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祭の日は手を繋ぎ

作者: tomato

 人がひしめく縁日の通りを、まだ幼いカナは人波に押し流されそうになりながら歩いていた。

「頑張って、カナ!」

 繋いだ手が離れそうになる度に、先を行く姉・タエの声が聞こえてくる。

 タエとカナは3つ違い。タエもまた、人波に押し流されないように進むことで精一杯。カナを助ける余裕などない。

 カナは繋がれた手こそが唯一の生命線であるかのように力いっぱい握り返し、足を進めた。

 何とか縁日の通りから外れ、ようやく2人は落ち着くことができた。

 一つ通りを違えただけで、一気に夜の静けさが押し寄せる。

 かすかに届く、縁日のにぎやかな声、祭囃子の軽快な響きを聞きながらカナは今日のことを思い返した。

 今日は朝から楽しそうに祭に行く支度をしていた母親は、2人の娘にも真新しい浴衣をこさえてくれていた。

 2人は大喜びではしゃぎまわった。カナなんかは朝からずっと祭にはいつ行くのかと聞いては、まだだと諭され、それでも間をおかずに同じ質問を何度もするものだから、しまいには怒られてしまった。

 それでも最近ふさぎがちだった母親の明るい様子を見れたこともあって、その心はずっと浮き立っていた。

 祭に来てもそれは変わらず、タエを連れ回して金魚すくいだ、綿菓子だと、興奮して歩きまわっている内に、いつの間にか母親とはぐれてしまった。

「大丈夫?足をふまれたりしなかった?」

 きれいな浴衣もすっかり着崩れてしまっているカナの様子を見やってタエは尋ねた。

「うん。それは大丈夫……お母さん、どこかな?会えなかったらどうしよう?」

 カナの呟きに、カナの浴衣の着崩れを直してやっていたタエは一瞬泣く寸前の顔をしたが、カナと目が合うとその表情はすぐに消えた。

「大丈夫。ちゃんと、会えるから」

 タエの力強い言葉に励まされ、カナは顔を上げた。

「さ、落ち着いた?また戻るよ?お母さん、きっと心配しているから」

「うん!」

 2人は互いの手をぎゅっと握って、賑やかな通りへと戻って行った。


「お母さん、どこだろう?」

 タエは極力人ごみを避けつつ、カナを連れて通りを歩いた。

 今度はカナにも、母親を探しながら歩く余裕はある。

 2人がきょろきょろと首を振りながら道を歩いているところに、タエが大きな声を上げた。

「カナ、見て!」

 人と人の隙間から、見覚えのある横顔を垣間見た。

「……お父さん?」

 けれど、すぐに人波の中に消えてしまった。

 2人は手を繋いだまま、どちらからともなく走り出した。

 履きなれぬ下駄は走り辛く、また人波にも押しつぶされそうになりながら、2人は懸命に走った。

 やがて、人の波が途切れた。父親の姿はどこにもない。

 しかし、そこに彼女たちがずっと探していた母親の姿があった。

「お母さん!」

「もう、突然いなくなるんだもの。心配するでしょ!」

 怒りながら、けれどもその両腕は優しく2人を包み込んだ。

 優しい香りに包まれて、カナはやっと安堵した。

 タエと繋いだ手を離し、母親にすがりつく。

 一方のタエは、大声で泣き始めた。

 カナはビックリした。

 タエは強情っぱりで、人前で泣くことを嫌う。そのタエが人目も憚らず泣き始めたのだ。

 母親は浴衣が汚れるのも気にせず膝を地面につけてタエを抱きしめ、落ち着かせるように手でタエの背中を優しくなでた。

「どうしたの?はぐれてしまって怖かった?」

 その問いにタエは答えなかった。そのかわり、泣きじゃくりながら母親に「ごめんなさい」と謝った。


 その後、母は休憩所に2人を連れて行き、空いているところに座らせた。絶対にここから離れないよう強く言って、走り回って疲れた娘たちのために氷菓子を買いに行った。

 タエは、もう随分落ち着いていた。けれど、赤くなった目は先ほどまで泣いていたことを告げており、カナは声をかけにくくて、浮いた足をブラブラさせていた。

「私たちが見たの、お父さんだったよね?」

 しばらく黙っていたタエはカナに尋ねた。

「うん」

 カナは力強く頷いた。一瞬だけだったが、確かにはっきりと見たのだ。

「そうよね……」

 それからまた、タエは黙った。

 どうしたのだろうと思わないでもなかったが、カナもなんとなく黙っていた。

 やがてタエは膝の上に両手を組んで、喋りだした。

「前にね、おばあちゃんが教えてくれたの。この時期は、いつもお空で見守ってくれている人達が帰ってくるんだって。難しいことはよくわからないけど、きっとお父さんも帰ってきているんだね」

 カナにはタエの言っていることがよくわからなかった。だから、わかった部分だけとらえて尋ねた。

「それじゃ、お父さんはここにいるの?」

「近くにいるよ」

「でも、ここにいないってことはお父さんも迷子になっているのかな?」

「ううん、違うよ。お父さんは迷子にならないよ」

 俯いていた顔を上げると、その顔はにっこり笑っていた。

「お父さんを追いかけたら、お母さんに会えたでしょ?お父さんの帰る場所は、きっと今でもお母さんのいるところなんだね」

「?」

「つまり、お父さんはお母さんのいるところにいるってこと。でもいつもはお母さんにも私にもカナにも見えないの。きっと私たちが困っていたから、特別にちょっとだけ姿を見せてくれたのよ」

 そこでお母さんが帰って来て、その話はそこで終わりになった。

 結局、カナにはタエの言っていることがよくわからなかった。ただ、母親のそばに父親がいるのだということはわかった。タエは見えないといっていたが、ひょっとしたらと思い、注意深く母親の周りを見つめていたが、最後は諦めた。

 母親はそんなカナを終始不思議そうに見ていた。


 帰り道は、母親を真ん中にして手をつないで帰った。

 田んぼからは蛙の鳴き声が聞こえてくる。

「明日は雨が降るのかな」

 たわいもないことを喋り、月が照らす道をのんびり歩く。

 昨年までタエとカナを真ん中に4人で手を繋いで歩いた、帰り道。

 カナは母親を見上げた。

『お父さんはお母さんのいるところにいるよ』

 タエの言葉が蘇る。

「なあに?」

 カナの視線を受け、母親は尋ねた。カナは言った。

「また、皆でお祭に行こうね」

「ええ、そうしましょう」

 そして皆で手を繋いで帰ろうね。

 最後の願いは口にせず、カナは家に帰るまで空いている方の手をぎゅっと握り締めていた。

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