第十八戦「献身的な傲慢」
虚空だと、スクモの瞳を見て思った。
ピースが一つ欠けた、ジグソーパズルの額面のような印象だった。
声の調子、仕草、表情、スクモのあらゆる部分からありありと心配を感じるのに、眼の一点だけなにか足りないのだ。
「通りの病ではない、いわゆる呪い、魔導的な外傷だ」
スクモがにっこり笑うと、陽光を反して皓歯がひかめいた気がした。
勝ちを確信したかのような、自信が滲み出ていた。
「医者には治せん。当然、父君の薬も意味がない。これだけ重い容体だと自然治癒も有り得ない」
「……それで?」
「治すには腕の良い魔導師が必要だ」
スクモは慈しむように僕の額を撫でた。
鬱陶しく思って、顔を背けた。
「今は父殿が魔導師を呼びに行っているが……まあ、魔導師は因業な奴らだ。しかも時間が掛かることを好む。直ぐには来まい」
スクモは急に僕の頬を両手で挟み、顔を無理矢理、スクモの方へ向けさせた。
スクモは真剣な表情だった。
「――けれど丸一日もすれば、君は死んでしまう。よく聞け、君は死ぬんだ」
そう聞くと、なんとなく満足した気分になった。
結局、マンナを助けられなかったのは心残りだが……。
それと、死ぬと聞かされて、不安にならないわけじゃない。
話題を逸らすため、疑問をぶつけた。
「魔導師が必要って……スクモも魔導師じゃなかった?」
さも意外という風に、スクモはぴたりと動きを止めた。それから
「忘れていなかったのか」
と呟いて、僕から手を離した。
「そうだ、元々私は魔導師だ。それもとびきり腕は良い」
間に沈黙を挟み、スクモは続けた。
「……死にたくないだろう?」
「別に」
再び沈黙が流れた。
スクモは微笑したが、どこかぎこちない。
少し身を乗り出して、僕の股あたりを掴んだ。
「死ぬんだぞ」
「うん」
「私なら君を助けられる、生かせるんだぞ」
「ならそうしてくれよ」
安堵したように、スクモは息を吐いて、乗り出した身を引っ込めた。
手はまだ僕の股に置かれていた。
「いいだろう、助けてやる。但し条件付きだ」
「それは?」
「今後一切、私の言うことに逆らうな。君は私の物だ、勝手は許さん」
「断固として断る」
瞬間、スクモの表情が凍りつき、その後、股の上にあった手は爪を立てて握り締められた。
あまり痛くないのは、感覚が失われてきているためかもしれない。
「ふ、ふざけるな。君は死にたいのか」
「そんなことないよ」
「だったら、私に助けられろ!」
「いやだよ」
かっとして立ち上がり、スクモは僕の頬を拳で打った。
呼吸は荒く吐息は熱い。
やはり痛みは少なかった。
「死ね! 君なんて、死んでしまえば、しまえば……」
力が抜けたようにスクモは坐り込んで、目元を拭い始めた。
僕がスクモの頭を撫でると、すぐに払い除けられた。
何度か繰り返したが、その度にスクモは払った。
それから大分、落ち着いたのか、スクモはじろりと僕を見た。
眼は充血なんてしていない。普段通りだった。
「……君は一度、腹部の魔力管を破壊されたろう?」
不意な質問に一瞬だけ考えて、あの細身の老人を思い出した。
「うん、多分ね」
「それから自分で魔力管を繋げたな? 繋ぎ方が無茶苦茶だ。これでは不調になるのも仕方ない」
マンナのことを思い起こす。
あの時マンナが魔力管を繋ぎ直していたことに今更ながら気が付いた。
「素人だから、しょうがないよ」
「しょうがないでは済まん。だがまあ、応急処置としては悪くない。それよりも、君の体内に呪いが混じっているのが問題だ」
聞き覚えのない「呪い」というものがなんなのか質問すると、スクモは淡々と答えた。
「発生し続ける、或いは発生した後、長く消え残る魔導のことを言う。近くに媒介がなくても作用し続けることを利用し、様々な用途で用いられる。よくあるのが暗殺だ」
スクモの講釈を半分くらい聞き流した。
講釈を終えると、スクモは詰るように問うた。
「君はどこでこんな呪いをもらってきた。塩化の症状など聞いたこともない……」
「さあ、怪しいのは魔力管を破裂させたと思しき老人だけど」
「なにか魔導具を持っていたか?」
「それはないんじゃないかな。牢に入っていたんだし……」
「魔力管を繋ぎ合わせた時も疑わしい。その時、君の側に誰がいた?」
僕はスクモが確信を持って質問していたのに気付いていなかった。
「マンナしかいなかったかな。管を繋げたのはマンナだし」
スクモの眼に涙が滲んだのを見て、口を滑らせたと思った。
スクモの表情が変わっていた。
目の焦点が虚ろで、口の端は少し上がっている。
今にして思えば、マンナという存在はいつもスクモを不安定にさせていたかもしれない。
マンナが近くにいるとき、スクモは苛つきやすく、僕がマンナと関わると、どこか不満そうだった。
そして今にしてそんな感想を抱いたのは、スクモの中でなにかが決壊したように見えたからだ。
いや、逆かもしれない。
なにかが壊れたのではなく、なにかが出来上がってしまったようにも思える。
「マンナが君を殺すのか」
ぽつり、とスクモが言った。
「……まさか、そんなわけないだろ」
一笑に付すつもりで喋ったのに、乾いた笑いすら出てこなかった。
「マンナの気持ちはわからないでもない」
殆ど独り言だった。
「あの小娘、気に入った者は悉く殺す性癖があるらしいぞ」
「どういう意味だよ」
「小娘と、小娘の母親が再会する場面を見たんだ」
「それって、僕がマンナを助けに行った後のこと?」
スクモはこくりと頷いた。
「あの小娘、母親を殺したぞ」
遠くを見て、小首を傾げて、それから合点がいったように、スクモは頷いた。
「ふふ、アサツキ、そんなに睨まないでくれ」
「嘘を吐くなよ」
「君は私が嘘を吐くと思うのか?」
不自然なくらいにこにことしているスクモ。
確かめよう、と思った。
不安に駆り立てられた。
上体を起こすと、腹からなにかせり上がってきた。
吐き出すと、ピチャ、ビチャ、という音を立て、血が服や敷布に染みついた。
「ああ、ああ、アサツキ、だから動くなと言ったろう」
眩暈に耐えかねて、ベッドに倒れ込んだ。
「さて、死にたくないだろう?」
スクモは待ちかねたように、のそりと僕の上へ馬乗りになった。
「だったら、なんだよ……!」
「気が変わったんだ。もう私の言うことは聞かなくてもいい。ただ、マンナに殺されるのは許さん。他の誰であれ殺されるのは許さん」
スクモは掌で、僕の目を覆った。
「君は私の物だ。それはよく覚えておけ」
それからスクモがなにをしていたのかわからない。
最初、スクモが呻くような声を上げた後、僕の体がいじくられた。
あの老人にやられた時のような痛みの後、すぐにそれが和らいだ。
おそらくは、滅茶苦茶に繋がれた魔力管を一旦、切り裂き、正しく繋ぎ合せたのだと思う。
その後、わずかに時間が経ってから、スクモが悲鳴を上げた。
なにがあったのか確かめようとしたが、スクモは決して、僕の目から手を離さなかった。
僕の視界が自由になったのは、さらに時間が過ぎてからだ。
「治ったぞ」
スクモの右目から、血が流れたような痕があった。




