第二十八戦「尋常でない」
オルトウエの裏通りを出てすぐ、僕らを探し回っていたらしいナムヂの部下に見つかった。
師匠の背中に背負われた血塗れの僕を見て、ナムヂの部下たちは言葉を詰まらせていた。
「私が担いでいくわ。邪魔しないで」
ナムヂの部下に取り囲まれながら、師匠はナムヂの奴隷市場まで歩みを進めていく。
「だめですよ、師匠」
「無理に喋るんじゃないわよ」
「戻ったら殺されるんでしょう」
「それくらいなら別にいいわ」
「でも……」
「でももだってもない、黙ってなさい。私が好きでやってんのよ」
やがて、あの木造の建物が見えてきた。奴隷市場だ。
裏口らしいところから通されて、二階へ上がっていく。
奴隷が並べられた広間に出た。
相変わらず奴隷たちがいて、品定めをする客がいる。
師匠と僕は、ナムヂの部下たちが遮蔽物の役割をして、周りの目につかないようにされている。
広間の隅に扉があり、そこに入る。
中は応接間になっているらしく、硬そうな長椅子が向かい合わせに並んだ、横長の部屋だった。
長椅子には、ナムヂが座り、その向かいにはシュウ父さんが座っていた。
「失礼します」
ナムヂの部下が挨拶した。
「アサツキ!」
こちらに気付いたシュウ父さんが声を上げた。
見開かれた目が、瞬く間に険しくなる。
「この子を……」
師匠がゆっくり、僕を下した。
シュウ父さんが慌てた様子で駆け寄り、僕の体に手を当てる。
「血はその子のものじゃないわ。但し吐血してる。本人は呪いだと言っていた」
「呪いは魔導師に診てもらっている」
シュウ父さんが、師匠を睨み上げた。
「その奴隷は取り押さえて、取り敢えず監房に入れておいてください」
横からナムヂが歩み出て、そう言った。
師匠は抵抗もせずに捕まり、ナムヂの部下に引っ張られていく。
「待って、師匠」
僕が師匠というと、シュウ父さんが反応して僕を見た。
反対に、師匠は聞こえていないかのようだ。
そのまま部屋を後にした。
「アサツキ、症状は。どこが痛い」
シュウ父さんは、僕を抱き上げて、長椅子に横たえさせた。
冷たく、硬い感触が背中に当たる。
「僕のことより、師匠を殺さないように頼みます」
「命が掛かってるんだ、答えてくれ。どんな感じだ」
「お腹が痛いです。それより師匠を……」
「アサツキ!」
シュウ父さんは、なにか言おうとして、言葉を飲み込んだ。
「あの奴隷のことは今はいい、然るべき処置を受けるだろう」
「然るべき処置って、なんですか」
言い終えると、僕はまた吐血した。
シュウ父さんは服の袖で、僕の口を拭った。
「あの奴隷への罰は、俺たちの関わるところじゃない。あの奴隷の……持ち主、が決めることだ。つまり、そこのナムヂとかいう男が決める」
後ろの方で腕を組みながらこちらを見ていたナムヂが、軽く手を振った。
「ちょっとよろしいですかい」
ナムヂが近寄り、シュウ父さんの肩に手を置いた。
「なんだ」
「もし呪いだったなら、一時的にでも治せるかもしれやせん」
「本当か」
「治療用の魔導具を持っていやすので」
「わかった、使わせてくれ」
「少し条件を」
シュウ父さんは喋らなかった。
ナムヂに苛ついているらしかった。
その様子を察してか、ナムヂの声が若干、柔らかくなった。
「お代は結構です。今回の迷惑料ですね。ただ、とても貴重な品で、できるだけ人の目に触れないようにしていやす。ですから、ほんの数刻、ご子息をあっしに預けてもらいたい……」
シュウ父さんはそれを聞いて、僕の顔をじっと見た。
眼差しの色は優しかったが、眉根には苦悩が寄っていた。
「息子になにかあったら、承知しないぞ」
「もちろんです」
「アサツキ、もう少し辛抱してくれ」
「そういえばシュウ父さん」
「なんだ」
「他の皆は?」
「別の部屋にいるだけだ。皆、お前のことを心配している」
シュウ父さんが僕を抱き上げた。
「どこに連れていけばいい」
堂々たる声で、シュウ父さんがナムヂに言う。
さして気圧された素振りもなく、ナムヂはさらに上の階へと、シュウ父さんを案内した。
上の階に広間はなく、広くない通路と、幾つか小部屋が設けられているだけらしい。
その小部屋の一つに通された。
ベッドと本棚、机があり、書斎のように思える。
ナムヂの指示で、僕はベッドに下された。
「それでは、下の階で待っていてください」
シュウ父さんは僕の頭を撫でた後、去り際にナムヂを一睨みして部屋を出た。
ベッドの横に椅子を置き、どかりとナムヂは腰掛けた。
重そうに椅子が軋む。
甲冑が擦れてカチャカチャと鳴る。
「さて」
兜の奥の表情は窺い知れない。
「あなたには色々と聞きたいことが山のようにありやしてね」
ナムヂの言葉を、どう返したらいいのかわからない。
「取り引きしやしょう」
そもそも、こいつが何者なのかすらわからない。
最初に現れたのは、マンナをここから連れ出した時だ。
その後、スクモが出てきて、こいつはスクモを知っている風だった。
何故か魔晶を置いて立ち去り、マンナの眼を斬った。
善人でないのは確かだが、極悪人という感じでもないのだ。
やっていることは全て、筋が通っていると言えなくもない。
脱走した奴隷を追い、自衛のために剣を振るった……。
そうは言っても、胡散臭いのは間違いない。
信用しないでかかるのが丁度良いだろう。
「あ、取り引きというのは、こう、自分の持っているものと、相手が持っているものを、見合った価値で交換できるようやりとりすることでして……」
「知ってるよ」
六歳には、言葉の意味がわからないと思ったのだろう。
説明しだしたナムヂを遮る。
「それで、なにを取り引きするんだ?」
「あなたが知っていることを、洗いざらい話してください。対価として呪いを治しやしょう。なんなら、あの奴隷の命を助けてもいい」
「本当か!?」
「ええ」
ナムヂは深く頷いた。
どこか嘘っぽくて、眉を顰めた。
「……なにが知りたいんだ?」
激痛が腹を襲い、また血を吐く。
特に拭うものもなく、口が血の味で埋まった。
「先ず聞きやしょう。ありゃ誰だ」
「誰って、誰のことだ?」
ナムヂの手が強く握られた。
握り拳がカタカタと震える。
「あなたの妹さんですよ、スクモさんです」
「スクモがどうかしたのか?」
「どうかしたって? ええ、しましたよ、どうか」
えらくドスのきいた声だった。
ナムヂの様子がおかしい。
「あなたが連れ去られてから、あのスクモさんがどんな様子だったか、お聞かせしましょうか」
「あんまり興味ないけど」
「おにちゃーん、おにいちゃーん、と泣き喚いて、錯乱状態でしたよ」
「意外だな」
「ええ、全く!」
ナムヂが拳を振り上げ、ベッドに叩きつけた。
二つに叩き折れたベッドの寝心地は悪い。
僕に当たってたら、骨折で済まなかったんじゃなかろうか。
「孤高のスクモさんはいいんです」
「は?」
「ドジを踏むのも構いません」
痛みが徐々に強くなってきている。
しかしナムヂが尋常でないので、それどころではない。
「悲しみに打ちひしがれるのもいい」
「ちょっと待って、なんの話をしているんだ」
「絶望するスクモさんも見たかった……だけどねえ!」
ナムヂが身を乗り出す。
兜の中で声が反響していた。
「誰かに縋って泣き喚くスクモさんなんぞ見たくなかった! いや、あっしに縋るのなら良かった! ですが、何故! あんなにもあなたを、あなたを……!」
拳を目の前に突き出し、ぶるぶると震わせる。
血涙が流れているんじゃないかと思うほどの気魄だった。
「さあ、答えてください! あなたはスクモさんのなんなんです!」
「えぇ……」
僕はナムヂが怖くなった。
「最初と質問が変わって――」
「あぁん!?」
「いいえ、なんでもない……」




