デーモン・カーニバル
「この前、赤髪の少女を頂きましてね。」
「ほう、私も好きです。」
「ええ。歯茎がとても。」
「おや、悪食ですな。」
デーモン・カーニバル
伯爵は茶色の目をぎょろりとさせながら最近食べた少女の味を思い出しているのか、口元をナフキンでそっと拭いた。彼は友人たちの中でもグルメであり、前から薦めていたものの食べる機会がないのを憂いていた。どうやらお気に召したようで何よりだ。
内乱に巻き込まれ数々のシスター達が張り付けにされ血を流したと云われている呪われた教会は悪魔の社交場となっており、本日赤い満月の夜に行われているのは謝肉祭――カーニバル――である。日々人間達を頂戴している身分で感謝の一つはなかろうか、と遠い先祖達が考えた面倒くさい、いや伝統ある行事の一つである。しかし、ここにはその祝いとは逆にただ茶話会として来た者や後ろ盾――スポンサー――を獲得したい者など、目的は多種多様である。古くからの付き合いである友人達を持つ私としては彼らの最近起こった楽しい出来事や嬉しかった出来事など血生臭くて汚らわしい話が楽しみなのである。
悪魔の中でも結構な位を持つ伯爵にはいつでも使い魔志望の弱い悪魔達がここぞとばかりに媚びへつらい、醜い声を上げながら駆け寄ってくる。馴れ馴れしく伯爵に近寄ったインキュバスが心臓を掴まれて泣き喚いているのを眺めていたら、ふとワインレッドのソファに座ってワイングラスを退屈そうに傾ける旧友を見つける。伯爵も私の視線を追いかけ、その姿を見つけるとそっと私の肩に手を置いて悪魔達を率いてパイプオルガンへと足を向けた。どうやら気を遣ってくれたようだ。彼には今度死産したばかりの赤子の魂を見せてあげよう、と心に留めておきながら髭の先をいじって足を伸ばす旧友に近づいた。
「やあ、久しぶりだね。」
「あ?なんだ、お前か。」
「なんだとは酷いな。お互いに選ばれた者同士じゃないか。」
「何代前の話してんだ。あっち行けよ。」
彼のいかにもつんとした態度にううん、とさすがに顎を引いてしまう。どうやらまだ幼少時代の苦い思い出に連なって私を恨んでいるようだった。それに関しては私もあの時助けられなかった罪悪感を持っているし、彼が許してくれるのならば秘蔵の美女頭髪コレクションを一瞬で灰にする事も適わないのだが。彼としては既に今更謝られても、という風に全く相手をしてくれないのだ。
まあ、まだ目の前に立っていても逃げ出さないまでには関係が修復されているという事だが。
「ここの料理は食べたかい?クラーケンの解体ショーもそろそろ始まるけど。」
巨大な水槽に入れられたクラーケンが運ばれてきたのを見た観衆は拍手と歓声をあげて大盛り上がりだ。どうやら私の苦労は無駄ではなかったらしい。彼もそれにつられてちらり、と視線を向けて先がふさふさとした毛に覆われた尻尾をゆるゆると振るが、私の視線に気付くと、んん、と咳払いをしてつん、とまたそっぽをむいてしまった。
「興味ない。」
「そんな事を云われてしまったら、さすがの私も傷つくなぁ。」
「は?」
「あれ、私が北の海で獲ってきたんだ。」
「お前が?」
「ああ。この日のために、わざわざね。」
軽くウインクをして彼のグラスに自分のグラスを当てる。かちん、と軽快な音と一緒に処女の葡萄酒がたぷん、と揺れた。彼はむす、とした表情を一瞬だけ和らげて椅子から緩慢な動作で立ち上がる。きっと彼を知る者ならば目を丸くして喚きだすかこれは夢かと笑い転げるだろう。旧友である私としては、この上ない幸福なのだが。彼は昔からその愛想のなさとやる気のなさで誤解されやすいが構われると放ってはおけない者なのだ。
「ベル。」
「……なんだよ。」
「今日は楽しんだ者勝ちだぞ。」
「分かってるよ。」
きっと彼はあの時の私を許しはしないだろうけど、きっといつか昔のように戻れる時はいつか来ると、私は思っている。何故なら私達、悪魔には無限に感じる長い時間があるのだから。
冒頭の会話がふっと浮かんで、まさか人間にはこんな事言わせられないので悪魔達に少しだけ協力をお願いしました。
こんな丁寧な悪魔達はいないと思いますが、出ている悪魔達は名前は出ていませんがキリスト関連の悪魔達なので英国紳士をイメージしました。
ここまで読んで下さってありがとうございます。