42話
森羅が劉辯・劉協の皇女姉妹を引き取ってから、早いもので二ヶ月が経とうとしていた。
予定されていた通りに并州の州牧に森羅は任命され名実共に并州を手にした。
それが皇帝とは最後の顔合わせの機会だったが。
皇帝も森羅も不必要に距離を詰める事はしない。
何故なら、既に託すべきは託されたのだから。
その信頼が有ればこそ。
両者は自らの配役に徹し、気紛れな事はしない。
当の劉姉妹は歳の近い黄叙と早々に意気投合。
黄叙自身が、母親に似て世話好きで世話上手な事も有ってなのだが。
周囲に歳が近く、遠慮無く接する事が出来る相手が殆ど居なかった、という共通点も有ってか。
御互いに感じる物が有ったのだろう。
今では三姉妹の様に一緒に行動している。
森羅達が心配していた様な事態には到らず。
また、各々が心身共に無理をしてはいない様子から一先ずは安堵しているのが森羅達の本音。
…まあ、黄叙は勿論だが、劉辯が既に森羅に対して女の顔を見せている件に関しては夫婦会議が極秘に行われたというのは余談。
劉辯に森羅が特に何かをしたという訳ではない。
いや、森羅が自覚してはいないというだけで。
これまでの歩みで培われた人誑しの技量が故に。
無自覚のまま、劉辯を落としていたというだけ。
結果から言えば、事が早まっただけなのだから。
妻達が夫を追及したりする事は無かった。
飽く迄も、事実確認の為の会議であり。
調整の必要の有無が有った為である。
それとは別に特筆すべき動きが有ったのは曹操。
確信していた通り、森羅との第一子を妊娠。
伴侶に付いては公表されてはいないが、懐妊自体は隠す事無く、公表された。
これは森羅の同意も有っての事。
今暫くは、表向きには別勢力という形を保つ為に。
裏では、公孫賛・袁紹・曹操、更には周瑜・馬岱が森羅を交えて集まり、現状と今後の確認を行った。
その顔触れには、流石に曹操でも呆れた。
「…疾うに詰んでいた訳ね」と。
乱世で敵対する前に抱き込んだ愛夫に拍手。
ある意味、曹操には不可能な方法だったが。
そんな事を指摘したりはしない。
自分は戦って、敗れた。
そして、今が幸せなのだから。
素直に森羅の力量を称賛した。
家庭内の話では、関羽と黄忠が各々に長男を出産。
関義、黄穹と名付けられた。
「意図的ではないんだがな…」と。
今の所、全員が全員、跡取り息子を産んでいる事に一人で苦笑する森羅の姿が有ったとか無いとか。
だが、それは飽く迄も客観的な意見でしかない。
望み、望まれて産まれてきてくれた我が子達。
その存在を愛しく思わない理由は無いのだから。
そんな平和な日常を送る森羅達が居る一方で。
森羅達とは相対する勢力はと言うと。
はっきりと言って状況は悪化の一途を辿っている。
それもその筈で。
森羅達の治める地──幽州・冀州・并州は連動し、西涼と、曹操が治める兌州・豫州も磐石。
曹操と森羅の勝負が決着した事で繋がった為、更に強固な統治基盤が形成されている。
結果的に言えば、既に森羅が漢王朝の三分の一程を手中にしているのも同然。
それ故に他との格差が目に見える程に明らかに。
何処も頭を抱えている状況だったりする。
唯一、その中に含まれながらも妹を森羅に嫁がせた孫策だけが鼻歌を唄っていられる。
…実際に、それを遣れば周瑜の説教だが。
勿論、他の者も我先にと続こうとはしたのだが。
孫権の件は孫策からの話ではない。
森羅の要求として、である。
その発端は、孫策の森羅への借りであり。
今、同じ様な事を遣れば、潰されるだけ。
繋がる事は勿論、生き延びる事ですら不可能。
その為、真似をする事は出来無くなっている。
そんな各勢力の中でも頭を抱えているのが袁術。
正確には、その家臣である張勲達なのだが。
要職を得たとは言え、今も客将の孫策。
その孫策へ民の信頼や支持が大きく集まっており。
だからと言って、以前の様な裏工作は難しい。
下手を打てば森羅を敵に回す事になるのだから。
しかも、客将である為、いつでも去る事が可能。
今、孫策に抜けられては確実に詰んでしまう。
袁家の主導権争いは袁紹が圧倒的に優位。
──と言うか、実質的には既に袁術の敗北である。
ただ、それを張勲達は袁術には言えず、伝える事は自分達の破滅を意味していると判っている。
その為、袁術に気付かれない様に誤魔化している。
無駄な足掻きと思うだろう。
だが、当人達にとっては必死であり、耐え時。
何故なら、起死回生の秘策を持っている為だ。
張勲達も皇帝が長くはない事を察している。
──となれば、次の皇帝が誰になるのか。
張勲達は極秘裏に劉辯──正確には何進に接触し、支持する旨を伝えている。
──が、その一方では劉協の支持者にも接触。
その上で、共倒れした際には乱世となる事も考え、目障りな孫策を即座に潰す為の段取りもしている。
孫策に敵意や反意を持つ周辺の小勢力に接触。
更には袁紹への共闘打診の用意も進めている。
「この際、袁家の主導権争いは置いておいて」と。
まるで自分達に権利が有るかの様な口振りだが。
それは自分達に言い聞かせている事でも有る。
そう遣って、どう転んでも大丈夫な様に備える。
「兎に角、今が正念場」と。
そんな動きを把握していて放置しているのが孫策。
表向きには「客将としての恩が有るから」と。
現状では、袁術の元を去る気は無いとする事により民からの風評を後押しする様な態度を見せているが実際の所は、そう遣って意趣返しをしている。
「あら、私が去ってもいい?」と。
逆転した立場を張勲達は勿論、袁術にも判らせ。
その上で、頭を下げさせるまではしていないが。
事実上、袁術達は孫策に頭が上がらなくなった。
この状況を楽しみ、多少は溜飲を下げる。
勿論、後への備えも撒き餌もしてある。
孫策達に油断は無い。
「全く…我等も御前の掌の上、という事か…」
「まあ、そう言いたくなる気持ちは判るがな
表には出さないからこそ、情勢を操る事も出来る
それに数が有る事が一種の抑止力だからな」
「御前と袁紹が繋がっていると判れば、何時何処で自棄になった動きをする輩が出るか判らない、か…
そして、その筆頭が袁術という訳か」
「潰すだけなら気にも止めないがな
二分した袁家を片潰しにするのは愚策だ
何だかんだで、地力の有る一族ではあるからな
自ら白旗を上げさせる形での決着が望ましい」
「──で、袁術にも御前の子を産ませる訳か」
「分かれた事を活用して南北に袁家を置く
それなりに広く影響力の有る袁家だから出来る事だ
こればかりは他の誰の血筋でも難しい」
「…あの二人でもか?」
「判っていて訊いているんだろ?
表向きには死亡という形で、一度舞台を降りる
その後で再び表舞台に出ても、立場は弱い
何より、本人達が己の非力さを一番理解している
そんな馬鹿な真似に付き合いはしない」
「だが、利用しようとする輩は居るだろうな」
「大義名分としては担ぎ易いからな」
──といった話を、久し振りに閨を共にした右腕を枕にする周瑜と交わしている森羅。
その左腕には寝息を立てる孫策が居る。
極秘会合の後、その足で周瑜と共に孫策の所へ。
以前の約束と、周瑜と孫権への嫉妬も有り。
孫策が焦れているという事を知っていた為。
一昨日、孫策との初夜を迎えた。
昨夜は甘寧との初夜。
今夜は孫策と周瑜と過ごした。
今の所は、これ以上は手を出しはしない。
時期的にも妊娠されては困るので。
その辺りは孫策達も理解し、納得している事。
ただ、欲求が有る事は確かである。
その為、自分の気持ちを無理に抑える事はしない。
勿論、良識の範疇での事だ。
だから、不慣れな孫策の眠っている間に。
周瑜は独り占めに近い時間を心から満喫する。
森羅は一旦帰宅し、数日後には西涼へ。
表立っては大きな動きは出来無いが、森羅が単身で動く分には目立ちはしない。
馬一族の方でも歓迎会等はしない。
先の合同遠征の成果も有り、燻り続けていた火種は一掃され、西涼の治安状況は大きく改善された。
ただ、長きに渡る度重なる衝突で疲弊していた事は否めず、立て直しには相応の時間を要するだろう。
──というのが、表向きな認識。
世間的には、馬一族の活躍による平定、という事になっているのだから当然と言えば当然の事。
其処に裏で協力していた者が居る、という可能性は噂が立ちでもしなければ疑う事すらない。
加えて、馬超という稀代の存在も説得力を持たせ、余計な想像を挟む余地を与えない為だ。
勿論、そうなる様に仕向けられている訳だが。
その事実を態々口にする愚か者は居ない。
それはそれとして。
確かに西涼の治安状況は改善されたが、それだけで西涼の抱えている問題が解決する訳ではない。
特に、食料不足の問題は大きな悩みの種。
──という認識をされているのだが。
実際には、森羅と密命を帯びた調査隊が調べ上げ、新たに開墾可能な土地を見付け出している。
既に其処に人を入れ、開墾は完了し、農業を開始。
西涼──涼州自体の自給率を上げる準備は順調。
早ければ、再来年の秋からは安定した食料の供給が可能となる見通し。
それまでは、政治的に交渉を行う。
森羅とではなく、袁紹と。
そうする事で森羅との繋がりを暈す。
そして、東西の有力者が繋がる事に目を向けさせ、注意を分散させるのが狙いだったりする。
──と言う訳で、今の馬一族にとって最たる問題は跡取りに関する一点のみ。
その解決の為にも森羅が足を運んでいる。
馬超達を動かすと直ぐにバレてしまうので。
「早く孫の顔が見たいものだわ」
「時期が時期だ、もう暫く待ってくれ」
世間話をする様に家族計画を話す森羅。
その森羅と話すのは以前に治療を受け、経過観察の為の定期診察を受けている馬騰。
病床に伏していた以前とは比べるまでもなく。
誰の目にも明らかに良くなっている。
まあ、まだ療養中という事になっているのだが。
実際には元気そのものだったりする。
そんな二人の会話を側で聞き、顔を赤くする馬超。
隣に居る馬岱も顔は赤いが、馬超の様子を見れば、客観的に現実を受け入れられる。
勿論、恥ずかしいものは恥ずかしいのだが。
その理由は語るまでもない。
一昨日、着いた夜に森羅と二人は初夜を済ませ。
昨日は朝から何度もイチャつきながら仲を深め。
今日もまだ昼にもなっていないのだが、既に何度も森羅に可愛がって貰っている二人。
その事を、馬騰に一目で看破され──という流れ。
まだ耐性が無いに等しい為、羞恥心に悶える。
尚、森羅に関しては今更なので照れもしないが。
馬超達が照れる様を好ましく思っているという事を隠してもいない為、これは馬騰からの後押し。
暗に「孫の事は任せなさい」という催促である。
だから、森羅も遠慮無く馬超達を貪る事にする。
避妊する事を忘れはしないが。
そんなこんなで忙しくしている森羅。
勿論、劉備達の事も蔑ろにしたりはしない。
夫婦仲も、育児も順調である。
そしてそれは自身の職務に関しても同様である。
「……これはまた随分と思い切ったものだな」
これから迎える時代の最後の分岐点。
それを目前にしている中、投じられた一石。
届けられた董卓からの書状に目を通した後、森羅は目の前に座る使者──に扮した董卓を見詰める。
可能性としては、考えられる事ではあったのだが。
先ず、その可能性は無いに等しいだろう、と。
知るが故に。
そう思っていただけに。
自身の想像を越えた一手を打った董卓に感嘆する。




