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~前話のあらすじ~
イドフリスの屋敷であるリシター邸に訪れた影武者と姫。姫は働かずに豪邸に住んでいるイドフリスを非難し、貴族のあるべき姿を熱弁する。そんな姫の姿に感動した影武者は、ケツ穴を蹴り上げてもらうことで忠誠心を示した。その忠誠心は豪邸の玄関を破壊し、イドフリスとの面会を早めてくれた。
「さて、用件を聞きましょうか」
イドフリスは目の前に王族がいるにもかかわらず椅子に座った状態で話し始めた。
それに対してスイナは特に気を悪くはしなかった。イドフリスの容姿を見れば、誰もが仕方がないと思うだろう。
彼の豊かな金髪、やや垂れ目の碧眼は貴族らしい美しい容貌だったが、隈のある青白い顔に、長い首にうっすらと浮き出る青筋は貴族らしからぬ要望だった。黒のスラックスと襟付きの白いシャツを着用しているため、胸はほとんど露わになっている。しかし、それを扇情的だとは誰も思わない。彼の胸板は薄く、鎖骨だけでなく肋骨すら浮き出そうに思えるほどのものであるからだ。彼の体つきは、貧民を除外すれば病人そのものであった。
彼女の記憶にある彼の姿は結婚式当日が最新であった。それから2年がたっている。
「痩せたわね……」
率直な感想が口から漏れてしまうと、言われた本人は少し恥ずかしそうに表情を変えた。
「ええ、私は病気ですからね」
「そう……」
言葉が詰まってしまう二人。互いに寡黙というわけではない。ただ、相手のことをよく知らないからどう話しかけて良いか迷っているだけだ。だから、イストが口を開いた。助け船というやつだ。
「そのとおりです。悲しいことに、イドフリス様は重篤な〝メイドさん依存症候群〟を煩っていますから」
「……はい?」
もちろんその病名の所為で場の空気が白ける。特にスイナの周りが。
悔しそうに顔を歪めながらイストが口を開くと、スイナは不思議そうな顔……むしろ呆れたような顔をした。
メイドさんも謎だけど、依存ってなんだよ、という顔だ。
「はい。イストくんの言うとおりに私はこの国始まって以来の奇病に犯されているのです。本来であればリシター家の当主として、貴族の一人としてこの国の安定に貢献しなければならないというのに……」
「そんなことありません! あなたにはあなたにしかできないことがあるのです!」
「……イストくん。こんな私のことを買ってくれるとは、礼を言う」
「いえいえ。今の私たちは、本当に貴方に助力を請いたい状況なのです。ですよね、姫?」
「えっ!?」
突然に話を振られたことに戸惑うスイナ。てっきり、イドフリスの機嫌を取るためのおべっかだと思っていたのだ。なによりその〝この国始まって以来の奇病〟とかいうのを煩っている病弱貴族になにを頼もうというのだろうか、まったく見当が付かなかった。
どう答えて良いのか悩み、「なんのこと?」と言おうとした瞬間、イドフリスが突然胸をかきむしる仕草をして椅子から転げ落ちた。
イストは素早い動きでイドフリスを抱き起こした。
「う……あぁ……」
「くっ! こんなときに発作が起きるとはっ!」
「ええっ!? ど、どうすればその発作が治まるのよ!」
発作。それがメイドさん依存症候群とやらの症例のひとつらしい。発作状態から回復させる為に何が必要かは、その病名からすぐにわかるはずだが、スイナはわからないらしい。
「メイドさんを連れてくるのです!」
「なにを言ってるのよっ! こう言うときは侍女よりも医者でしょ!?」
「いいえ。侍女でも医者でも効果がありません。メイドさんでなくてはいけないのです!」
「もう、わけがわからない!」
いや、わからなくていいだろう。
部屋の中での異常を察したのだろう、ドアが開けられて数名の侍女がなだれ込んできた。
「ご主人様、大丈夫ですか!?」
そう言って真っ先に駆け寄ってきたのは、ごく普通の侍女が着るようなエプロンドレスを着た女だった。
「あら、どこか痛むの? そんなマヌケなご主人様のためにお薬を飲ませて挙げようと思ってるアタシってとても優しいと思わない?」
そう言って次に駆け寄ってきたのは、どちらかといえば侍女と言うより看護婦に見えるのだが、やたら高圧的な女だった。
「わ、わ、わ。ご主人様が倒れちゃったですぅ。ひーん、どうしましょう!」
そう言って駆け寄ってきたのは、格好は侍女らしいがどう考えても幼すぎる容姿の、いわゆる少女だった。袖が余って服がダボダボだし。
「ご主人様をいじめたのはどこのどいつだっ!! ボクがやっつけてやる!」
そう言って駆け寄ってきたのは、丈の短いスカートのエプロンドレスで、サーベルを帯剣した女だった。
「大変だべ! ご主人様ったらおながを減らせて倒れちゃったんだべさ。ほら、オラのこさえたオムライスを食べる!」
そういって駆け寄ったのは、皿の上に美味しそうなオムライスを載せてやってきた、どこか田舎くささを感じさせる侍女だった。スプーンに一口すくうと、ふーふーと息をかけて冷ましてる。
彼女たちのほかにも「悪魔の仕業ですね」と口走るシスターのベールを被った侍女や、「いいえ、霊の仕業です」と言って木の枝を振り回す朱袴にエプロンドレスを着たどう見ても祈祷師のような女、「ワタクシの家にいる名医を連れてきましょう」とほざく豪華絢爛なエプロンドレスを着た後ろに侍女軍団を引き連れた無茶苦茶な存在の女など、部屋に入りきらないほどのおかしな姿の侍女達が集まってきた。中にはたぶん、女装している美少年もいることだろう。
もちろんその光景に驚くスイナ。
「な、な、な……」
頭はすでにオーバーヒート。右手に炎の精霊、左手に冷風の精霊。高まる精霊力。そして二つは近づいていき――
と、すんでのところでその行為を止めてしまうほどの驚くべき事態が起きた。
「ワハハハハッ! 心配をかけたなみんな!」
先ほどまで呼吸もままならない様子でイストに抱きかかえられていたイドフリスが立ち上がっていたのだ。しかも、腰に手を当てて胸を張り、堂々としている姿は別人に見える。
というか、顔の色つやが良くなっているのはどういうことか。
「私は……みんなのおかげで復活したよっ!!」
前歯を輝かせ、中指と薬指を折り曲げた手を顔の横に持っていき――ポーズ。
「キラッ☆」
それを見ておかしな姿の侍女達は「キャー」と黄色い歓声を上げる。
ついていけない。
スイナはそう思った。ふとイドフリスの横から自分の横に移動してきたイストに目を向ける。イストは何かをやり遂げたかのような清々しい顔で、額の汗を拭っていた。
「危ないところだった……もはや、この人数のメイドさんが必要になっていたとは」
「それってどういう?」
聞いても疲れるだけだと思いながらも、スイナは聞いてしまった。対してイストは改まった口調で真実を告げる。
「イドフリス様はメイドさんにハマッてしまったのです! そのため、メイドさんが周囲にいなくなると心拍数の低下や筋肉の弛緩が起こるのです! それがメイドさん依存症候群の症状なのです!」
「メイドさんって、もしかして……アレたち?」
スイナが指を指す先にはおかしな格好をした侍女達。スイナにとって、もはや彼女たちは物体扱いらしい。きっと、人権もないのだろう。
「はい。彼女たちに注目して欲しいとか、彼女たちの近くにいたいとか、彼女たちの匂いに包まれていたいとか、彼女たちにニャンニャンとかフーフーとかしてほしいとかそういう願望を叶えることで症状が緩和されると言われています」
「……つまり、病気ではないと?」
「なにをおっしゃいますか。彼の顔を見てもらえば病気であることがよくわかると思いますが?」
「……病気ね」
「そのとおりです」
「……イドフリスという病原体に犯されているのね、この屋敷は」
「はいいっ!?」
再び輝き出すスイナの両手。今度は一気に最大まで光が膨れあがる。
そして――
「時空の越えて飛んでいけぇぇぇぇっ!!」
――両腕は組み合わさり、力が爆発する。
力の奔流に吹き飛ばされながらもイストは、この世界がギャグで良かったとメタな感想を持つのだった。
マクロスFに出てくるシェリルはMary Sueテストで高得点を取れる人物です。あれはいいマクロスの二次創作物だった。