10月10日 邂逅と別れ
主犯の分際で遅れて参戦。
普段と作風が違いますので、作者の名前は二度見しないでください。
闇の中で天魔が笑っていた。
顔の上半分を白い布で覆い隠し、ただ口元だけを歪ませるそれを笑みと呼ぶならば、だが。
ただ、どうしてもそれが禍々しい物には見えずにいた。眩しそうに、哀しそうに、ただ、やるせなく口元を歪ませて笑う。
天魔は低い声で言う。
「乱世は蠱毒である」
と。
蠱毒とは何かと問えば、古の呪いだという。一つの壺の中に、幾多もの毒虫を放り込み、殺し合わせ、そして生き延びた強き物を呪いに使うのだそうだ。
現世はまさにそうだ、と少年は頷いた。父を殺され、ただ一人、悲しみを呑み込んで背負わなければならない身を泣いていた所なのだから。
「坊。主の父君を殺した者を知っておるか?」
「……一向宗」
「直接的にはそうよな」
少年の父は法華宗の保護者だった。それ故に、一向宗からの恨みを買い、そしてその圧倒的な物量差の前にあえなく散った。
―――表向きは。
それ故に天魔は低く肯定し、それからおもむろに首を横へと振った。
「だが、浅い。浅いぞ、坊。坊の父君を殺した一向宗が誰と繋がっていたかを考えぬか」
「だ、誰……?」
「父君の主君、細川右京兆。そして、三好神五郎(政長)。わかるか?坊。主の父君は、幕府、および細川京兆という魑魅魍魎の仕掛けた蠱毒の中で死んでいったのだ」
「―――ッ!」
恐ろしくも不思議と聞き入ったその言葉を耳にした瞬間、少年の瞳に暗い光が灯った。
詳しい理由など少年にはわからない。真実なのかどうかもわからない。だが、如何ともし難い理不尽な事態に、少年の心の奥底で憤怒という名の獣の声が低く、静かに唸りをあげる。
父は今挙げられた人間に尽くしてきた人だった。その過程で流した血を、奮った力を、こうも無下にされる覚えなどはない。理不尽の為に戦う者などある訳がなく、また、その理不尽がまかり通る時勢が、少年の激情を揺り動かす。
その激情は英知を活発化させ、少年はその器の中で、一人の奸雄としての産声を上げた。
その様子を見て、天魔はもう一度―――今度は満足そうに笑う。
「奴らの常套手段よ。強き者を頼り、その強き者が邪魔になったら、更に強き者を呼び寄せ、それを繰り返す―――まさに蠱毒。まさに乱世の根源!括目して時勢を見よ!坊!邪魔になった父君を殺した次に奴らが起こすべきことは何だ!?」
「……一向宗の、駆逐」
「クックック……庇護者を殺された法華宗はさぞや怒り狂っておろうな」
先を見通す天魔は笑う、嗤う、哂う。それにつられて、少年も薄暗く笑った。年は十なれど、憤怒に塗れたその英知は大器を予感させた。
「蠱毒は術者が見誤れば、その身を滅ぼす。果たして、右京兆はそれを御せるか―――」
「否。父君を疎ましく思う程度の輩が御せるわけが無い」
「……ほう、流石、賢しいのぅ。まさにその通り。奴らは手を拱いておるじゃろう。つまり―――坊。しばらく主はそのまま放っておかれるはずだ」
次に世に出る時は、まさにその蠱毒の壺の中だろうがな、と天魔は小さく呟く。
「坊。頃合いを見て、一向宗との和睦を取り成せ」
「しかし……」
「考えてみよ。主が活かされる理由を」
「父上の……子だから。法華宗の支援者の後継として……?」
「クックック……いいのぉ。賢しい。その年で、策謀のなんたるかを知り、一を聞いて十を悟り、蜘蛛の糸で流れを読み切るか。儂が見込んだ者はこうでなくてはな。ならばわかるであろう?何故か!何故か!」
受け入れがたいと知りながらも、かろうじて頷く少年の姿―――それこそが天魔が最も望んでいた物でもある。乱世の奸雄とは、ただ目の前の欲に飛びつくものに非ず。
策謀とは、別れる為に出会い、奪う為に手を差し伸べ、出し抜く為に敬い、生き抜く為に耐え抜き、裏切る為に信頼し、裏を読み、先を読み、森羅万象愚物を掌で躍らせ、悟られることなく駆逐する、多角的な視野が必要な“芸術”である。
産声を上げたばかりのこの少年は、既にそれを御すに相応しい才覚を発芽させていた。
「坊。この蠱毒を耐え抜いてみよ。振り回されるとわかって尚、奴らの下らぬ思惑を凌駕し、そしてそれを糧とせよ」
「耐え抜いて……」
「頃合いを見て壺を割れ。いいか?見誤るな。体制に情を移すな。優しさは身を滅ぼすぞ。不断は破滅の基ぞ。その過程で享受するであろう小利に目を晦ませるな。たとえいつか訪れる悪夢が呪いの所業だとしても屈するな。蠱毒の呪いは、細川を、幕府を、乱世を食い散らかすためにあるのだ!」
恐ろしく狂熱を帯びた言葉に圧倒されながらも、しっかりと内容を理解した上で少年が頷くと、天魔のその身体ははらはらと、まるで花のように徐々に散っていく。
「ま、待って!」
「もし……その優しさで心が折れたとしても。主の毒は乱世を縮めるはずだ。その時は……それでいい。その時は……後に続く者がおる。道半ばで朽ち果てようとも、乱世は……だが、願わくば―――願わくば、」
指先から、足元から、徐々に散っていく中、天魔は手を差し伸べようとする、その幼き子供の姿を眇めるように目を細めて見ていた。
「我が友、七宝よ。礼を言う―――儂は、散り際にまた優しき幻を見る事が出来た」
「待って!」
「心残りと言えば、かの治世を見れぬ事か。三好仙熊―――我が、唯一にして至高の主君よ。汝の版図に―――栄光あれ!」
散り行くその身体は突如として業火を点し、眼も開けていられないほどの強烈な閃光と共に一瞬にして搔き消えていった。
10月10日―――将来、その日に自身の最高の片腕にして乱世最大の奸雄が死ぬことを、三好仙熊は知らない。
数話で終わる予定。
多分、メイビー。
その間に、もっと企画参加者が増えてくれると、喜んで炸裂します。