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やれるだけやってみる剣闘士  作者: こんたくみ
元の世界からアスラウヱへ
2/70

第二戦「剣闘の真っただ中」

「――ッ!」


 声が聞こえる。


「――ッ!!」


 なにがどうなったのだっけ。

 黒い靄のような視界が、ぼんやりと晴れる。と、


「うわっ!」


 金属の煌めきが僕の脳天を素通りした。

 赤い液体が、背後から僕の体をすり抜けて、飛び散る。

 真正面には、黒い兜をかぶった人が剣を突き出している。

 円形の胸当ては傷だらけで、剥き出しの肩からは血が滲んでいる。

 呼吸が荒く、筋骨逞しい肩は大きく揺れていた。


 大地を揺るがすような音が轟いた。

 恐怖感に駆られて耳を塞ぐ。

 その音が大歓声だと気付いたのは、周囲の状況からだ。


 円形に囲われた砂色の壁。

 壁の上は棚田のように段々だ。

 そこに老若男女がひしめいている。

 沸き立つ彼らの視線は、一点に注がれていた。

 僕の目の前にいる、黒兜の男だ。


 男は剣を引き戻した。

 赤い液体が剣先から振り散らされる。

 僕の血かと思ったが、痛くも痒くもない。

 男は片腕を上げ、咆哮した。勝ち名乗りのようだ。僕は眼中にないらしい。

 あまりの状況に圧倒されて、僕はその場にへたりこんでしまった。


「え?」


 後ろから、赤い水溜まりがサーッと広がってきた。振り向いて、総毛立つ。


 赤黒い鎧を身に着けた人がうつ伏せに倒れていた。

 頭蓋が砕け、中身がでろりと、零れている。

 赤い水溜まりは、この人の血溜まりだった。

 僕はそこでやっと、黒兜の男が、この赤鎧の人を殺したのだとわかった。


 怖ろしさのあまり気が遠くなる。


「見付けたぞ」


 女性の声が、騒音も関係なしに澄んで聞こえた。

 前に向き直ると、女の人が立っていた。

 胸先の辺りまで垂れた長い黒髪。きりっとした眉。通った鼻筋。桜色の唇。

 どこも意志の強そうな印象だったが、目元だけは優しげに見えた。

 白いコートを羽織っている。 


「すまない、座標の指定がうまくいかなかったようだな。……私の言葉はわかるか?」

「あ、はい、わかります」


 周囲の歓声は鳴り止まない。

 黒兜の男は、何処かへ歩み去っていく。

 突然に現れたこの女性へ、誰も関心を向けることはない。


「うむ、言語の変換はうまくいったようだな。ではどこから話したものか……おお、そうだ、先ずは礼をせねばなるまい」


 女性は「ありがとう」と言って、恭しく頭を下げた。

 僕は呆気にとられて、なんの反応も返せなかった。


 女性は頭を上げた。

 そして、その優しげな瞳で、ゆっくりと僕のつま先から頭のてっぺんまでを見た。

 それから、僕の目を真っ直ぐに見た。


「少年」

「はい」

「自己紹介が遅れた。私の名はユウハブル・ダンネラ・スクモ。スクモと呼んでくれ」

「あ、僕は九条浅月と申します」

「そうか、ではアサツキ。一つ一つ、状況を確認していこうか」


 状況確認。この言葉は重大だった。

 なにしろ、ここがどこかもわからない。そもそもどうしてここにいるのか。


「ええと、質問をしても?」

「もちろん」

「ここは何処でしょうか」

「アスラウヱの闘技街、ヒガサス闘技場だ」


 何処だよ。

 僕は怒りに似た感情に苛まれ、けれど平静を失うことを嫌って、唇を噛みながら天を仰いだ。

 そして目を剥いた。


 天井に翡翠色の水晶が生えている。ひっくり返った岩山のようだ。

 水晶には蔦のように、木の枝が天井から這い絡まっていた。

 水晶は強く強く輝いて、この場所に光を注いでいた。

 おそらくはこの場所だけでなく、周辺にも光が降り注いでいることだろう。

 簡易な太陽のようだ。


 眩しさに手を翳した。


「あれは大魔晶とか、陽魔晶と呼ばれている。アスラウヱの太陽代わり、要は照明装置だ」

「ダイマショウ、ヒマショウ?」

「君の世界にはなかったものだ」

「僕の世界?」

「そうだ」


 しかめっ面で悩む僕に、スクモさんが言った。


「神隠し、と言えばわかるか?」

「行方不明のことですか?」 

「……ニュアンスが伝わっていない気がするな。つまりだな、君はあっちの世界からこっちの世界に来てしまったのだ」

「異世界転移ってことですか」

「そう、それ! そういうやつだ」


 我が意を得たりと、スクモさんは無邪気に微笑んだ。僕は納得していない。


「からかわないでくださいスクモさん! こっちは真面目なんです。それとも、うろたえ意気消沈する年端も行かぬ若造をいたぶって楽しんでいるんですか!?」


「えっ!? い、いや、そんなつもりは決してない! 誓ってないぞ!」


 今度は慌てて弁解をするスクモさん。人を騙せるほど器用ではなさそうだ。

 僕が黙っていると、スクモさんは咳払いを一つして、真剣な面持ちを作った。


「アサツキよ、君は私がこの世界に連れてきた」

「どうして?」

「許可をもらったからだ」

「いつ、誰に、どこで」

「先程、君から、君の世界で」


 僕はじろりとスクモさんを睨んだ。


「僕がいつあなたにこんな場所へ連れてきてほしいと言いましたか!?」

「わ、私が君を誘って、君がわかったと言ったから連れて来たのだ! 私としても慌てていたから、いきなり連れてきてしまったことは詫びるが……」

「ちょっと待って、僕はあなたと初対面ですよ、いつ僕を誘ったんですか」

「だから、それは……」


 スクモさんは言い淀んで、ごにょごにょとなにか口にした。


「え、なんて言ったんです」

「その、だな。この世界と君の世界では、自然の摂理が異なっていてな。私が君の世界へ行くとき、身体の構成を色々と置き換えたんだが……私の年齢が、換算されなかったんだ。こっちではぴっちぴちの若人でも、君の世界では生きていることがありえないくらいの高齢だったのだ」


 そう言われて、僕はここへ来る前のことを思い出した。

 そうだ、僕はあの川辺で、危篤の老婆に会ったんだ。

 あの老婆が僕になにかをして、そうしたら僕はここにいたのだ。


「そ、それじゃあ、僕があのとき会ったお婆さんは」

「……私だ」

「スクモさんって、歳はいくつなんでしょうか?」


 疑問を素直に訊いてみた。

 スクモさんは答えなかった。

 老婆になったのがショックだったらしい。


「アサツキ、ここで話しこむのもなんだ。せっかく闘技場にいるのだから、観戦しながら説明しようじゃないか」


 スクモさんは、話しをそらすかのように提案した。そうして僕に手を差し伸べた。


 僕がその手を掴むと、ふわりと体が浮いた。


「え、うわっ」

「驚いたか?」


 スクモさんはくすくす笑った。


 僕とスクモさんはそのまま浮かび上がり、壁上の、段々になっている場所に降り立った。

 そうして改めて周りを見渡すと、なるほど、ここは教科書かなにかでみた、古代の闘技場によく似ている。

 先程の黒兜と赤鎧は剣闘士で、歓声を上げていた群衆は観客というわけだ。

 そして、ここは観覧席だ。スクモさんは座り、促されて、僕も隣に座った。


「血を見るのは苦手か?」

「え?」

「青い顔をしていたからな」


 スクモさんは、じっと僕の顔を見た。


「あんなにたくさんの流血は、好きにはなれないと思います」

「そうか? ここには血が見たいという者が集まっているのだがな」


 スクモさんはどこか虚ろな目で、周囲の人々を見渡した。

 彼らは興奮冷めやらぬといった風情でざわめき立っている。


「……僕にはわからないけど、血を見ること自体は、そのうち慣れるのかもしれませんね」

「慣れてもらわねば困る。君には剣闘士になってもらうのだ。血に弱い剣闘士など闘いになるまい」


 スクモさんはなんでもないことのように言った。


「……え?」




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