50話
それは“死者の王”と呼ぶべき存在なのだろう。
西洋風の王冠を戴き、烏の濡れ羽の如き漆黒の衣を身に纏った玉座に座る髑髏頭の城主。
その闇を宿しているかの様な空洞の眼に、禍々しく不気味な赤い鈍光を灯した。
ゆっくりと持ち上がる頭。
そして──此方等を捉えた。
──次の瞬間、相手は目の前に迫っていた。
突き出された右手に対し、反射的に右手を合わせて受け流しながら反転して躱す。
──が、迂闊に接触した事を即座に反省する。
結果的には何も無かったから良かったが。
もしも、触れた物を腐らせたり、生気を奪うという特性を有していたなら今ので一気に劣勢に。
最悪、それで終わっていた。
その可能性を考えれば、迂闊でしかない。
猛省しながらも左手を腰に佩く剣の柄に伸ばす。
既に戦いは始まっており、敵は待ってはくれない。
ヒーロー物の御都合主義な御約束ではないのだから当然だと言えば当然。
生きる死ぬか、殺すか殺されるか。
最も判り易い、生存競争の舞台上なのだから。
森羅が抜いた剣が防いだのは相手の左腕。
だが、その右腕は肉も無ければ、骨も無い。
刃という身しかなく、生命活動とは無関係。
しかし、人工的でも機械的でもない。
一目見て、本能的に一部だと感じ取る。
「巫山戯た存在だな、ゲームのボスか?」と。
森羅は胸中で毒吐くが、勿論、何の意味も無い。
それは単なる愚痴。
だから、思考ごと吐き捨てる。
右腕は人の骨と同じ物だった。
対して、左腕は衣に隠されて付け根までは見えないけれども動きからして、同体。
肘から先が湾曲剣の刃の様になっている様だ。
一方で足元は見えない。
衣に隠れ、足が存在しているのかも不明。
少なくとも、衣の端を踏んで躓くといった可能性は考えられないだろうと森羅は思う。
そうなると、下半身は気にするだけ無駄。
攻撃に使う可能性さえ捨てなければ問題無い。
(……問題は滅ぼせるのか、だな…)
戦う中で既に“装”も“撃”も試したが──不発。
ゲームならダメージの蓄積という形での攻略方法が存在するのだが、これは現実。
一撃死が可能な反面、確実死の設定は存在しない。
不滅ではないにしてもだ。
だからと言って打開策は今の所、見当たらない。
唯一、例の“杖”に可能性は有るかもしれない。
だが、それは賭けでもある。
あの杖の持つ筈の能力が、どういった物なのか。
それが判ってはいない以上、その先が不確か。
一度しか使えなかったり、追撃が必要な場合等では使う事自体が自らの破滅を招く事に直結する。
──否、森羅にとって自らの破滅は構わない。
死ぬつもりは無いが、戦場に立つ以上、覚悟の上。
自らの敗北は自身の結果なのだから。
しかし、此処での自分の敗北は妻子の、皆の未来を破滅させる事になる可能性が高い。
それを考えれば、容易く賭けには出られない。
勿論、最後には勝負に出ざるを得ないのだが。
まだ情報不足という事も確か。
もう少し情報を集めてから決断したいのが本音。
(……氣が効かないという事は無いと思うが…
だとすると…足りないのか?)
普段使っているよりかは練り込んでいる。
それでも、通じないのであれば。
先ずは単純に増やし、上げてみる。
練り上げ、集束させる氣の量を倍にする。
足りなければ、更に倍に。
集束も自分に出来る限界まで。
それでも駄目なら氣による効果は期待出来無い。
そう判るだけでも意味は有るのだから。
そんな森羅らしい考えと実行。
そして、通常の十六倍の氣を集束させた撃が相手の身体に孔を穿った。
それを見て、十倍に落とした撃を試すと──成功。
氣の量を十倍以上にし、集束させた撃なら有効。
しかし、問題は決定打には足り得ないという事。
森羅の撃を受けても怯む様子は愚か、全く警戒する素振りすら見せない。
加えて、穿孔も直ぐに再生してしまう。
これでは森羅のジリ貧。
長期戦──消耗戦となれば森羅の敗けは確実。
此処から脱出し、退却する事が可能なら。
他の手を考え、準備をしてから再戦するのだが。
それを許してくれるとは思ってはいない。
つまり、遣る以外の選択肢は無い訳だ。
ただ、それでも。
少しでも確実性を上げる為の労力を惜しまないのが森羅という男である。
──と、此処で森羅は管輅の言葉を思い出す。
「杖は貴男の天理力が顕現したものです」と。
確かに、そう言っていた。
では、“自分の天理力”とは何なのか?。
普通は、こういった状況を覆す、或いは撃ち破る。
その為の力を、求めるし、望むだろう。
事実、森羅自身、その類いの力を欲している。
だが、杖は無反応だった。
この状況でも、森羅の腰に収まったまま、反応する兆しすら見せず、沈黙している。
到底、即戦力になるとは考え難い。
しかし、その一方で矛盾しているとも思う。
経緯はどうであれ、森羅は試練を突破し力を得た。
苦難を乗り越えた先に顕現した、その力が果たして役に立たないという事が有り得るのだろうか?。
──否、そんな訳が無い。
管輅は言っていた。
「手にしなければ後悔する」と。
だからこそ、森羅は試練に挑んだ。
つまり、鍵は間違い無く、この杖である。
(…だとするなら、何か条件が有るのか?
………或いは、戦闘力ではない?)
そう考えた時、唐突に腑に落ちた気がした。
もし、天理力という物が自らを映す鏡であるなら。
一体、どの様な力と成るのか。
そう考えると、直感的に理解が出来た。
手にしている剣に氣を集束して纏わせると、相手の身体のド真ん中を目掛けて投擲。
身体を貫いたまま、玉座に突き刺さる。
そう遣って磔にして、僅かな時間を作り出す。
──と同時に、左手には既に杖を握っている。
一つ深呼吸し──瞑目。
思い浮かべるのは最愛の妻子達、信頼する仲間達。
共に歩み、共に戦い、共に未来へと生きる。
その為に自分達は進み続けてきた。
だから──こんな所で死ぬ訳にはいかない。
目蓋を閉じていても判る。
今、自分の元に集まる莫大な量の氣。
それは宛ら、太陽を思わせる程であり。
その氣を杖を媒介として集束してゆく。
この杖の持つ力の本質とは、“繋がり”。
森羅の天に示す理とは、“連なり”。
そして、縁を結び、志を紡ぎ、命を育む。
森羅という個が在り。
関羽が、劉備が、張飛が、出逢いにより変わり。
出逢った事で公孫賛が、曹操が、孫策が、黄忠が、馬超が、袁紹が、董卓が惹かれ合った様に。
個が集う事で、孤独ではなくなる。
個は個であるが、同時に全の一部となり。
天意に依らず、人の志の下、個が全を成す。
それが、社会であり、国である。
“人の在り方”を示す。
それが、世界の問いに対する森羅の答え。
開かれた双眸が真っ直ぐに見据えるは最後の試練。
両手で握る杖の先を向け、集束した氣を放つ。
問答無用に容赦無く。
森羅達、人の意志が天意を閃光となって穿った。
「これも杖だけに、か…」
雲一つ無い青い空。
攻撃の余波で吹き飛んだ成都の城跡で。
仰向けになった森羅が苦笑しながら呟く。
“転ばぬ先の杖”と言わんばかりに。
杖の力は、“連結”というものだった。
森羅が氣を身に付け、皆に教え、備えた。
それを最大限に活かす為の能力。
森羅と、森羅が思い浮かべた者達とを繋ぎ。
皆から託される氣を森羅へと集束させる。
常に備える森羅の在り方。
人を、国を統べ治める者としての考え方。
それを文字通りに形として顕現させていた。
ただ、解り難い。
管輅の言葉等、ヒントは有った。
有ったが──森羅が管輅を見付け出さなければ。
管輅の存在に興味を向けなければ。
そのヒントも手に入らなかった訳であり。
抑として、鍵の意味も知る事は無かった。
(…まあ、世界にしても多少は待つか…)
有限では有るだろうが。
流石に問いの為に猶予を与はするだろうと。
そう考えると、回避の為の時間は有った筈。
──とは言え、やはり最重要人物は管輅。
管輅が居なければ、この問いは成立しない。
「………これは流石に環奈には言えないな…」
森羅は不意に思い浮かんだ筋書きに苦笑。
本来の天の御遣いの死は定かではないが。
その死を以て、この世界は異なる可能性を求めた。
森羅が選ばれたのは偶然なのか。
或いは、何らかの選考が有ったのか。
その真実は判らないのだが。
必要最低限の意図は有ったのだろうと思う。
ただ、その為には管輅の存在は必要不可欠。
勿論、世界の望んだ可能性に至らなければ。
試練が終わった後、管輅は解放されたとは思うが。
それは確証の無い予測でしかない。
また、管輅の話を聞いた限りでは、その管輅もまたこの世界で何か出来るのか。
それを試され、問われていた可能性を否めない。
何しろ、ちょっとした事で死ぬ可能性は有った。
その恐怖と不安を管輅は森羅に語っていた。
(……それも狙いだったのかもしれないな)
そう在るべきと定められた存在である管輅。
その管輅が自らの意志で歩むという事は。
管理者という存在からの脱却。
定められた原点からの離脱を意味し。
管輅だけではなく、この世界の独立も意味する。
一つの外史ではなく。
自らが、一つの正史へと至る。
それが、この世界の目的であったとするならば。
世界の問いとは、人の可能性に懸けた願い。
「…それは流石にロマンチストに過ぎるか…」
管輅が知れば、「そんな綺麗に終わらせる事なんて出来ると思っているのですかっ?!」と憤慨する様が容易く思い浮かんでしまう。
だからと言って、文句も愚痴も言うだけ。
この世界が慰謝料を支払うとも思わない。
寧ろ、「貴女は現在の自分に不満ですか?」と。
管輅が否定出来無い切り返しをして、終わり。
結局の所、この世界にとっても管輅にとっても。
この結果は良い未来へと進む為の第一歩。
互いに軛から解き放たれ、歩み出せたのだから。
そして、森羅としても複雑な所。
現在の自分を、妻子達との未来を。
掴み取れたのは、この世界に来たから。
元の世界、元の人生では有り得なかった可能性。
それを思えば、この苦労の対価としては十分。
勿論、それは全て森羅自身が掴み取ったもの。
決して、この世界が与えてくれたものではない。
ただ、飽く迄も、その可能性の種を蒔いたのは。
森羅を招いた、この世界。
そういう意味では、世界とは、そういった存在。
世界は、あらゆる可能性の種を蒔くだけ。
その種を芽吹かせ、育み、結実させるのは人。
人の意志だけが、世界の在り方を変えられる。
変える事が出来る。
だからこそ、その責任を忘れてはならない。
「…全く……壮大過ぎる教育だな…」
「忘れないで下さいね?」と。
微笑みながら言われている様な気がして。
森羅も笑う事しか出来無かった。
だが、自分の元へと駆けてくる幾つもの気配。
既に契りを結んだ者も、これからの者も関係無く。
誰一人として欠ける事無く、乗り越えられた。
取り敢えず、今はそれだけで十分だと思う。
愛する妻達の御腹に宿る新しい生命。
これから宿る事になる沢山の生命。
そして、その生命達が紡ぎ、育み、繋いでゆく。
前世の時代を思えば、遠い遠い未来ではあるが。
少なくとも、この世界の未来は此処から始まる。
複製から原点へ。
まだまだ遥かな道程ではあるけれど。
今、こうして自分が笑っている様に。
遠い未来で生まれ変わった自分が笑える様に。
何処までも繋いで行こう。
完




