表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
やれるだけやってみる剣闘士  作者: こんたくみ
元の世界からアスラウヱへ
1/70

第一戦「元いた世界で」

 道を歩けば赤信号に引っ掛かる。

 信号待ちは夕間暮れ。

 山吹色に世界が染まる。

 前を往くトラックたちは、長い残像を生んでいく。


 道の向こう側から、仔猫がよろよろ、道路へ出てくる。

 過ぎる車に、視界が途切れ途切れになってしまう。

 視界が隠され、開かれる度、仔猫はこちらに近付いている。

 いつ轢かれるかわからない。


 僕は駆け出していた。

 トラックの重苦しいクラクションが鳴り渡る。

 仔猫を抱えるには間に合わない。

 横目にもトラックは迫る。

 無理だ――。


 僕の足に、鈍い感触が走った。

 トラックの風圧が首筋を抜ける。

 危機一髪、僕の真後ろを、トラックが行き過ぎた。

 そして仔猫は


「ピキィ!」


 という悲鳴を上げながら、綺麗な放物線を描いて、川沿いの土手に落ちていった。


 仔猫を蹴り上げたのは、良かったのか悪かったのか……。

 轢き殺されるのは回避したが、僕が蹴り殺したとあっては寝覚めが悪いなんてものじゃない。

 祟られる。


 仔猫の安否を確かめに、僕は土手を上った。

 いざとなれば、動物病院だ。


 川のせせらぎ。

 川面が入り日を乱反射して、僕の目が眩む。

 仔猫はいた。倒れる人の上にいた。

 土手を滑り降りる。


 僕が近付くと、仔猫は逃げた。

 運が良かったのか、痩せ我慢か、少し心配だ。

 僕は倒れている人に目を向けた。


「あの、大丈夫ですか?」


 その人は、老婆だった。

 顔は土気色で、息は絶え絶えだ。

 そのことに気付いて、慌てて顔まで屈みこみ、頬をペチペチと叩いた。


「お婆さん、聞こえますか、意識はありますか!?」


 老婆はゆっくりと頷いた。


「救急車を呼びます、待っていて――」


 携帯電話を取り出そうとした僕の腕を、老婆ががっしと掴んだ。

 枯れ枝のような指が腕に食い込む。

 みきみきと、骨が軋むかと思う握力。


「なっ、あ……」


 驚愕のあまり、まとも声を上げることすらかなわない。

 老婆は言った。


「食事、住居、金銭、衣服、女……なに一つ不自由させない。その代わり、少年、君には命を、人生を賭けてもらいたい」


 なにを言っているのか。

 ただ、掴まれた腕の痛みに狼狽した僕は、明瞭に語られた老婆の言葉を、うわ言と理解した。

 僕は頷いて言った。


「わかりました。とにかく、救急車を呼ぶので」


 その瞬間、老婆のもう片方の腕が、僕の体に伸ばされた。


「……え?」


 老婆は刃物を持っていた。

 西日を紫色に反射して、それは僕の心臓を貫いていた。


 僕の視界が灰色がかる。


「……あ、りが、とう、少、年」


 老婆は微かな声でそう言い、がっくりと、頭を垂れた。


 僕の視界はどんどん色を失い、そうして光すら見失って、最後には闇の中を落ちていった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ