4話
先程までの熱量は見る影も無く落ち込む三人。
当然と言えば当然だが、それ自体が自分勝手な盛り上がりでしかないのだから。
第三者から現実を突き付けられれば、言い訳をする事さえも出来無いのが彼女達の実情。
「何故、御前達の意図している事が判ったのか
それは何も特別ではなく、難しい事でもない
御前達自身が口にしていた通りだからだ」
「…っ………私達が、ですか?」
「そうだ、劉備、御前は言っていたな?
「困っている人達を助けながら旅をしている」と」
「は、はい…」
「その“困っている人達”というのは、自然災害や賊徒の被害を受けている人々の事で…
権力者等による政治的な影響に苦しむ人々の事は、其処には含まれてはいない…違うか?」
「…っ……その通りです…」
「では、何故、この人々を助けられないのか?
その答えは単純、御前達が地方の事だったとしても政治に携われる立場にはないからだ」
『────っ…』
「賊徒等が相手なら、先程の関羽の様な遣り方でも十分に困っている人々を助ける事は出来る
しかし、政治的な要因が伴う場合、その遣り方では助けられたとしても一度限り…
そして、それは自分達の死を覚悟した上での事
御前達には、その覚悟が無い」
「──っ、そ──」
「だから、今もこうして生きている
死にたくはないから何もしない事を選んだが故に」
『──────っっっ!!!!!!』
そう言い切れば、反論しようとした劉備は黙る。
関羽も、張飛でさえ、声を出す事も出来無い。
当然だが、その覚悟が有るなら、既に劉備達は民の為に権力者に立ち向かい、処断されている。
こうして今、此処に生きている事は有り得無い。
そうは為っていない事が、劉備達に覚悟が無い証。
反論等出来る訳が無い、明確な証拠が自らの生存。
「何とも皮肉な話だよな?」と言いたくなる。
流石に、それは口にはしないが。
時に、「一人の為に死ぬより、生きて多くを救う」という様な事を口にする家臣等に主人公が説得され決断を迫られる様な場面がドラマや映画、舞台等で見られる事が有るのだが。
それは「主人公は凄いんですよ!」と。
見る者に対し、強く印象付ける為の演出。
勿論、実際に小を切り、大を救う。
そういう決断を施政者が迫られる事は屡々。
寧ろ、それが無いという方が可笑しい位だ。
その決断に伴う結果を。
背負う覚悟が劉備達には無い。
だから、こういう遣り方を安易に選んでしまう。
ある意味、行き当たりばったりな勢いや感情任せの無責任な煽動者の典型。
その事に気付かないから、劉備は質が悪い。
「劉備、「私達三人だけの力じゃ何も出来無い」と御前は言っていたが…
腐敗している政治は統治者──施政者が変われば、簡単に変わる物なのか?」
「…っ、それは………………正直、判りません…」
「関羽、御前はどうだ?
政治が判り難いなら、賊徒の頭目を殺し、真っ当な人物が残党を纏めたとして、変わると思うか?」
「…………………いいえ…恐らくは、無理です…」
「俺も「絶対に不可能だ」とは言わない
だがな、そう簡単に人は変わりはしない
人が変わるには劇薬と呼ぶに等しい何かが必要だ
それこそ己の生死を分ける様な出来事や、或いは、それ以上に大切な存在を失った時など…
それまでの価値観や思想を木っ端微塵にする様な、抗い様の無い切っ掛けが無ければ難しい
しかしだ、その一方で人が堕ちるのは容易い…
権力・金品・快楽・贅沢・愉悦、そういった事から人は簡単に自分を見失い、何れは固執・執着する
知ってしまったが故に失いたくはないからだ
御前達は賊徒を倒し、人々を助けてきただろう
だが、その賊徒達は何故、悪に身を落とした?
真面目に働く事が馬鹿馬鹿しくて?
賊徒の方が簡単に稼げて気楽だから?
そういった者も中には居るだろうが…
その多くは貧困や飢餓、無職や失職、迫害や冤罪…
要因は様々だろうが、概ね社会問題に帰結する
つまり、御前達が遣っている事は目に付く汚れしか気にしていない、その場凌ぎでしかない
本当に改善しなくては為らない汚れの原因に対し、向き合う覚悟が全く出来てはいない
だから、こんな安直な遣り方を選んだ、違うか?」
『………………』
そう改めて問えば、三人は完全に意気消沈。
関羽は勿論、脳内御花畑な劉備でさえ、反論出来ず項垂れる事しか出来無い。
張飛は……まあ、見た目同様に子供だろうから。
そういう意味では単純な分、こういう時には素直。
勿論、関羽や劉備も決して性悪な訳ではない。
ただ、あまりにも考え方が無責任過ぎる。
その事実を先ずは突き付けなければ始まらない。
「賊徒を討伐する事は必要だ
殆んどの賊徒には情けを掛ける事が悪手、見逃した連中が改心する可能性より、再び人々を害する方が可能性としては圧倒的に高いのだからな
そういう意味では賊徒は排除すべき存在だ
だから、御前達の行いも決して無駄ではない」
そう言えば三人が顔を上げ、俺を見詰めてくる。
縋り付き、頼りにする様な、心細そうで不安気な、一人ぼっちになった迷子の様な眼差し。
ある意味、それは間違いではない。
今、彼女達は人生という道に、志という道に。
しっかりと迷っているのだから。
そんな彼女達に対し──落として上げる。
人心掌握術の基本は、意識・思考の誘導。
それを遣り易いのが、否定と肯定による揺さ振り。
そして、交渉術の初歩は相手に価値を見出ださせ、此処で「この機会を逃せない」と思わせる事。
大事なのは此方等から価値を提示するのではなく、相手が自分の意思で価値に気付く事。
そう思わせる様に、話を運ぶ事だと言える。
これは自分自身が生きる為の駆け引き。
彼女達を利用し、上手く生きていく為。
──その筈なんだけど…一方で苦笑する俺が居る。
「それなら渋りながらも承諾すれば良いだろ」と。
ゲームの展開と似た様な遣り取りで十分。
それなのに、態々、関羽を挑発して誘い、倒して、説教みたいな真似をしているのか。
そんな面倒臭い事を遣る理由なんて、一つだけだ。
はっきりと脳裏に浮かんでくる。
「こういう時代に生まれた以上試してみたいのよ、自分自身が何処まで至れるのかを、ね」と。
不敵な笑みを浮かべて言い切る少女の姿が。
知らず知らず、闘争本能を刺激したからだ。
だから、俺は決めた。
蜀ルート的な展開だろうと、構わない。
これはゲームとは違う、紛れも無い現実だ。
だったら、ゲームでは有り得無かった可能性を。
俺だけにしか紡げない物語を成してみよう、と。
その為に、俺は先ず此処で劉備達を獲る。
それが、俺の物語のプロローグだ。
「賊徒に脅かされる村を一つ救えても、その間にも幾つもの村が犠牲と為っている…
それは当然と言えば当然の事だ
如何に腕に自信が有ろうと、人々を思おうとも…
人一人に出来る事なと、高が知れている
一人よりも二人、二人よりも三人…
人が集まれば出来る事は確かに増えるが、それでも限界は有るし、生じる問題も増える
けれど、それ以上に世の情勢が悪化する方が早く、火が燃え広がる様な現実に御前達は焦った
だが、今の自分達では人も金も集まらない
名声や風評、人を惹き付けるに足る実績が無い
だから、それを手っ取り早く手に入れられる方法、御輿を担ぐ事を選んだんだろ?」
「……………………はい、貴男の言う通りです…
私達の力だけじゃ限界なんだって気付いて…
でも、それでも何とかしないって思って…
そんな時、管輅ちゃんに出会って…」
「天の御遣いが実在するなら協力を得て、実際には居ないとしても天の御遣いが出来るなら、か…
まあ、確かに手段としては有りだろうな
だが、真偽を疑われ、偽者だとバレたら?
御前達は、その者を処分する訳だ?」
「そんなっ!、そんな事、私達は──」
「だが、一つの勢力を得たなら組織上で邪魔になる存在は排除するのが一番簡単で手っ取り早い
御前達が御輿を担ごうとしたのと同様にな」
『────っ!!!!!!』
「関羽、御前は劉備か御輿、何方等か一方しか手を掴み助ける事が出来無いとしたら、何方等を選ぶ?
志を一緒にし歩んで来た劉備か?
それとも自分達の為に利用する御輿か?」
「…っ………………」
「ああ、答えないなら此処で殺す、劉備達もな」
「──っ!?」
睨み付けてくる関羽だが、怖いとは思わない。
はっきり言って、蛇矛が無くても張飛は俺を容易く殺す事が出来、劉備を守れる。
関羽が一言、「私に構わず殺れ!」と叫べば。
張飛は劉備の為に俺を殺せる。
関羽の命令、最後の願い。
そういう免罪符が有るからな。
だが、関羽は言わない──否、言えない。
まだ関羽には覚悟が出来てはいないからだ。
劉備の為に己が全てを捨てられる覚悟が。
「劉備の為になら死ねる」と。
其処までの絶対的な価値を見出ださせてはいない。
それが関羽に恐怖以上に、「無駄死には嫌だ」と。
今死ぬ事を拒絶させている。
「……っ…………………っ…………桃香様です…」
「愛紗ちゃん…」
葛藤の末、関羽は俺から目を逸らして呟いた。
その姿に劉備も漸く自分達の遣ろうとしていた事が如何に身勝手で非人道的な行為なのか理解した。
あまりにも自分勝手な言い分に涙を流しながら。
「ああ、そうだろうな
何しろ、御前達にとっては御輿は自分達が政治的に伸し上がり、権力を得る為の道具に過ぎない
用済みになれば捨てるだけの存在だ
だから、選択を悩む余地など無い
なのに──関羽、御前は何故、躊躇った?
何を下らない事を考えていた?
自分達の為に人一人の人生を利用しようとしていた外道でしかない御前が、何を考えて躊躇った?
それとも今更、「そんなつもりでは…」とか言って自分を正当化する言い訳でも考えていたか?
なあ、俺に教えてくれないか、関羽?」
「…っ…………………っ………~~~~っ……っ…御願いしますっ、もう一思いに殺して下さいっ!」
「愛紗ちゃんっ!?」
「何言ってるのだ、愛紗っ!?」
「私はっ、私は耐えられませんっ!
こんなにも自分が醜い人間だったのかと思うとっ…
今まで何を言っていたのかっ…
如何に自分が薄っぺらく、自分の全てが自分勝手な偽善に覆い尽くされていたのかっ…
それを知ってしまった今っ、生きられませんっ…」
追い詰められ、自暴自棄になった関羽が泣き叫ぶ。
俺が首に押し当てている短剣は退けてはいない。
頭を動かし、自ら首を斬る事は容易い。
しかし、そうはせず、「殺して」と懇願する。
自害する覚悟が無いから、他者に委ねる。
「私は酷い事をしたから、殺されて当然だ」と。
そう遣って自分で自分に赦しを与えようと。
何処までも甘ったれた考えを捨て切れてはいない。
ただまあ、こうなる事は予想していた。
糞が付く生真面目さで、融通の利かない頭の固さ、自分の言動が正しいと信じて疑わない歪な正義感。
だが、実際には関羽は精神的には圧倒的に弱い。
張飛は勿論だが、劉備よりも豆腐メンタル。
俺から見れば打たれ弱さはゲームのキャラクターで最も紙装甲だと言えるのが関羽だった。
それは現実でも見立て違いではなかった。
ただ、それは二人以上に関羽は依存性が強い為。
誰かに依存し、自らの存在意義を与えられたら。
関羽は間違い無く、揺れる事は無くなる。
だから“嫉妬武神”等と呼ばれるのは必然。
彼女は“誰かに必要とされる”事で輝く存在。
それが劉備という歯車と上手く噛み合った。
その結果、ゲームでは劉備に忠誠心を懐いた。
但し、女としての一面が出て来て、劉備から御輿の主人公へと忠誠心の優先順位は移っていた。
その事から考えても関羽にとって必要とされるなら公私共に自分の事を必要とされたい、と。
そういう自己中心的な願望──潜在意識が有る。
それこそが、彼女の本質であり──渇望。
彼女の全ては、その根幹から来ているのだから。




