後日談 姉妹御茶会
魏王朝の、大陸の、人類の存亡を懸けた戦いから早一年近くが経とうとしていた。
既に曹操により統一された旧漢王朝の領土は順調に復興し、新体制へと移行し、更なる発展の途上。
世は乱れず、平和が日常が続いている。
そんな平和な状況では軍縮が行われるの必然。
それは曹魏であっても例外ではない。
──とは言え、単純に闇雲に軍事拡張を行っていたという訳ではなく、それを見据えてである。
その為、軍部は戦時から平時へと移行している。
実際、国境警備等を除けば、軍部の仕事は少ない。
現在、曹魏の国内では賊徒は絶滅種に等しい。
勿論、絶滅してくれても誰も困らず惜しみもしない完璧に要らない存在ではあるのだが。
完全に絶滅しないのは──政治的な理由から。
軍部の必要性と全体の対外意識の維持の為。
その為、流入している一部の賊徒を意図的に見逃し必要悪として用いていたりするのだが。
まあ、それは知る必要の無い事である。
要するに、軍縮は見せ掛けだけの事。
実際には軍を退職しない限りは、治安維持等の為に国内各地に配属されているのだから。
ただ、以前に比べれば格段に新規雇用は減る。
そういう意味でなら、軍縮の影響は小さくない。
それが平和な証でもあるのだから仕方が無い。
「あぁ~~っ、たぁ~いぃ~くぅ~つぅ~~~っ」
「………はぁ~……だから、言いましたよ、姉様
「もう少し、自覚が出来てからにすべきです」と…
それなのに…「大丈夫大丈夫、ちゃんと遣るわ」と言って押し切ったのは何処の何方ですか?」
「はいは~い、私です、孫家の伯符で~す
──と言うか、蓮華…貴女、よく平気ね?」
「…姉様………私は二人目ですよ?」
「あっ、そう言えば、そうだったわね
炎が居るの、忘れてたわ」
「忘れないで下さい」
そんな平和だからこそ生じる問題も有る。
社会的な、ではなく、個人的な問題ではあるが。
皇都・昌晋に有る皇城、その一角の皇庭“春園”の東屋で簡単な御茶会をしているのは孫家の姉妹。
本人の望み通り孫策は圭森の妻となり、しっかりと寵愛を受け、「そろそろよね?」と言って妊娠。
現在四ヶ月である。
一足先に妊娠していた孫権は現在六ヶ月。
本来なら、曹操に負けじと直ぐにでも欲しかったが圭森の妻事情もあり、半年待ちとなった。
まあ、その間は純粋に男女の関係を楽しめるので、孫権としては決して悪くはなかった。
尚、二人目を出産し終えた曹操とは二年は作らない事が夫婦間で約束されている。
妊娠する事は慶事だが、曹操としては夫の圭森との夫婦──男女の時間が減ってしまうのが難点。
しかも、妊娠中は他の妻達の優先度が上がる。
つまり、独占欲に火が点いた、という事。
「リア充、モゲロ!」と怨嗟の声が聞こえそうだ。
「…ぅぅ~……お姉様、静かにしてよ~…
まだシャオは大変なんだから~…」
「それこそ、自業自得でしょう?
別に誰を好きになっても構わないけど、可能性まで考えてしないから、そうなるのよ?」
「お姉様には言われたくな~い~…」
「何方も何方よ、全く…」
この場に居て、一人気分が悪そうにしているのは、末妹の孫尚香であり、彼女もまた妊娠二ヶ月目。
まだ悪阻が有り、気を付けなければならない時期。
その父親は圭森──ではなく、北郷。
当初は孫尚香も姉達に倣う様に圭森を狙っていたが圭森には相手にされなかった。
圭森から見れば、孫尚香は義妹でしかなかったし、孫権・孫策とは違い、本気ではなかった。
その為、孫尚香を受け入れはしなかった。
そうしたら、孫尚香は北郷に狙いを変えた。
恋愛云々ではなく、性的な好奇心で動いていたが、一応相手を選んではいた。
北郷も最初は逃げようとしていたが。
やはり、虎児は虎児である。
血は争えなかった。
北郷は、その爪牙から逃れられなかった。
そして、一度一線を越えてしまうと流され易いのが北郷一刀の特徴だと言える。
その結果が──孫尚香の妊娠である。
尚、義兄となる圭森の御説教が落ちたのは当然。
別に恋愛自体に問題は無い。
だが、孫尚香の妊娠自体が問題である。
如何に合意の上とは言え、まだ孫尚香は若い。
出来てしまったものは仕方が無いが。
母子への負担等を、たっぷりと説かれた。
“国医”でもある華佗も一緒に。
勿論、それは孫尚香自身も一緒にだ。
「でもまあ、奇妙な縁よね~
蓮華は炎が居るけど、私達姉妹の子供が同じ年齢で生まれてくる訳なんだし
シャオの子供が女の子だったら炎の許嫁に?」
「…まだ話が早過ぎます──とは言えない辺りが、立場の有る身の面倒な所でしょうね…」
「へ~…まさか、蓮華の口から“面倒”なんて聞く日が来るなんてね~」
「姉様?、私だって人なんですよ?
面倒に思う事だって有ります
──と言うか、今の姉様の相手自体が面倒です」
「うっ…冥琳みたいな事言わないで頂戴…」
「その冥琳が産休中なんですから、姉様は大人しく自重していて下さい
私達の仕事を増やさないで下さい」
「シャオ~、蓮華が苛めるわ~」
「…お姉様…鬱陶しいから大人しくしてて…」
「ぅぅっ、シャオまで~…しくしく~…」
妹達に邪険にされて、傷付いた体で泣き真似をする孫策の姿に孫権は呆れた様に溜め息を吐く。
孫権が言った様に、一年前には妊娠していた周瑜も四ヶ月前に無事に長男を出産した。
孫策と一緒に、二人の顔を見に行った時の第一声が「いいか、雪蓮、晶達に迷惑を掛けるな?、兎に角大人しくしていろ、判ったな?」である。
圭森から“躾”を任されているからこそ、周瑜的に自身が不在となる影響を正しく理解した言葉であり──然り気無く、孫策の胸に刺さった。
まあ、それも孫策の自業自得ではあるのだが。
現在、曹魏の重鎮界隈では空前のベビーブーム。
圭森の妻だけでも周瑜・顔良・曹操・黄忠が産み、馬超・厳顔・黄蓋が第一子の出産が間近。
また孫権・孫策に加え、関羽・夏侯淵・楽進・荀彧
・甘寧が妊娠六ヶ月以下という状況。
楽進・荀彧が孫尚香と同じで現在二ヶ月目。
この一年の間で北郷の方でも、陸遜が妊娠し無事に長男を出産、夏侯惇・李典・雀中に孫尚香が六ヶ月以下という感じで、まあ、順調である。
そして、華佗が程昱と結婚し、現在四ヶ月。
その組み合わせには圭森も、郭嘉・趙雲も吃驚。
勿論、二人自身には何も問題は無いのだが。
二人の接点が見えなかったからだ。
尚、“出来ちゃった婚”だった辺り、程昱が勝ったという事なんだろうと圭森は考えている。
まあ、親友の慶事は素直に喜ばしかったが。
次代・後任の育成の為に色々と経験を積ませられる丁度良い機会なので将師の妊娠は構わないのだが。
その将師の中には孫策の様な問題児も居る訳で。
曹操も圭森も偏頭痛を感じていたりする。
それはそうとして。
孫策が言った様に孫権の態度や思考は随分と柔軟で肩の力が抜けている感じになっている。
勿論、圭森との出逢いが大きいのだが。
孫策が圭森の妻となれば、当然の様に営みが有る。
曹操とも一緒だった孫権だが、実姉である孫策との同衾は特別というか、特殊というか…である。
所謂、“姉妹丼”の刺激は弱くはなかった。
姉に見られる事も、姉を見る事も。
孫権の中の何かを打ち壊した訳だ。
その結果、孫権の価値観は変化した。
…まあ、今では姉も恋敵だが。
「…まあ、シャオの子供が女の子だったとしても、炎の許嫁には出来無いでしょうけど…」
「北郷の子供だから?」
「シャオの子供だからです
私と姉様の長男が孫家の正統二家──中央と揚州の孫家を継ぐ事に成ります
シャオの場合、北郷に嫁いでいるので子供が孫姓を名乗る事は当然ですが出来ません
その娘が何方等であろうと孫家に入る事は不必要に繋がりを濃くする事に繋がります
私達や子供達に、そういった意図が無くても周囲は勝手に作り上げますからね」
「成る程ね、何方の家に入っても二家の均衡関係に偏りを生む事になるから駄目な訳ね…
──となると、当分は私と蓮華の血筋も?」
「濃くなり過ぎるのは問題ですからね
私と姉様は姉妹、父親は晶、私達から見て曾孫なら縁談も有りだとは思いますけど…
まあ、政略結婚でなければ孫の代なら…でしょう」
「そうね~…でも、そうなると北郷の子供が私達の子供の結婚相手としては最有力なんじゃない?」
「それは逆に危険なんですよ、姉様…
代を重ねた時──私達の死後、各家を縁談によって結ぼうとした時、同じ血が重なり過ぎますから…
だから、私達が存命の内は可能な限り、違う血筋を入れる事が私達の責任・課題な訳です
……気が重い話ですが…」
「あー………まあ、そうよね~…
何だかんだで、私達は恋愛結婚だものね~…」
自分達は好きな相手と結ばれていながら、子供には恋愛・結婚の自由・選択肢は与えない。
そんな非道を成さない為にも。
そういう相手を早くから探し、見抜き、育て上げ、意図的に切っ掛けを作る。
そんな面倒な事を遣らなくてはならない。
最低でも、跡継ぎとなる長男の分だけは。
──とは言え、孫権も孫策も曹操達も圭森が居る為深刻には考えてはいない。
人心操作──要は思考誘導に関しては数々の実績を残している夫が居るから最悪は無いだろうから。
…まあ、「その苦労する夫を労うのが妻の役目」と言って搾り取っている事には触れないが。
「はぁ~…時代が、社会が移り変わっても面倒事が無くなるって訳じゃあないのよね~…」
「仕方有りませんよ、姉様
それに…その面倒事を背負う事で民を導く事こそが母様が私達に示してくれた意志です
その意志を途切れさせる訳にはいきません」
「…蓮華………立派になったわね、嬉しいわ…」
「そう思うのでしたら、姉様も成長して下さい
大体、孫家の当主であり、揚州の州牧なんですよ?
少しは責任を自覚して言動には配慮して下さい
例え机の前で一日の大半を過ごす事になろうとも、それが民の為であり、姉様の為すべき職務です
それなのに退屈だからと言って仕事を放り出しては街に出向いたり、昼間から酒を飲んだり──」
「──ちょっ!?、待って、蓮華っ!
そういう話は別の機会にしない?
ほら、折角こうして姉妹水入らずなんだし、ね?」
「…………それもそうですね」
「でしょ?」
「──なんて私が言うと思いますか?」
「ううん、ちっとも思わないわ──って、ぁっ…」
売り言葉に買い言葉、誘い文句に乗り文句。
圭森により強化された孫権の話術・演技力は今では周知されている事なのだが。
姉妹だけしかいない事。
どうにかして誤魔化したかった事。
上手く誤魔化せたと思って安堵した事。
それらが上手く填まって、孫策は油断した。
つい、本音が溢れてしまった。
その瞬間、孫権の蟀谷に青筋が浮かんだ。
笑顔なのに、全く目が笑ってはいない。
「ぁ…終わったわ…」と孫策は悟る。
伊達に周瑜や圭森達に説教されなれてはいないし、妹が生まれた時から姉を遣ってはいない。
孫権の沸点位は理解している。
まあ、理解していても遣らかすのが孫策だが。
彼女とて、そんな風に認められても嬉しくはない。
寧ろ、そんな認識を持つなら助けて欲しい所だ。
「今日という今日は姉様の性根を叩き直します」
「あ、あのね、蓮華?、ほら、私達は身重でしょ?
やっぱり子供の事を考えると静かに過ごすべきよ、ね?、そうしましょう?」
「安心して下さい、必要なのは反省の意識です
逃げ回ったりせず、じっとしていて下さい
私が、姉様に、じっくりたっぷりと話しますから」
「………………はぃ…」
孫権の剣幕に「ぁ、これは無理ね…」と白旗。
自分で言った為、大人しく耳を傾ける。
出来れば、耳に蓋をしたい孫策だが。
孫尚香も戦闘不能な状態。
完全に孤立無援なのだから。
己が“戦の天賦”が孫策に告げていた。
「抗えば抗う程に、首を絞める」と。
それ故に、最善策を。