?」
「魔力は生命の源、命そのものです。そんな大切ものを体外に放出する仕組みなんて、普通はありません」
確かにそれは尤もだ。
だけど、スクモや色々といじられているらしい僕はともかくとして、マンナやシュラはどうなっているんだ。
スクモがなにかしたとは思えない。
「魔力を出せるようになるのは、先天的あるいは後天的に、魔力管に異常を持ったものだけです。例外的には、魔導具を用いれば通常の人間でも魔力を出せます。世間に出回るような魔導具には全て、体内から魔力を吸い上げるような機構が組み込まれていますので」
魔導具は魔力が動力だ。
そのための機構なのだろう。
それはともかく、マンナとシュラのことだ。
訊こうとして、やめた。
もしそれでシュラの体を調べるなんてことになったら、あまりにもシュラが可哀想だ。
紛い物でも、僕はシュラの兄だ。
弟をこんな拷問じみた目に遭わせるわけにいかない。
「そしてやはり特徴的なのは、頭部の魔力管です」
そんな葛藤の間にも、チグサさんは説明を続ける。
頭部の魔力管は、大味に言って翻訳器だそうだ。
僕がこの世界の言語を理解できる理由。
そしておそらく、初めてスクモに会ったあのとき、老婆のスクモが僕のいた世界の言語で語り掛けることができた理由だろう。
「他にも、生命力を上げるような工夫がそこかしこに見られます。研究材料として、かなり大切にされているようです。良かったですね」
研究材料のなにが良いんだ。腹が立つ。
スクモを睨もうとしたが、今のスクモを睨んでも無意味だと気付いて、虚しくなった。
「しかし、よくわからない施術も見られます。最近の施術らしい、この手から目にかけての魔力管です。視覚から得た情報をもとに、一定の動作をするようにされていると思うのですが、意味が全く……」
「具体的に、なにを見たら、なにをするようになっているんです」
形見を求めるような気持だった。
僕の体が勝手に動くということだから、ひょっとすると以前のスクモが僕にヒントを残してくれたのかもしれない。
スクモを元に戻す方法の。
「ええ、おそらく、なのですが……。黒くて丸い、艶々したものを見ると、それを撫でるようにされています」
「……は?」
「ほら例えば、その娘の頭、とか」
チグサさんはそう言うと、視線を僕の後ろに移した。
そこにはスクモが立っているはずだ。
「スクモ?」
返事はない。
わけがわからない。
スクモの頭を撫でるとなにがあるんだ?
言われてみれば近頃、何の気もなくスクモを撫でることがあったように思うが、それでなにかあったかな?
「まあ、きっと私などでは到達できない、深淵なる真理があるのでしょう。他には、記憶の操作もされていますね」
「えっ!」
「見てはいけないものでも見たのでしょう。魔導師の研究には機密が付き物です。殺されなくて運が良い」
「スクモ、スクモ、スクモっ!?」
なにとんでもないことしてくれてやがるんだあの女! いやこの女か!? どっちでもいい!
自分でも理解できないような怒りが湧き上がってきた。
今までスクモに抱いていた懐古に似た情はいっさい消えた。
スクモに対して憤怒をぶちまけることが、とても自然に思えた。
「どういうことだスクモ!」
「…………」
「答えろ!」
「落ち着いてください、アサツキ君!」
チグサさんが僕の体を抑えた。
体に刺さった針に触り、激痛が体を駆け回るようだ。
大人しくするしかなかった。
「その娘は貴方の妹です。ダンネラ魔導師ではありません。名前が同じなだけです。落ち着いて」
チグサさんが僕を宥めるように言う。
実際はほとんど同一人物なのだが、余計なことは言えない。
憮然とした気持ちで、僕は押し黙るしかなかった。




