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あらすじ必読な突発短編

自業自得

作者:

「え、やだ」


 宰相達の口上を聞いた茶髪茶瞳の女性、ナツは軽い言葉で一刀両断にした。


「というか、良く顔を出せたね。厚顔無恥ってこういう事?」


「まさしくその通りです」


 呆れと蔑みを込めた眼差しを宰相達に向けた女性は、宰相のすぐ後ろに控えている青年とよく似た面差しをしている。

 銀髪緑瞳の美貌の女性を見て、青年は忌々しげに表情をゆがめる。


「そもそも、態度がなってない。なに人を見下してるの?」


 バカに仕切った眼差しでナツは座ったまま頬杖をつく。

 宰相達は立ったまま、ナツを見下ろした状態で口上を述べていた。それは嘆願ではなく、命令のように聞こえる。というか、言い方も命令に近かった。


「あんた達は、あたしに王位についてほしいって言いに来たんだよね? 頼みに来たんだよね? 先王の遺言を無視し、王命に反旗を翻して、あたしを排除してアレを王位につけたあんた達が、あたしに。その辺、理解してるんだったら、頭ぐらい下げなよ」


 悠然と足を組むナツは偉そうだが、現時点、ナツの方が上位にいる。

 そもそも、ナツは辺境に押し込まれたとはいえ、その身分は王族のままだ。まだ子のいない(というか愛人は多数いるが伴侶がいないので子がいたら大問題)女王に何かあれば、ナツが自動的に王位につく。継承権は保険としてそのままに押し込められたので、現状、第一王位継承者なのだ。


 苛立たしげに睨みつけてくる宰相達に、ナツは呆れすら浮かべるのを辞めて冷ややかな眼差しを向ける。


「…5年前、あたしが王位につくのを反対したのはあんた達だ。国民に事実と嘘を織り交ぜた情報を流してあたしを排斥するように動かしたのも。結果、あんた達は国民を味方につけて先王の意思を踏みにじった。その時点で、あんた達は立派な反逆者なんだよ。気付いていなかったみたいだけど。気付いていた数人はあんた達に意見してたでしょ? 力づくで排斥するか支離滅裂な罪状で投獄したり追放したりして、それに失望した一部の人間が離れていった。で、残ったのは媚びへつらうしか能のない害虫ばかり。招いたのは自分達の癖に、正義感を振りかざして排除に乗り出し、揚句に国政が機能しないほどに少なくなった人手をこっちのせいにするとか、バカなの? ちゃんと見てる人達が、ここに逃げ込んできただけだってのに、いい迷惑だね」


 口を挟ませない長広舌に、宰相達は頬をひきつらせる。


 宰相達の中で、ナツは5年前のままだった。

 出来が悪く、不器用で、平凡で、要領も悪い、王位に怯えてすくんだ無力で無能な小娘、と。

 だが、今、目の前にいるのは悠然と椅子に腰かけて宰相達を見上げ、冷ややかな眼差しを皮肉気な嘲笑を浮かべている。その小柄な痩躯から発せられるのは、言いしれない威圧感と貫録。


 当年20歳のうら若き女性であるナツに、完全に威圧されていた。それを認めたくないのか、居丈高に宰相は上から口を開く。


「王族であるならば、国の為に身を捧げるのが義務でありましょう。民の懇願に耳を貸さないなどと…」


「ひとまず、それはアレに言いなよ。玉座にありながら、その重みも理解できず好みの男にホイホイと股を開いて愛人を増やし、贅を尽くして貪り、欲しい物は財力と権力に物を言わせて自分の物にして恨みを買いまくっているのに全く気付かず、気に入らないことがあると喚き散らすあの悪女に。ついでに言っておくと、あたしは話が通じない相手の言葉を吟味するほど暇じゃない。よって、あんた達の話に耳を貸すのは時間の無駄。ここまで相手してあげたんだから、感謝してね。で、とっとと帰って」


 手を二度打ち鳴らすと、扉から兵が入ってくる。

 宰相達の肩に手をかけ、追い出そうとする。


「無礼なっ! 私は宰相コールマン公爵だぞ!」


「そう。あたしは王族だけどね」


 貴族の最上位であろうと、王族よりは下である。現時点、最高位はナツだ。

 ナツの命令こそ至上。そうでなくとも、この領地の民はナツに忠誠を誓っている。

 わずか5年。

 それで心からの忠誠を得られるだけの努力をナツは重ねて来た。逆に、同じ年月でユイは欲望を貫いて憎悪だけを積み重ねて来た。

 今となっては、どちらに君主としての器があったのか、明白である。


「多分、会うのはこれが最後だろうから言っておいてあげる。宰相コールマン公爵」


 ナツの一瞥を受けて兵はひとまず手をどかして動きを止める。


「あんたは、あたしの味方をして友人になってくれた娘であるニィナを籍から外して捨てたよね。それでもあたしの側にいてくれて、ここに追いやられるときにもついてきてくれた。今では、内政を一手に担ってる幹部でうちの頭脳そのものだよ」


 銀髪緑瞳の女性、ニィナは嬉しそうに微笑み、宰相と後ろの青年は驚愕したように瞳を見開いた。


「双子だっていうのに随分な差だね? ハヤト」


 皮肉たっぷりな問いかけに青年、ハヤトは悔しそうに歯噛みする。

 ユイの王配候補筆頭として名を連ねていたハヤトだが、今では、愛人の一人でしかない。平民出身の騎士にお株を奪われ、現在では寵愛はほとんどない。


「先王の遺志を無視するって決めたあんた達に意見して、罷免されたツヨシ将軍とその息子のタケシがあたしについてきたのは自業自得でしょ? 結果、彼らを慕う多くの軍人や下級騎士が続々と辞めてここまで流れてきて、戦力の大幅な低下、人員不足が起こったよね。今では、タケシはうちの大将軍でツヨシは教育係を務める元帥で、大切な剣と盾だ。あんた達のバカのおかげで、こっちは治安改善と防衛に対する実力を持つ人材が来たから、多少は感謝しなくもないかな」


 怒りと忌々しさを宿した瞳でナツを睨むのは、肥え太った髭面の男。それを一瞥して鼻で笑ってから、ナツは中でも一番よく見知った男にひたりと視線を据える。


「…母は愛らしい人だったそうだけど、あたしにとっては父以上に希薄な人だ。生まれてまもなく亡くなっているから当然だけど。それをあたしのせいだと罵って、虐げて、結果的に父に叩き出されておきながら、父が亡くなったら後見人として堂々と出てきてまた罵って見下して無茶を押し付けて虐げておきながら、あたしが無能だなんだと言って嘆いて周囲の同情を買おうとする腐った性根は、何とも言えず醜悪でしたよ? 伯父上様?」


 ナツと同じく茶髪茶瞳の中々に男前な男、ハルオが忌々しげに睨みつけてくるがナツの表情は変わらない。


「妹である母上を可愛がっておられたのは分かりますとも。体が弱かったのですから、過保護になるのもわかります。出産が大きな負担で命の危険があるのもお分かりでいらっしゃったでしょう。なのに、あたしを生んだのは母上の確固たる意志ゆえであったと父上から伺っております。母上はあたしの誕生を待ちわびて、生まれてからは幸せにあれと祈っていたのだと。それなのに、あんたは母上が死んだのはあたしのせいだと言い張って虐げていましたね。たかが伯爵であるあんたが、王族である父上の娘で王位継承権を持つあたしを。そんなんだから、奥方と令嬢に見放されるんですよ。今、どこにいるか分かってます? 分かってるでしょうね。ここにいますよ。二人はあたしの味方でしたから」


 ハルオの表情がいびつなものに変わるが、ナツもニィナも表情は変わらない。


「あんた達は、あたしが王位に怯えたのが気に入らなかったんだよね? 自分でも臆病だと思うよ。でも、それをこう評してくれた人がいた。…民の未来を背負うことに恐れを抱くことの何が悪い、と」


 意味が分からない、という表情をする宰相達にナツは告げる。


「玉座はただの椅子じゃない。玉座とはすなわち、国であり民の命であり民の未来の象徴。それを守る者こそが王。だからこそ、あたしは―――いや、私は王位に恐れを抱いた。私に数万の民の命を背負うことはできないとそう感じたから。私の様に弱い者ではユイ殿とは別の意味で国を疲弊させていた事でしょう。貴方方の判断は、ある意味で正しかったのでしょうね。…さぁ、お戻りなさい。国政の頭脳たる宰相殿。貴方は、玉座に次ぐ重荷を背負う責務があるのです。王族としての責務を果たすほどの強さも覚悟もない惰弱者に関わっているよりも、成すべきことがあるはずです」


 かつて、王宮にあった頃の言葉遣いに戻ったナツは、そこだけ真摯に真っ直ぐに告げる。

 彼らの為ではなく、国民の為に。


「賢王たる先王に反逆してまで据えた王と、最後まで道を一緒になさい。それが、貴方方に出来る唯一の選択であり覚悟です。……5年前の選択の結果が、今なのです。責任ぐらい、しっかりと取りなさい」


 一拍。


「…連れていけ」


「はっ」


 現在に戻ったナツの命令に、兵達は即座に動く。

 何も言えず、動くことすらできなくなった宰相達はなされるがままに引きずられていく。


「ニィナ。物資はどの程度?」


「ある程度は自給できますので最低限の制限で、おそらく5年は持ちます」


「十分だね」


「はい。乱がおこっても、終息まで十分な時間でしょう」


「うん。ニィナ、タケシに連絡。アレらが領外に出次第、関所と街道を閉鎖。出る者に関しては今後の保証はしないことを告げて出してあげてもいいけど、入る者はこちらに戸籍がない者は絶対に通さないで。戸籍があっても、十分に吟味するように」


「かしこまりました」


「……5年かけて築いたもの、アイツらなんかに壊されてたまるか」


 責任も取らずに逃げようとしたバカ共を追い帰して、ナツは遠からず訪れる混乱の前に打てる手を打つ為に動き出した。



※※※



「バカ発言してきてからもう2年。収束は早かったね。まぁ、当然か」


「…とっとと追い返しやがって。こっちの準備が終わってたからよかったものの…」


「しょうがないじゃない。ナツにとって、アイツらは病原菌みたいなものなんだから」


「いやなのはしょうがねぇけどな」


「そうそう。それより、アイツら、最後までナツに恨み言言ってたんだって?」


「ハヤトとハルオが、だ。宰相と秘書はさすがに理解してたみてぇだぞ」


「ふぅん。まぁ、それもわかんないぐらいだったら、宰相なんてやってられないよね」


「…最後まで、王族としての責務とか言ってやがったが、あいつらこそ貴族としての臣下としての責務を知らず覚悟もなかったのにな」


「恥知らずどもだからね。まぁ、確かに、王族としての責務は放棄したけどね。でも、すでにナツは数千の民の命を背負って立つ領主としての責務がある。それを放り出すわけにはいかないからね」


「良く言うぜ。あいつらを放り出したら、徹底的に領地を閉ざして知らぬ存ぜぬを通しやがった癖に」


「領地領民を予見できる災厄から守っただけだよ。国政からナツをたたき出したのはアイツらなんだから、文句を言われる筋合いはないね」


「…まぁな」


「それに、7年前、貴族も国民ももろ手を挙げてあのアバズレを女王にしてナツを罵倒して嘲笑して叩き出したんだよ。国民がどうなろうと知ったこっちゃないね。自分達がしたことの後始末を任せただけなんだから」


「正論過ぎて何も言えねぇよ。それに関しちゃ、奴らもいい薬になっただろうよ。片方にばかり耳を傾けちゃなんねぇってな」


「かもね。でも、何年もつかな? 5年と持たずに、喉元過ぎれば、だと思うけど?」


「さほど期待してねぇよ。一例としてありゃぁいい。前例があるのが重要なんだ」


「なるほどね」


「…そろそろ戻る。文句が出そうだしな」


「そうだね。僕もそろそろ帰るよ。身重だからね、ナツは」


「二人目、か。2年前、初産と言えども臨月の女に気付かねぇとかあいつらはとことん節穴だな」


「全くだね。まぁ、あの女を女王にして、ダメだったらナツと挿げ替えれば元通り、なんて思ってた奴らだからね」


「一度、信頼も信用も容認も踏みにじっておいて、それがすぐに元通りになるとかバカだな」


「…一度壊れたものを元に戻すのはひどく困難だ。目に見えない形のないものならなおの事。そんなこともわからず、押し付けようとしてたんだから、拒絶されて見捨てられても文句は言えないよね?」


「全くだな」








「それじゃぁ、復興頑張ってね? 賢明なる老王が唯一見落とした妹姫の忘れ形見さん」


「けっ、精々田舎で昼寝でもしてろ。女王を誑し込んで本命を手に入れ、破滅に追い込んだ黒幕が」







 7年前、近隣に名を轟かせる賢君がいた。

 彼に後継者として指名された王の姪であるナツ姫を排斥し、もう一人の王の姪であるユイ姫を王位につけた宰相達、そして、もろ手を挙げてそれに喝采を叫んだ国民は5年後に自分達の愚かさを思い知った。


 ナツ姫が押し込まれた辺境は可もなく不可もない田舎から変貌を遂げて、世界中の流通が集まる商業都市として発展した。各国の代表とも誼を通じたナツ姫は土地の豪族の跡取りであるキョウと惹かれあい、今から4年前に成婚した。

 王族の婚姻は難しいはずなのだが、当時はユイ姫に夢中であった宰相達は報告を斜め読みしただけで放り投げ、ユイ姫は言われるがままにサインをするだけだった為、あっさりと結婚許可書に署名した。

 誰にも知られることのなかったナツ姫の結婚だが、誼のある各国の代表達は本人からの発表を受けて祝いを送っている。その動きにすら気づかなかったのだから、宰相達はバカと言うか節穴というか…非常に残念である。


 2年前、ユイ姫の暴虐と淫楽ぶりにナツ姫をお飾りとして玉座に据えようとした宰相達は、当人から徹底した拒絶と侮蔑を食らって戻ってきたが、そこはすでに反逆者によって制圧されていた。


 無血クーデター。


 大陸に散らばる数多の国、どこをとっても歴史上在りえないそれはあっさりと成功してしまった。

 首謀者はファルモス伯爵ザイ。

 ナツ姫の伯父である賢君の異母妹の一人息子である。降嫁した王女は王族であるが、その子は王族ではない為、継承争いからは除外され、ユイに籠絡されてからは宰相達の意識の外にやられ、ナツを気に入ってからは賢君からも忘れ去られていた。…ある意味不憫だ。


 自身が貴族であるという自負から臣下として沈黙していたが、能ある者が総じてナツ姫の領地に逃れるかとっとと王宮を見限っていた為に穴ぼこだらけの王宮で諜報活動などし放題だった為常にユイ姫と宰相達の動向は筒抜けだった。


 唯一の頭脳役である宰相とその息子がいなくなったのを見計らい、色狂いの気があるユイ姫を自らの美貌で釣って油断させたザイは、入り込ませた腹心達を動かして瞬く間に制圧した。


 ユイ姫と宰相達を幽閉し、官吏達の選別を行い、政治を整え、各国の賛同を得て、全てを整えて貴族の粛清と民への即位宣言が行われたのはクーデターから半年後の事だった。


「見ろ、かの地を。お前達が蔑み見下し罵倒し追い出した彼の姫は彼の地を発展させ、莫大な富を生み各国の代表が称える名君として君臨している。そして、お前達が望み玉座に頂いた女王は、悪辣極まりない愚物だったと十二分に理解できただろう。恨みも怒りもお門違いだ。これは、この国の現在は、お前達が選んだ結果なのだから」


 国中の民が集まったと言っても過言ではない広場に、ザイの演説が響き渡り誰もが何も言えなかった。

 直後、行われた貴族の大量粛清。

 1年半をかけて国を収束させたザイの即位式は、唯一の王族としてナツ姫が王冠をザイにかぶせた。


 彼女の側には、ユイ姫が在位していた5年間、1ヶ月に一度は王宮で見かけた男が立っていた。

 ユイ姫の悪辣さを笑顔でそれとなく助長していた全身黒ずくめの男は、ナツ姫に弾んだ声で名を呼ばれ頬をほころばせた。


 悪辣にして愚王、ユイ=クトゥルメ

 救国の英雄であり武断の王、ザイ=クトゥルメ。

 清廉たる慈悲深き名領主、ナツ=ザイラーム。

 領主の伴侶にして千里眼たる策略家、キョウ=ザイラーム。


 クトゥルメ王国史に名を残す4人が、どのように暗躍していたのかを知る者はいない。

 貴族の大量粛清の際、共に粛清されてしまったから…。


※ ハヤトはナツの婚約者候補で、タケシはユイの婚約者候補だった。

※ キョウは幼い頃にあったナツに一目惚れし、手に入れる為に画策していた。

※ 本来、キョウは爵位も何もない地方豪族の跡取りでしかないので、ナツとの結婚は不可能だったがそれを可能にするためにユイを籠絡していた。


…全ての黒幕はキョウもしくはザイだが、大穴でナツかもしれない王家交代劇…。

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