第二十四戦「女奴隷」
奴隷市場はマンナを探しに行ったとき人攫いに連れてこられた、あの建物だった。
後学のためということで、僕とスクモ、シュラも此処に来た。
奴隷たちが長い木の台へ一列に並ばされている。
首に札が掛けられており、札には出身や特技が書かれているらしい。
活気良く競りの声が上がる。
アザミ母さんはそれを見て、酷く悲しそうな顔をした。
台の上に一人、特に屈強な奴隷がいた。
体中に切り傷の痕がある。
兵士か剣闘士として戦った経歴があるのだろうか。
どうせ奴隷を雇うなら、剣闘の稽古をつけてくれる人が良い。
シュウ父さんに訊ねようとしたら、スクモ抱きこまれた片腕が気になった。
「スクモ、あんまりしがみつくな」
「だって……」
暗がりに何者かの気配を感じたような様子で、スクモはきょろきょろと周囲を見回している。
ナムヂのことが不安なのだろう。
正直、僕も不安だ。
ここであいつと出くわしたら、なにが起こることやら。
「どんな奴隷をお探しですか?」
くぐもった声に振り向くと、茶色の甲冑に身を包んだ男が、シュウ父さんに話しかけていた。
スクモが小さく悲鳴を上げた。
「薬の知識があること、護衛ができること、妊婦の世話ができること、その三つを条件に探しているんだが……あなたは?」
「ああ、すいやせんねえ、この市場を取り仕切っている、ナムヂと申します。この甲冑は、まあ、目立たないためにしています」
明らかに甲冑の所為で目立っているうえ、甲冑には羽飾りまで付いている。
なにを言っているのだこいつは、とシュウ父さんは訝しげにナムヂを見た。
「それで、どうですか、条件に合う奴隷はいやしたか?」
「護衛と世話はともかく、薬を知る奴隷は、いないな」
「ふふふ、この展示台には並んでいやせんが、薬に詳しい奴隷があります。護衛はできないでしょうが、妊婦の世話はできやすよ」
「分かった、見せてくれ」
シュウ父さんを先頭に、僕らはナムヂに連いて行った。
ナムヂは甲冑の奥で、スクモのことを見ていた気がする。
二階に上がった。
首と手首を鎖に繋がれた奴隷たちが、壁際に並んでいる。
奴隷を品定めする客は数える程しかいない。
「ここは?」
「ここは特別、優れた奴隷のための市場です。お招きするのは信用のおける方だけです。アルカギリ薬商と言えば、アスラウヱでも名の通りが良うございますから」
ナムヂは真っ直ぐに、ある女奴隷の前へ進んだ。
焦げ茶色の髪の毛は短めだ。目付きは鋭い。
歳の頃は十六七だろう。
アスラウヱに暮らす人の特徴として、色白だ。
薄い腰布一枚に、乳房は丸出しだ。目の毒。
奴隷と言うだけで大層なものなのに、うら若い女性の奴隷ともなれば、アザミ母さんが良い顔をするわけもない。
呪い殺せそうな視線を、シュウ父さんの背中に送っていた。
シュウ父さんは女奴隷を吟味している様子で、腕組みをしながら顔を強張らせている。
心なしか青ざめている。
女奴隷を見ると、きろりと睨まれた。
「いくつか質問に答えてくれ」
シュウ父さんが、女奴隷に向けて言った。
「シュウ」
アザミ母さんが言った、咎めるように。
それを受けて、シュウ父さんが口ごもる。
「お気に召しませんか?」
笑いを堪えた調子で、ナムヂが言った。
「いや……とにかく質問に答えてくれ。テンリョウの実はどうやって薬にする?」
「実をそのまま食べてもよく、酒に、あるいは塩に漬けてもよい。虫こぶがある場合、熱湯に晒して虫を殺し、後に干して粉にする……」
冷たい口調で淡々と、女奴隷は答える。
その後もシュウ父さんの質問に、つらつらと答え続けた。
「申し分ないな」
「シュウ!」
シュウ父さんとアザミ母さんの間で、一触即発の空気が流れる。
皆が二人に注目する中、カチャカチャという鎖が擦れる音が鳴った。
そして、鎖が地面に落ちる金属音が響いた。
女奴隷の伸ばした腕が、スクモに迫った。
僕がスクモの前に歩み出ると、女奴隷は僕の首を絞め上げた。
「チッ」
舌打ちが聞こえた。
「動くな!」
全員が、その場に磔になった。
僕の首に、短刀があてがわれていた。
「どうでしょう、鎖抜けの腕も一流です。おまけしときやすよ」
「ふざけるな」
シュウ父さんがナムヂを睨んだ。
「全員、下がりなさい。このガキの首、掻っ切るわよ!」
「殺せば、あなたの命もありやせんが」
「上等よ」
短刀が首の皮に食い込んだ。
「お兄ちゃん!」
スクモは未だに僕の腕にしがみついていた。
肩が外れそうなうえ、首が余計に絞まる。
「……お兄、ちゃん?」
ナムヂが呟いた。
「あんた離れなさい! ていうかあんたが人質になりなさい!」
女奴隷は僕を手放して、スクモに魔手を伸ばした。
僕がスクモに体をかましたので、スクモはふっとび、やっぱり僕が捕まった。
「このガキ!」
さっきより強い力で、首を絞め上げられた。
「もういいわ……」
女奴隷は僕を抱えて走り出した。
「追え! 逃がしちゃなりやせん」
ぞろぞろと、市場の護衛と思しき男たちが追い掛けてきた。
女奴隷は立ち止り、振り返り、短刀をちらつかせた。
「動くなッて言ってんだろ!」
男たちは、足が床にくっ付いたように止まった。
「ふん」
女奴隷は僕を抱えたまま、市場を逃げ出した。
露天商に陳列されていた手頃な布をかっさらう。
店主の喚きもないかのように、素早く路地裏に逃げ込む。
僕は放り投げられた。
女奴隷は手早く布で体を覆う。
「っはあ、やっちまったわ」
壁にもたれて、無念そうな眼差しを僕に送る。
「ほら、さっさと親のところに帰りなさい」
「え、いいの?」
「当然でしょ、お荷物よ」
「あなたはこれからどうするの?」
「なんであんたに教えなきゃなんないのよ」
「いたぞ、あの女だ!」
ナムヂの追手が来たと思った。
が、さっき露店の店員が、男三人を引き連れて立っていた。
「アバズレが……手首を斬り落としてやる!」
脇目も振らず、男たちは女奴隷に踊り掛かった。
と思ったときには、女奴隷が男たちの前にいた。
「え」
出鼻を挫かれた先頭の男が、反射的に踏み止まったところに、後続が衝突した。
前のめりに男たちが倒れ込む。
既に女奴隷は体を避けていた。
手近にあった、ブロック片を持ち上げて、男の頭に叩きつける。
ブロック片が粉砕される。
「くそ、この女!」
三人の男が立ち上がった。
いや、実際、立ち上がったのは二人だけだ。
一人は、立ち上がろうとして頭を上げた瞬間、女奴隷に踏み蹴られ、鼻っ柱を圧し折られていた。
残った二人のうち、一人が女奴隷の襟首を掴んだ。そして拳を叩きつける。
女奴隷の頬に血が付いた。
それは女奴隷の血ではなかった。
バラバラと、小指と薬指が、地面に落ちた。
拳の軌道上に掲げられた短刀が、血に塗れている。
短刀を見て、最後に残った男は戦意を喪失したらしく、逃げ出した。
鼻を折られた男が、気絶した男を背負って逃げ出す。
指を斬られた男は傷口を押さえながら、それに続いた。
「ほら、あんたもとっとと行きなさい」
しっしっ、と追い払うような仕草をする。
僕は考えるより早く、口に出していた。
「弟子にしてください!」




