二十三話
反董卓連合の解散から凡そ一ヶ月後。
孫家内に置ける変化は当事者達も自覚している程、かなり明確に出ていたりする。
それには孫策が南郡の太守と成った事も大きいが、それ以上に朱荒の存在で有る事は否めない。
特に、孫策達自身が受ける影響が、である。
限界という壁を感じていた孫策・孫権は朱荒により更なる高みを示され、導かれる様に成長。
それは黄蓋・甘寧・周泰にも影響し、成長を促す。
また陸遜・呂蒙は知恵という物を学び。
孫尚香は愛嬌こそそのままに落ち着きを見せる。
中でも一番の影響を受けたのは周瑜である。
ただ、それは成長という意味だけではない。
周瑜は周囲に秘密にしていたが、病を患っていた。
それを看破し、孫策達の前で話したのが朱荒。
そして、不治とされた病を治療したのも朱荒。
──とは言え、かなり重症化していた為、周瑜には一ヶ月間の静養が孫策から命じられた。
鍛練の見学はしているが、仕事も確認する程度。
勿論、本人は「今は大事な時期だ」と抵抗するが、全員から「休め」と言われては周瑜も降参。
結果、それが周瑜に余裕を与え、復帰後には本来の能力を存分に振るう下地を作る事となる。
尤も、影響を受けたのは才能の面だけではない。
「──蓮~華っ!」
「──ちょっ!?、姉様っ!、危ないでしょうっ!、いきなり後ろから抱き付かないで下さいっ!」
「はいは~い──で?、昨夜は、どうだったの?」
「──っ!?…な、何がです?」
「またまた惚けちゃって~…
昨夜は一緒に過ごしたんでしょ?、ん?」
「────っ!?」
孫策に抱き付かれ、耳許で囁かれた一言。
その瞬間に孫権の脳裏には昨夜の光景が甦る。
生々しく、未だ鮮明なまま、匂いすら付随する。
その記憶の中で、自身が感じた全てが、甦った。
本能が刺激され、心身の奥に在る火種が燃える。
己が裡に在る朱荒への想いと共に。
──が、同時に生真面目な性格は酷く狼狽える。
何故なら、その朱荒は姉・孫策の想い人である。
それこそ、南郡に移る前から──連合軍解散直後に二人の関係が始まっていた事を知っている。
その上で、自分自身に嘘が吐けなかった孫権。
随分と懊悩したが、勇気を出して朱荒に想いを告げ昨夜結ばれた、という訳だったりする。
だからこそ、孫権は無意識に身を強張らせた。
一方の孫策は妹の反応から大凡の思考を察した。
伊達に長姉はしてはいない。
──と言いたいが、実際には朱荒の影響である。
朱荒と出逢い、結ばれ、導かれる事で、孫策自身は以前よりも視野が広くなっている。
それは同時に甘えという形で疎かに為り勝ちだった孫策に親い者達への意識を高めていた。
だから、孫権が口を開く前に孫策は苦笑する。
「蓮華、私も独占欲は有るわよ?
だけどね、独り占めはしないわ
だから、そんなに気にしなくても大丈夫よ
──って言うか、祭も冥琳も穏も、思春でさえ既に何度も抱かれてるしね~」
「……………………え?」
「────雪蓮様ぁっ!?」
孫策の唐突な暴露に孫権は思考停止する。
──が、孫権以上に動揺したのは甘寧だった。
孫策が絡んで来る前から孫権と一緒に居たのだが、面倒臭そうだったので気配を消していた。
…まあ、然り気無く聞き耳を立ててはいたのだが。
予期せぬ飛び火を受け、反応せざるを得なかった。
「まあ、病み上がりの冥琳は最近だし、穏も余裕が出来たからなんけどね~
因みに、私の次は祭じゃなくて思春だったのよ?」
「なななっ!?──しぇっ、雪蓮様っ!!」
「え~…だって、本当の事じゃない
──と言うか、思春は本気じゃない訳?」
「そんな訳有りませんっ!!
……────っ!!」
孫策の言葉に間髪入れずに即座に否定した甘寧。
其処に余計な思慮など介在せず、純粋な想いのみ。
だからこそ、自分自身の言葉の意味に気付き、顔を真っ赤にして俯くしかなかった。
「あらら~…思春ってば茹で蛸みたいね~…」と。
孫策は甘寧の反応を見て苦笑する。
孫策にとっては甘寧達は家臣であり、妹も同然。
本人には口が裂けても言わないが、黄蓋に対しては姉の様に慕い、甘えている部分も有る。
…まあ、それは親友である周瑜にしても同じだが。
その辺りは二人共に素直に為れない意地が有る。
何だかんだで、自分達を子供扱いするからだが。
それを言うつもりは無いし、仕方の無い事。
だから一人前だと認めさせてから、揶揄い返す。
そう、密かな野望を懐いていたりする。
そんな孫策と甘寧の遣り取りに我に返る孫権。
そして先程の孫策の言葉を思い返し──理解する。
「…姉様、そういう事は訊かないで下さい」
「えー…蓮華は他の人との事に興味無い訳~?」
「──っ、そ、それは………ぁ…」
「────っ!?」
孫策の言葉に孫権は思わず考え──甘寧を見た。
姉である孫策や周瑜達よりも、甘寧の事に無意識に興味を懐いてしまったから。
孫権にとって甘寧は友人であり、一番親い存在。
それだけに、その恋愛事情が気になった。
一方で孫権に見られた甘寧は吃驚。
不意打ちであり、普段の孫権であれば、「軽々しく興味本意で訊く事では有りませんっ!」等と言って孫策に御説教を始める流れだったのだが。
実際には、こうなった訳で。
孫権の視線に身を強張らせるのは仕方の無い事。
「れ、蓮華様…」「ち、違うのよ、思春!」と目で会話している二人を眺める孫策は「若いわね~」と御茶でも飲みたくなってしまう。
流石に放置するのは可哀想なので居る訳だが。
待っていても埒が開かないので二人の肩を抱く。
「朝練が終わったら一緒に御風呂に行きましょう」
「…え~と……何故です、姉様?」
「裸の付き合いって大事よ?
あ、朝は時間が無いから一人一回までよ?」
「そういう事を訊いてるんじゃ有りませんっ!」
「なら、蓮華は不参加?」
「──っ、ふ、不参加も何も私は…」
「いつも通り、思春は参加するわよね?」
「そ、それは………はぃ…」
「思春っ!?」
「申し訳有りません、蓮華…
私も自分の想いに嘘は吐けません」
「──だって~、どうする~?、蓮~華~?」
「…くっ……………~~っ……私も参加します…」
ニヤニヤと訊く孫策を睨み付けながらも、甘寧まで自分に素直に為っているという現実を前にして。
孫権は「私は参加なんてしません!」と言う意地を張って逃げる真似は出来無かった。
──と言うか、一人だけ仲間外れにされるみたいで嫌だったし、素直に朱荒と致したかった。
そんな二人と「人間、素直が一番よね~」と笑顔で肩を組ながら歩いて行く孫策。
ある意味、彼女こそが勝者だと言えるだろう。
因みに、この一件を機に孫権は吹っ切れる。
「姉への遠慮?、要らないわよ」と言う様に。
自分に素直に、より積極的に。
血を争えぬ二匹の虎が戯れ合いながら愛を育む。
そんなこんなで、洛陽での決戦から早三ヶ月という時が流れようとしていた。
漢王朝が事実上倒れた今、実質的な群雄割拠の世に為ってはいるのだが。
現実問題、まだ目立った動きは無かった。
そんな中、真っ先に動きを見せたのは袁紹だった。
北──背後を脅かす可能性の有る公孫賛を攻めた。
宣戦布告の使者が公孫賛の下へと到着する頃合いを見計らって越境し、一気に進軍。
形式上は宣戦布告後では有ったが、無いにも等しい不意打ちにより公孫賛軍は後手に回った。
趙雲に華雄という稀有な軍将を有し、地の利も有る公孫賛が簡単には敗れはしないだろう。
──そう、袁紹が動いた情報を聞いた者達は思い、勝敗の行方に話題を持って行った。
しかし、その予想は容易く覆されてしまう。
あっさりとし過ぎている程、袁紹が幽州を取った。
その勢いは衰える事無く、并州・青州を手中に。
抗う者など見当たらず、河北四州を手にした。
そんな袁紹の快進撃に触発されたのが袁術。
元々袁家の主筋──正統争いで対立している二人の仲は当事者よりも家臣団の方が険悪。
その為、袁術は唆されて領地を拡大する為に動く。
──揚州北部を手中にしようと。
──所が、その動きは表に出る前に潰えてしまう。
「ななな何をするのじゃっ、孫策っ!!
大恩有る妾を裏切るつもりかっ?!」
「大恩、ねぇ~…具体的には?」
「ぐ、具体的に?……………な、七乃っ!」
「ええっ!?、此処で私ですかっ?!」
「そうじゃっ!、孫策に教えて遣るのじゃっ!
ババーンッ!、と言って遣るのじゃっ!」
「え、えーと、ですねー…」
「ああ、知ってると思うけど、私、気が短いから
あと、嘘吐きって大嫌いなねよね~」
「ヒィゥッ!?、済みません!、御嬢様っ!
孫策さんに御嬢様への大恩なんて有りません!
寧ろ恨まれて当然です!、それしか有りません!」
「何じゃとーっ!?、どういう事じゃ七乃っ?!」
「だってだってー、仕方無かったんですよーっ!
劉表さんを恨んでるから「丁度良いかなー」って、軽ーい気持ちだったんです!
ちょっとした出来心だったんですよーっ!」
「ふーん…出来心、ねぇー…そうなんだー…」
「そーなんですよ!、出来心なんです!」
「それじゃ、私も出来心で貴女の首を刎ねるわね」
「済みません!、本っ当ーに済みませんっ!
物凄く「あ、これってば使えますねー」って思って御嬢様を唆して孫策さん達を抱き込みました!」
「七乃っ!?」
「──って訳だから、覚悟は良いかしら?」
「ヒィイイィッ!?、ママまままま待つのじゃっ!」
「今更何を待つのよ?」
「御主、「嘘吐きは大嫌い」と言っておったなっ?!
ならば!、何度も妾に「この御恩は忘れません」と申して居ったではないかっ!
アレは嘘じゃったのかっ!」
「流石です!、御嬢様っ!
そうですよーっ!、確かに言ってましたよっ!
私も何度も聞いてましたからねーっ!!」
「ええ、そうね、確かに言ってたわね」
「フフン!、ならば、この所業は何事じゃ?」
「そうですよー?、何事ですかー?」
「だから、こうしてるんじゃないの?」
「「……………………………………………え?」」
「ああ、勘違いしてるみたいだけど…
私が言ってたのは恩義の“恩”じゃないわよ
怨念の“怨”の方よ、だから、間違って無いわ」
「…えー…つまり、「この御怨は」って訳で…」
「言い換えるなら、この御怨は、って事ね」
「あ、あは、あははは……………御嬢様、長い間、御世話に為りました、成仏して下さいね?」
「七乃ーっ!?」
「大丈夫ですよー、ちゃーんと弔いますから
あ、御供えは蜂蜜水で良いですよね?」
「妾を見捨てるつもりかっ?!」
「だってー、それが主君の務めですから…ね?」
「はぁうっ!?、じゃ、じゃがっ、妾はっ…」
「大丈夫ですよ、孫策さんの腕前なら一瞬です
痛みを感じる暇すら有りませんから──」
「──って、感じでね」
「七乃おぉおおぉーーーっっ!!!!!!」
「それじゃ、おやすみなさい、袁術」
──と、恐怖に染まった袁術の首に一撃。
それっぽく装飾して見せた木刀でね。
だから、二人共、死んでなんかいないわよ。
…本当は殺して遣りたかったけど。
こうして、実際に追い詰めてみると判るわね。
結局、この二人は御輿なんだって事が。
「…で、貴男は最初から判ってたって訳ね」
「それは単純に立場の違いが故にだ
御前達とて客観的に見たなら、そう思う筈だ」
「………はぁぁ~…まあ、そうでしょうね~…
私達自身、遣り方次第では袁術を上手く担ぎ上げて袁家の実権を握れたでしょうしね」
「物事というのは得てして単純なものだからな」
「…まあいいわ、取り敢えず、独立は出来たしね」
要は、自分の事は自分が一番見え難い、って事ね。
袁術と張勲の事も殺す気が失せたしね~。
それに下手に追放するより、きっちり管理した方が良いっていうのも納得出来たわ。
放って置いた方が危なっかしいもの。




