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やれるだけやってみる剣闘士  作者: こんたくみ
換わるスクモとナオミ
35/70

第三十三戦「継ぎ接ぎの家族」

 家の隅にある水浴び部屋だ。

 石材で造られた部屋で、大きな水瓶が二つ置いてあり、床には排水口がある。

 ここで体を洗ったり、衣類の洗濯をしたりする。

 アスラウヱの各所には噴水があり、水はそこから汲んでくる。


 体に布を巻いた姿のアザミ母さんが、裸の僕を小さな円筒状の木椅子に座らせた。

 僕はなんだか修行僧にでもなった気持ちで、あらゆる感情と戦っていた。


 手に握り込めるくらいの真ん丸な石を、アザミ母さんが片方の水瓶に入れた。

 すると水がジュワッと飛沫を上げ、ブクブクと泡を立てる。

 水瓶の中の水が沸騰したのだ。

 蒸気が部屋に充満し、蒸し暑くなってくる。


 アザミ母さんが水瓶に入れたのは、魔導具の一種だ。

 焼けた石で水を沸かすのとよく似ている。

 あの真ん丸な石に見えるなにかが、魔力を通すことで、水に反応して高熱を発するようになるのだそうだ。

 汗っかきの人は要注意。


 アザミ母さんがお湯を汲んで、僕に掛けていく。


「あの、僕一人でもできますから」

「私と二人でもできるわね」

「いや、そうじゃなくてですね……」

「ほら、目を瞑って」


 頭からお湯を被る。

 アザミ母さんは鼻歌を唄う。

 穏やかで、ノスタルジックな調べだった。


「ゆるしてね


 ことりをにがしたいたずらを


 わるぎはなかった


 あなたがそんなになくなんて……」


 脚を伝ってお湯は床に流れ着き、排水口へ落ちていく。例外はない。


「そろそろいいかしらね」


 アザミ母さんは僕の頭を布で拭き始めた。

 しっかりとした手の動きに、柔らかな力加減。

 なんでか、胸が詰まった。


 申し訳なさ。それに罪悪感。

 羞恥心は、己の行いに対する情けなさだ。


「アザミ母さん」


 なにか言わないと、本当に胸が引き裂かれそうだった。


「なあに」


 アザミ母さんの顔を見た。

 貼り付けた微笑と、瞳を陰らせるこれは、怖れ。


「ごめんなさい」

「なにか悪いことしたの?」

「僕は……」


 僕はアザミ母さんの、彼女の子供じゃない。

 彼女の子供の体を奪っている幽霊だ。

 それを知れば、アザミ母さんは僕を恨むだろう、憎むだろう。

 どんな怒りも受けるつもりだ。


「…………」

「アサツキ?」


 言ってどうなる。

 それを言って、アザミ母さんは喜ぶのか?

 悲しませこそすれ、幸せにすることはない。

 でも、真実を言わなきゃ。

 僕はいつまでこの人を騙し続けなければならないんだ。


「アザミ母さんに、隠していたことがあります」

「そうなの」


 アザミ母さんは止めていた手をまた動かして、僕の体を拭く。

 微笑は消えていた。

 無言が部屋に詰まるような心地だ。


「はい、拭き終わったわよ」


 そう言って、アザミ母さんは僕を立たせた。


「アザミ母さん、あなたに言いたいことがあります」


 向き直って、改めてアザミ母さんの顔を見上げる。

 細く紅い唇が三日月のように弧を描く。

 蛾眉が下がる。

 困ったように笑ったアザミ母さんは、屈んで僕と視線を合わせた。


「聞きたくないわ」


 二の句を継げられなかった。


「どうしても、アサツキが言いたいのなら、聞くわ」

「僕は……」


 言わなくてもいいのか?

 アザミ母さんが聞きたくないのなら、言わなくてもいいのではないか。

 だって、そのほうが穏便に済む。

 きっと、普通の家族でいられる。


「……言います」


 頭で考えたこととは裏腹に、僕の口は言うと告げた。


「そう……なら、聞かせて」

「僕はアザミ母さんの子供じゃありません」

「そう……なの」


 泣き笑いのような表情になるアザミ母さんを見ると、手を滑らせて食器を割ってしまったときのような焦燥を感じた。


「始めから説明します」

「そう」


 そうして僕は、今までのことを全て話した。


「どうしてだろう」


 着替え終えて、僕は一人で、子供部屋に戻ろうとしていた。

 アザミ母さんは居間に一人でいる。

 頭のもやもやが晴れない。

 胸の内では、微かな高揚感を覚えていたりもする。

 僕は正直に生きられた。

 けれども、この頭を砕き割ってやりたい衝動に駆られる。


 子供部屋の扉を開けると、目の前にシュラが立っていた。

 必死な様子で、僕に縋りついてくる。


「兄さん、兄さん!」


 悲痛な声と、恐怖した表情。

 アザミ母さん似の顔がこんな表情をしていると、また罪悪感が強くなってくる。


「どうしたの」

「スクっ、スクモ姉が――」

「私はなにもしてないよ?」


 ゆらりと、浮き出るように、シュラの背後にスクモが立った。

 シュラは悲鳴を飲み込んで、僕の後ろに回り込み、がたがたと震え出した。


「大丈夫か、シュラ……スクモ、なにをしたの」

「もう答えたじゃない」


 けらけらと笑うスクモ。

 頭の捩子が何本か吹っ飛んだのかもしれない。


「スクモ、その眼は――」


 ベッドの上で目が覚めると、もう夕方だった。

 視界に紫色と藍色が明滅するが、すぐに治まる。


「あ、起きた?」


 枕元に、スクモが腰掛けていた。

 その向こうにあるスクモのベッドには、シュラが眠っていた。


「シュラも寝ていたの」

「お陰で退屈だったよ。私は一人で」


 ベッドから起き上がり、伸びをする。

 スクモの頭を撫でてから、シュラを起こしに掛かる。


「シュラ、起きて」

「ンあ、兄さん」


 シュラも目覚めて伸びをする。


「シュウ父さんはもう帰ったかな?」

「お兄ちゃんが起きるのを待っているよ」

「じゃあ行かないと」


 三人で居間に向かう。

 さて、先程は碌に会話もできなかった。

 だが今度こそは、シュウ父さんを説得して見せる。


 居間に入る。

 そこには、シュウ父さんとアザミ母さん、そして前に僕の呪いを診に来た魔導師が、テーブルを囲って座っていた。

 魔導師の目の先で、灰色の髪先が揺れる。

 僕をじっと見詰めるその目は、危険物を注視しているようだった。


「アサツキ、こっちに来い」


 シュウ父さんが、空いている椅子に座るよう促す。

 厳しい口調だったが、きりりとした眉の根に寄った皺は、不安に彩られていた。

 大人しく、シュウ父さんに従う。


 正面に魔導師、その隣にシュウ父さん。

 僕の横にアザミ母さんが座っている。

 アザミ母さんはうつむき気味で、じっと、空中の一点を見据えている。

 アザミ母さんの、深刻そうな横顔を見た途端、心臓を締め付けられたように息苦しくなった。

 そうだ、なんで忘れていたんだ。

 僕はアザミ母さんに全部を話して、それで、なにか不味いことをした気分になっていて……。


「あなたがアサツキ君ですね」


 正面の魔導師が口を開いた。

 淡々とした響きの中に、緊張が含まれていた。

 後ろに纏められた三つ編みの髪が、肩から胸に垂れている。

 大きな目に、小さな口。

 着膨れした印象も相まって、とても幼い見た目だ。


「私は、第二級魔導師の、イワバシル・ソラネラ・チグサという者です」

「アルカギリ・アサツキです」


 一瞬の間を置いて、シュウ父さんが僕に言う。


「アサツキ、名乗るときは、アルカギリとアサツキの間に、シュウネルという言葉を入れるんだ」

「それも名前ですか?」

「そうだ。シュウの息子、つまり、俺の子供だという意味になる」

「シュウネル……ええと、アルカギリ・シュウネル・アサツキです」


 訂正して魔導師……チグサさんに挨拶をすると、チグサさんはほっとした様子だった。


「普通の子供ですね」


 その言葉に、アザミ母さんがぴくりと反応した。

 アザミ母さんに注意を向けていないと、気が付かないくらいの動きだった。

 僕の話したことが、小さくない影響をアザミ母さんに与えている証だった。

 そう思うと、さらに胸が苦しくなった。


 それを知る由もなく、チグサさんは続けた。


「アサツキ君、単刀直入に言います。貴方の体を調べます」


 唐突に過ぎて、返す言葉を見失う。

 すると、スクモが僕の隣に躍り出て言った。


「ダメ」




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