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別冊†恋姫  作者: 桜惡夢
朱に交わば、赫く染む。
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十二話


 本陣となる天幕に場所を移し、話し合う事に。

劉備を始め、関羽・張飛・諸葛亮・鳳統に朱荒。

更に、八名の部隊長が簡易の椅子に座る。

事の原因──問題の人物“天の御遣い”北郷一刀は居心地が悪そうにしていた。


劉備達を黙らせた上で、北郷から一通りの経緯等を聞いた事で彼が置かれている状況に対し、他に選ぶ選択肢が無かった事は理解出来た。

ただ、それはそれ、これはこれである。



「…それでは玄徳様は、彼を主君にしたいと?」


「うん!、私達には御主人様(・・・・)の力が必要だもん!

御主人様が協力してくれれば有力者からの援助とか期待出来る事も多いでしょ?」


「…はぁ~……それを本人の前で言いますか…」


「………ぁ…」


「あ、いや、別に構いませんから

俺に出来る事なら何でも遣らせて貰います

劉備さん達に助けて貰えなかったら、“黄巾党”に襲われてしんでたかもしれないんで…」



関羽は劉備の言葉に呆れながらも、北郷の謙虚さと自身の立場を理解している点は評価する。

だからと言って主君としては認められない。

はっきり言って、そうする理由が無いからだ。


確かに天の御遣いという存在の利用価値は高い。

その真偽は証明しようが無い為、無視するとして。

劉備の言った様に──諸葛亮の入れ知恵だろうが、決して的外れではない為、頷けなくはない。

──とは言え、急に主君にする事には反対だ。

少なくとも、彼が此方等の事を知らないのならば、主君という立場に為った際、その言動が燈炎士団の命運を左右する可能性が高い。

それは援助等の獲得ではなく、害悪の面でだ。


その事を関羽は指摘し、鳳統も同意する。

部隊長達も二人の意見に賛同している状況。

劉備と諸葛亮は理解しながらも、諦め切れない。

そんな中、諸葛亮が朱荒に意見を求める。



「……士清さんは、どう思いますか?」


「…現時点での彼に対する印象は悪く有りません」


「──っ!、だよね?、そうだよねっ?!」


「ですが、雲長達の言う様に時期尚早です

天の御遣いという存在が燈炎士団の後押しになる

その可能性を否定は致しません

ただ、現在まで燈炎士団が遣って来れた要因とは、偏に全員の意志が一つであり、互いを支え合っての一致団結が有ればこそです

其処に天の御遣いという異物(・・)が混ざる…

良し悪しの可能性は五分でしょうが…

少なくとも拒絶する意識が強い事は確かです」


「…そ、それは…………で、でも!」


「それに、燈炎士団は玄徳様、貴女の御意志の下に集まった者達により、構成されています

ですから、如何に彼が噂の天の御遣いであろうとも皆が納得して受け入れる事は難しいでしょう

先ずは団の見習いから始め、皆と接しながら人柄を理解し合う事から時間を掛けて行うべきです」


「士清殿の言う通りです

別に彼を見捨てる訳では有りませんので」


「焦らず、先ずは信頼を得る事が重要かと…」


「……桃香様…」



朱荒の言葉に関羽・鳳統、部隊長達が同意した事で諸葛亮も冷静さを取り戻したのだろう。

劉備を「仕方が有りませんよ」という眼差しを向け言外に説得する意思を見せた。


問題が決着しそうな中、予想外の事が起こる。



「……………私の意志が燈炎士団の根幹だったら、私は御主人様を主君とする事が私の意志だよ

だから、御主人様に燈炎士団を任せます」


「玄徳様っ!!──っ!?」



駄々を捏ねる子供の様な劉備の発言。

それに真っ先に反応したのは、劉備を最初に主君と認めて支えてきた関羽だった。

劉備を窘め様とする──が朱荒の腕が止める。



「…玄徳様、御自身の言動に伴う御覚悟と御責任、その重さと必要性は御理解されていますね?」


「っ、も、勿論です」


「では、改めて御確認させて頂きます

北郷殿を燈炎士団の主とする

それが貴女の御意志であり、御命令(・・・)ですね?」


「そ、そうです、私の決定で、命令です」



朱荒の眼力に気圧されながらも意地で答える劉備。

その要らない意地を見ながら関羽達は胸騒ぎを覚え沸き上がる不安に心を揺らしていた。

それが杞憂であって欲しい。

そう思いながら。



「…判りました」


「本当っ?!、それじゃあ──」


「──それでは、私は現時点を以て、貴女の下から御暇させて頂く事にします

今日まで御世話に為りました

これからの御武運と御活躍を祈っております」


「士清殿っ!?」


「そんなっ!?、待って下さいっ!」


「劉備様っ!、何卒御再考をっ!!」



椅子を立ち、一礼をして背を向ける朱荒。

振り返る事も、立ち止まる事も無く、天幕を出る。

その背中を茫然自失で見詰めていた劉備。

突然の事に戸惑う関羽達だが、原因は明白。

兎に角、劉備に考えを改めさせ様とする。


関羽に激しく揺すられた事で、停止していた思考が再び働き始め、掛けられる言葉で我に返る。

天幕を飛び出し、朱荒を追い掛け──叫ぶ。


朱荒は足を止めると、ゆっくりと振り返る。

劉備は朱荒に駆け寄り──しかし、足を止める。

朱荒の厳しい眼差しが、それ以上の接近を拒む。



「…どうして?、どうして出て行くのっ?!」


「御判りになりませんか?」


「……私が御主人様を主にするって言ったから…」


「それは過程でしか有りません」


「………………ぇ?」


「玄徳様、燈炎士団の皆が主君とするのは貴女です

ですが、皆が貴女に天の御遣いの様な存在であれと望んだ事が一度でも有りましたか?」


「それは…………無いです」


「ええ、その様な事は一切有りません

どうしてなのか、御判りになりますか?」


「…………」



朱荒の問いに劉備は一所懸命に考えるも、俯いて、静かに首を横に振った。

はっきり言って、そんな事を考えた事が無い。

何より、気にした事も無かったのが劉備の本音。

だから、こうして訊かれても答えられなかった。


そんな俯いている劉備の頭を朱荒は優しく撫でる。

二人きりの時、そうしている横に。

朱荒は劉備を促す様に、温もりで導く。


顔を上げた劉備は朱荒を真っ直ぐに見詰める。

心中に渦巻いていた不安や葛藤が薄れ去る。

それを見計らって、朱荒は続きを口にする。



「それは皆が、一人一人が、貴女を見てきたから

貴女が、一人一人と向き合っているからです

だから、皆、貴女を尊敬し、信頼し、支えます

天の御遣い等という肩書きなど必要は有りません

貴女の意志こそが皆が信じる唯一無二の(みち)です

天の御遣いに利用価値は有るでしょう

しかし、だからと言って尊敬や信頼は別物です

貴女が何を思い、拘るのかは判りませんが…

それは燈炎士団の皆の信頼に勝る物ですか?」


「…ううん、それは比べるまでもないよ

皆が居るから、私は頑張れるんだから」


「ええ、そうです、そして、それは皆も同じです

貴女が主君だから、信じて命を預けられます

天の御遣い等という不確かな存在ではなく、貴女を慕い、信頼し、共に歩んでいるのです」


「…御免なさい、私、何も見えてなくて…」


「それはそれで貴女の魅力でも有ります

ただ指摘しても意味は有りません

それを本当に理解が出来る、その時でなければ」


「うん、そうだね…有難うね、士清さん」


「私からの最後の忠義だと思って下さい」


「………………ぇ?、し、士清さん?」


「先程の言動は貴女を試す物では有りません

あれは私の本当の決断です、私は去ります」


「そんな──っ!?」


桃香様(・・・)、貴女の理想は尊い

ですが、それに対して貴女自身の覚悟は甘い

優しさとは甘さでは有りません

時には判っていても切り捨てる(・・・・・)決断が必要です

その時、貴女が迷うので有れば、今、貴女が懐いた想いを思い出してみて下さい

きっと、一つの判断材料になる筈です」


「…でも…でもっ、私はっ!」


「貴女は多くの命を背負っています

それが貴女の意志に伴う責任です

それ故に、その決断は皆の命運を左右します

その事を、どうか御忘れ無き様、御願い致します」


「────っ…………っ……はい……は、ぃっ…」



朱荒の言葉に劉備は涙を流す。

けれど、俯く事はせず、真っ直ぐに見詰めて。

朱荒が示してくれた自らの在るべき姿勢を心に刻み込みながら、その決意を言葉にする。


そんな劉備に笑みを返し、朱荒は劉備を抱き寄せて優しく抱き締める。

人目も憚らず、涙を流す劉備。

その姿を、二人の遣り取りを見て。

燈炎士団は結束を更に固める。



「引き継ぎも有りますし、後三日だけ留まります

しかし、私の答えは変わる事は有りません

もし、貴女が再び私の信頼を得たいと望むのなら、自らの言動の結果を背負い、歩み、その先に結果を以て私に示して見せて下さい」



そう言って劉備を激励する朱荒。

涙を拭った劉備は力強く朱荒に頷き返す。

口先だけでも、感情だけでもなく、しっかりと。

自らが結果を以て、示して見せると誓って。




 それからの三日間というのは短くも濃密で。

誰もが朱荒様との時間を望み、限られた中で多くを学びながら、感謝を伝えた。

桃香様も、朱里も、雛里も、勿論、私も。

沢山沢山、溢れる程に愛を注いで頂きました。


その朱荒様の見送りは私一人だけです。

黄巾党の手前、派手には動けませんから。

馬を一頭出して少し離れた場所に送ります。

馬を贈る事は朱荒様が断られましたので。

…まあ、その御陰で最後は独り占め出来ましたから私としては役得だったと言えるでしょう。



「………本当に行かれるのですか?」


「桃香様には悪いが、他者の存在を意識した程度で意志が揺らぐ者には従えない

真に民を導く事など出来る訳が無いからな

決断を下す事が主君の務めであり、責任だ

だが、周囲の意見に耳を傾ける事無く、己の意思をただただ貫こうとするのは暴君の所業…

それを理解して貰うには、荒療治(・・・)も必要だ」


「それは……まあ、そうかもしれませんね」



桃香様は優しい御方だが、甘過ぎる。

この乱世では理想を実現するのは至難でしょう。

ただ、それを判っていても懸けてみたくなる。

そんな魅力が桃香様には有りますから。


だから、朱荒様の意図は理解が出来ます。

……個人的な感情は別としても。



「……やはり、貴男は「一緒に来い」とは言っては下さらないのですね」


「言ったとして、桃香様を切り捨てられるか?」


「………ええ、判っています、無理な事は…」



揶揄っている訳では有りませんが。

本当に意地悪な御方だと思います。

桃香様の事を理解されて、そうした様に。

私の事も理解された上で、こうしているのだから。


ただ、一人の女としては、言って貰いたい訳で。

でも、その辺りを上手く流されるから、狡い。

尤も、私にも意地が有りますから言いませんが。



「…所で、北郷の事ですが…大丈夫でしょうか?」


「なら、何かしらの意図が有る様に見えたか?」


「いいえ、そういった余裕は無さそうですね」


「実際、彼は生きる為に必死なのだろう

その言葉を証明する術が無い以上、己の言動により信頼を得なくてはならないからな

天の御遣いという肩書きより、下っ端の雑用係りの方が建設的だと理解出来ているんだ

危険な思想や野心は無いだろう」



そう、あの後、桃香様は発言を撤回された。

北郷は天の御遣いという担ぎ易い御輿ではなくて、見習いの雑用係りとして入団する事に。

北郷自身、それを否も無く受け入れた。

寧ろ、安堵している様にも見えた位だった。

つまり、桃香様と朱里が暴走していた訳で。

彼は選択の余地が無い身だっただけ。


その後、別れを惜しむ事は無く。

朱荒様は背を向けて、歩き去って行かれる。


その背中を見詰めながら、私は静かに誓う。

何故、桃香様を主君とするのか。

何故、朱荒様ではなかったのか。

それは、自らの甘えを叩き直し、並び立つ為に。

桃香様という一人では立てない主君を支える事で、私自身が成長する為の階段として。

桃香様に仕える事を選んだ。


今はまだ、貴男の隣には立てませんが。

ですが必ず、此の掌に貴男を。




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