19話
地方で起きた些細な事件。
腹を立てた役人が兵を動かしたのが切っ掛けで。
返り討ちに合った事から一気に騒動が拡大。
官吏の横暴や無能さに不満を抱えていた民に波及し彼方等此方等で燻っていた火種が燃え上がった。
反旗を翻す彼等は、頭や腕に黄色い布を巻いている事から、何時からか“黄巾党”と呼ばれる様に。
その黄巾党の影響は私にとっても他人事ではなく。
私の治める領内や近隣でも多発している。
──とは言え、殆んどは散発的な騒動で。
被害も大した事は無かった。
寧ろ、それを無視出来無いから厄介。
その鎮圧に兵を動かせば人手も物資も必要。
つまり、無駄に費用だけが嵩む、という事。
本当にね、頭の痛い話だわ。
そんな中、首魁の張角に関する情報を得た。
意外な事に以前、賊徒討伐で出会い臣従してくれた季衣から出た話で。
張角は旅芸人の三姉妹、その長女との事。
しかし、「旅芸人の姉妹が?」と。
色々と疑問が有る事は否めない。
ただ、彼女達の関与している可能性は高い。
確認出来た限りでは、騒動が起きた場所では必ず、旅芸人の三姉妹が目撃されている。
「どんな人物なのかしら…」と思っていた矢先。
後手に回っている事実を突き付けられた。
此方等の想定以上の早さで黄巾党が拡大し、組織化している証拠でもある。
苛立ちが無い訳ではないけれど。
目の前の民を救う為に、最善を尽くさなければ。
「──義勇戦団・雅狼?、あの森羅が率いる?」
「はい、その様です」
そう答える秋蘭の言葉に私は素直に驚いた。
黄巾党の襲撃を受けた街を秋蘭達が大梁義勇軍との共闘で持ち堪え、私達の到着と共に一気に殲滅。
既に夜も明け、太陽は中天を過ぎている。
事後処理──街の復興の為に作業する中で。
自ら買って出た偵察から戻った秋蘭の報告。
本隊が合流する前、街の中の見張り台から見えた、闇夜が赤く染まったという一角。
黄巾党からは見えなかった様だけれど。
秋蘭は、黄巾党の拠点ではないかと推測。
つまり、誰かが、拠点に夜襲を仕掛けた、と。
そう考え、自分で確かめたかったが故の志願。
そして、目の当たりにした。
凡そ二万は有るだろう。
砦内部に積み上げられていた焼死体の山。
焼き尽くされていた糧食の痕跡。
そして、砦に翻る数十にもなる雅狼の団旗。
黄巾党の生命線を誰が噛み切ったのか。
それを見せ付けるかの様に。
知れば、春蘭と桂花は悔しがるでしょうね。
ただ、事実は事実。
森羅と雅狼の存在を、誰もが無視出来無くなる。
「…貴女から見た戦いの様子は?」
「…恐らくは、一方的だったかと
砦の門扉を抉じ開けた形跡も、外壁を破壊した跡も一切有りませんでしたし、砦の正面の平地には既に染み込んだ血の後が有りました
全てなのかは判りませんが…
砦の内外で戦ったのは間違い無いかと」
「…確か、戦力的には少数だったわね?」
「はい、最後に掴んだ情報でも二千は居ないと」
「………大したものだわ」
正直、感心するしかない。
ただ、恐らくは襲撃部隊が出る事を掴んでいて。
更に、此方等の戦力的にも防衛に回られた黄巾党が援軍を要請し、それが出た後を狙っての事。
少数精鋭の部隊であればこその戦果の上げ方。
利用された事は面白くない。
しかし、見方を変えれば、最初の援軍しか此方等に越させない様にして助けられてもいる。
もし、彼等が夜襲を仕掛けていなければ。
その二万──全てではないにしても。
相当の援軍が有った可能性は高い。
そうなれば──街は陥落していた。
秋蘭達も無事では済まなかったでしょう。
だからこそ、秋蘭は自ら確認に動いた。
思う所は有る。
しかし、何方等も事実な以上、五分五分。
…いいえ、私の方が借りが大きいわね。
「その雅狼の姿は?」
「既に砦周辺には有りませんでした
また、近くに官軍が来ていた様ですから関わるのを嫌って事後処理も簡単にしたのではないかと」
「官軍が?、何処の者か判る?」
「はい、董卓の将、呂布の部隊だそうです…が…」
「……?、秋蘭?」
「…信じがたい話なのですが…
その呂布は黄巾党の本隊らしき大軍と衝突
凡そ三万にも上る黄巾党を単騎で壊滅、と…」
「……………冗談、ではないのね?」
「はい、かなり信頼の置ける情報です
勿論、殲滅ではなかった様ですから、飽く迄も敵を単騎で相手にして敗走させた、と…」
「それだけでも十分過ぎるわ…」
董卓──その素性は今一掴めない。
本人の指示なのか、家臣の判断なのか。
その辺りの情報は秘されている。
正確には、得られる情報の真偽が判らない。
だから、董卓に付いては謎が多い。
今は此方等も下手に刺激したくはないもの。
ただ、張遼・華雄の二人の名は世に聞こえている。
その上で、件の呂布という奥の手を伏せていた。
董卓、侮れない相手だわ。
でも、今は董卓よりも雅狼──森羅よ。
董卓は官吏である以上、私と同様に制約が有る。
好き勝手に動き回れないから何とでも出来る。
けれど、森羅と雅狼は違う。
そんな制約など何の意味も無いのだから。
義勇軍を維持しようと思えば、多くの資金・物資が必要となる。
だから支援者を探し、維持出来る様にする。
それ自体は決して珍しくはない。
寧ろ、それを自主的に行い、しっかり支援者を獲得出来ているだけでも評価が高くなる。
それに加えて、交渉している相手は商人だけ。
見る者が見れば、「紐付きになる気は無い」と。
そう言っているのが判る。
だからこそ、この森羅という男は食えない。
商人達には腰が低く、容易く頭を下げる。
ただ、それは行為に何の価値も見出ださない為。
「その程度で機嫌良く資金・物資を得られるなら、幾らでも遣れる」と。
そう言っている様なもの。
勿論、それを理解出来れば、だけれど。
森羅にとっては逆に支援者を試してもいるわね。
将来的にも縁を繋ぐ価値が有るのか否か。
それを見定める為に。
「──っ、成る程ね…そういう事ね…
想像以上に強かな男だわ」
「華琳様?」
「森羅と雅狼の活躍は誰の目にも明らかよ
けれど、その活躍は中央の連中には面白くない
それなら、連中は何を考え、動くのか…
都合良く、呂布という話題の的が出来たわ」
「…っ!、まさか、森羅は?」
「ええ、呂布の情報も掴んでいて、その上でよ
最初から正面に名声を得ようとは考えてはいない
しかし、判る者には理解させる事が出来る
それで十分なのよ、森羅にとっては」
「…………」
秋蘭が絶句するのも無理も無いわ。
森羅という男は私達とは違い、同じ山を登っている様に見えて、その山を制す事は考えていない。
その山も一部である、大地を制そうとしている。
上ばかり見て争っている私達を嘲笑うかの様に。
素知らぬ顔で足元を根刮ぎ奪い取る。
そんな大胆不敵な真似をしている。
そう思えてしまう程に。
森羅と雅狼は巧妙に動いているわ。
「…雅狼の行方は掴めそうかしら?」
「一応、斥候を出して有ります
状況的に見て官軍から離れ、此方からも離れる
ですが、潜伏したりはしていませんので…」
「成る程ね、逃げはしても隠れはしない、と…」
「それと、凪が雅狼に助けられたそうです」
「凪が?」
「義勇軍を立ち上げる切っ掛けが雅狼に助けられた事だったそうです」
「では、凪は森羅に?」
「会ったそうです」
「直接話が聞きたいわ、凪を呼んで頂戴」
黄巾党の物資集積拠点を落とした雅狼は曹操達の予想通りに官軍である呂布との接触を避け、移動。
少々立地は悪いが、態々足を運ばなければ、普通は地元民も立ち入らない場所に陣を敷いていた。
拠点を持たず、転戦を繰り返す雅狼。
それ故に団員の手際は良く、無駄は少ない。
しかし、今は珍しく全員が身体を休めている。
彼方等此方等で寝入っている団員達。
その姿は無防備という他に無い。
「…流石に堪えたか」
「そうですね…鈴々でも熟睡していますから…」
「比較的、余力の有る面々に必要最小限の警戒役を任せて休ませるしか出来無いからな…」
「こればかりは時間を費やすしか有りませんね」
そう、森羅と関羽は陣中を見回して呟く。
決して、無理を強いるつもりはない。
ただ、自分達の居る場所は安全が保証されていないという事を理解しているから。
皆を休ませたいが、気は抜けない。
それ故に、二人の言い方も難しいものになる。
何故、其処まで疲弊しているのか。
拠点襲撃は予定通りに始まり、完勝した。
夏侯淵の見立てた通り、砦の中では森羅達が猛威を振るい黄巾党を殲滅。
門扉を開け、後始末を──という所で。
森羅が懸念していた事が起きた。
官軍──呂布に蹂躙されていた黄巾党の本隊から、五千程が離脱し、物資の確保に動いた。
其処に予備戦力として呼んでいた、七部隊の五千が合流して砦へと向かう。
その動きに気付き、森羅達は急いで屍を砦内へ。
地面には土と砂を撒いて臭いを抑えた。
何も知らない黄巾党一万は到着と共に開かれた砦の門扉を潜り、疑い無く中へ。
其処からは包囲しての殲滅戦。
中央に身軽な張飛を投げ入れ、内からも食い破り、混乱する黄巾党を貪り喰らった。
死者も無く、負傷者も僅か。
だが、最初から二万を相手にして戦うのと。
一息吐いてから、一万と戦うのとでは訳が違う。
森羅の指導方針から、士気と集中力は保たれたが、疲労の蓄積度は軽減しようが無かった。
本来、その為に情報を収集し、準備するのだから。
後始末は必要最低限、用意していた団旗を立てると現在地まで真っ直ぐに移動。
食事等を必要最低限に済ませ、休息に入った。
予め下見して決め、準備していた分、遣る作業量も少なくて済んだのも森羅の指示が有った為。
「疲れた後は動きたくなくなるものだ」と。
当たり前の反応を見越しての事。
そういう所が森羅の類い稀な上手さだと言える。
ただ、その森羅や関羽も疲労は否定出来無い。
関羽からは「大和様も御休みに…」と言われたが、森羅は側に曹操が居る事を忘れてはいない。
下手に油断すれば、醜態を晒す事になる。
それが曹操相手には悪手であると判るからこそ。
森羅は今が正念場だと考えている。
関羽としては、森羅を労い、甲斐甲斐しさを見せて女としての評価を上げたい。
劉備達が寝ているからこそ。
出し抜く絶好機だからだ。
──とは言え、森羅の意思は無視出来無い。
森羅が団の事を考えてのものだとも判る。
…まあ、その森羅に少しだけ御褒美を貰えたから、関羽としては満足だと言える。
「街の方は大丈夫でしょうか?」
「全く被害が無かった、とは言えないだろうな
だが、あの曹操が自分の領民を黙って見殺しにするとは思えないからな
街自体の被害は大きくとも、死者は少ないだろう
…いや、出てはいないかもしれないな」
「…其処までの人物なのですか?」
「白蓮には悪いが、二人を比べれば一目瞭然
白蓮は頂点には立てない、立てば破滅する質だ
一方、曹操は頂点に立つ為に生まれた様な存在だ
同じ様に頂きに立っても、その後が全く違う
…まあ、白蓮の場合は根が御人好しだからな」
「確かにそうですね…」
「其処が白蓮らしさであり、魅力では有るが…
それ故に頂点に立つのは似合わない」
「大和様の仰有った様に、そういう夫を持った方が成功している姿が思い浮かべ易いですからね…
何より…白蓮殿が皇帝に為った姿は滑稽です
似合わな過ぎて思わず殴りたく為ります」
「それで皇帝の座から転落、だろうしな
人間誰しも向き不向きは有るって事だ」
「全くです」
そんな風に冗談混じりの会話をしている二人。
其処へ小走りに駆け寄ってくる団員の姿が有った。
「何か遇ったか?」
「はい、此方等に近付いてきている一団が」
「数は?」
「三人です、旗は有りませんが、騎馬です」
「警戒は現状維持、動きが有るまで動くな
愛紗、悪いが付き合ってくれ」




