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~前話あらすじ~
前話のあらすじでザウルスの倉庫に向かうと書いておきながら、それを2行に集約してしまった影武者と姫。しかし、影武者の新たな野望が明らかにされたり、「ちょっと今更じゃない」と思うような〝メイドさん〟なる単語が出てきたりして、物語は加速するのだった。
リシター家。
それは、現在の貴族院議長テクタイトのイソー家とともにレバンジオ王国を支えてきた古くからの高貴な一族である。イソー家とリシター家は王家を支える二つの柱なのだという。
しかしながら、先代当主のライドスは若くして病死しており、現当主のイドフリスもまた病弱のために床に伏せているとのことで、ここ数年はなかなか屋敷からも出てきていない。よって、リシター家は約20年ほどは政治に関わっていなく、そのために現国王のデギナサルスは常に不安感を抱えている。
イストは国民の多くに伝わっているそれらの情報を思い出した。そんな状況だからテクタイトは50歳前だというのに頭がはげ上がって痩せこけるし、王子は国王の焦った顔とプレッシャーによって不良王子となってしまったのだと彼は思う。
そんなイストの横で、スイナは目の前にそびえる門を見つめていた。
広大な庭に囲まれた屋敷の周りを鉄製のフェンスがぐるりと囲み、裏の通用門を除けばこの表門しか入るところはない。だが、この表門は巨大であった。門扉のみでも高さは5m、幅は10mもあり、人間の力で動かすのは一苦労である。また、門扉を支えている柱は縦横2mの四角柱。
何のためにこんなに頑丈な門を作ったのか疑問に思う。まるで戦争をしようと思っているのかと思うほどの門は、よくよく考えれば、貴族達に開かれている自分の王城の門よりも立派であった。まあ、装飾の美しさでは王城の門の方が上だと思うが、仕事をしていない貴族にこのような広大な土地と屋敷を与えているとあっては、あまり楽しいものではない。
ちらりとイストを見てからスイナは口を開いた。
「さて、ここまで素直に付いてきたのだから、リシター家に来た理由を教えなさい」
しかし、イストは首をかしげた。
「理由は先ほど申し上げたとおりですが?」
「先ほどって……メイドがどうとか言うことかしら?」
「いえいえ。〝メイド〟ではなく、〝メイドさん〟です」
イストがいつものクールを装った顔で再度説明するのだが、スイナは余計に混乱していく。
「だから、メイドなのでしょう? 侍女なのでしょう?」
「いえいえ。ですから――」
もう一度言おうとして小さくため息を吐く。
「――口で説明するよりも実際に見ていただければわかります」
「なら、入るわよ」
スイナはそういうと左手を掲げた。手首にはブレスレットがはめられており、それには不思議な輝きを放つ白い石が埋め込まれていた。この石こそがザウルスの頭蓋の中に生じる竜核と呼ばれる鉱物である。
その竜核に特殊な加工を施すことで、精霊の力を使って制御している機械に何らかの操作をさせるためのキーとなる。ここでは「門を開かせるという機能」になっていて、ゆっくりとではあるが、巨大な門扉が音を立てながら開いていった。
門が完全に開ききったところでスイナは歩き始め、彼女の後ろにイストが着いていった。
「ワタクシが実際に見ることで理解できなかったらどうするつもり?」
「その場合はイドフリス様が説明してくださると思います」
スイナはイストの言葉に違和感を覚えた。
「なぜイドフリスが出てくるの? 彼は今、病で伏せっているはずでは?」
「それは表向きの発表です。完全に病に伏せっているのならば、なぜ一昨年に結婚式を挙げることができたのでしょうか」
スイナはそういえばそうだと思いながら、その結婚式の豪華さと、料理の美味しかったことを振り返っていた。そのときも「なんで病気の人が元気に結婚式を挙げているのだろう」と不思議がっていたのだが、その料理のおいしさに騙されていたのだと思うと、急に腹立たしくなってきた。
そして、その結果彼女は早足になる。
「どうして急ぐのです、姫?」
「なんかムカついてきたから」
「……私にですか!?」
早足に楽々付いてくるイスト。目は暴力に対する期待に満ち、息も若干荒い。それを面倒くさいと思いながらもスイナは「違うわ」と短く答えた。
「では、イドフリス様にですか?」
残念そうに聞くなと言いたい。
「そうよ。お父様やテクタイト議長が国家安定に苦心している最中に、仮病を使って国の金で遊んで暮らしているとあっては、ほかの貴族に示しが付かないわ」
「ほぉ……」
イストの目からは変な輝きはなくなり、あまり見せたことのない別の輝き……どちらかといえば野心家がもつ肉食獣のようなギラついた輝きが発せられる。
「仮にもレバンジオの柱とも言われたリシター家の者ならば、国を存続するために一心不乱に政治をするべき」
レバンジオ王国には他国に誇れるものはなにもない。
よく言われることだった。
国土は小さく、土地はその多くが畑に不向きな森林地帯。大きな河川もないので物資の輸送もなかなかうまくいかず、街も豊かにならない。特に素晴らしい工芸品を作れるわけでもなく、それらの原料も他国から購入している始末だ。
それでもなんとかこの国が存続しているのは、古より同盟関係であったラヌイジオ王国に支えられているからだ。だからといって、ラヌイジオの一部に成り下がることはしていない。
独立したままでいるのは、王族と貴族達の意地であった。貧しくとも己の足で大地に立つことを選んだ。
「貴族とは貴き生まれの人物のことではない。貴き心を持っていると評される人間のことよ!」
その意地とは誇りだった。
誇りを誇る人間など惨めなものだ。この国の人間の多くはそれを理解している。
だから、誇るものはなにもない。
しかし、イストはこの憤慨している少女を見ていて、誇れるものがあるではないかと思う。国民が王族を誇りに思うことは惨めなことではない。
彼はため息をつくように小さく笑い、思ったことを自然に口にしていた。
「そんな気高い姫に踏まれる私は幸せ者です」
……色々と台無しである。
毎度のことだが、この瞬間の彼には誇りなどどこにも存在しない。ごく普通の性的な欲求を口にしていた。
もちろん、素早く動いてスイナの前に移動済み。
もちろん、素早くしゃがんでスイナにおしりを向けるのも忘れない。
「えっ!? ちょっ……そ、そんなところにいられたら……」
スイナは止まろうとした。止めようともした。だが、蹴りやすい高さに男の尻があると、ついつい右足を後ろに振り上げ、そして振り下ろし、ちょうど肛門につま先をねじ入れるように蹴ってしまう。
「鳴きなさい、影武者!」
「きゃいん♪」
蹴られたイストはそのままお屋敷の玄関ドアを突き破り、仰向けに着地した。
そしてそこにもパラダイスが。
「キャーッ!」
突如現れた侵入者に、近くにいたメイドはスカートの中身を見られた。そして叫び、もちろん足は振り上げられて、振り下ろされる。狙う先は侵入者であるイストの顔。
「えうぅっ!」
「誰でもいいんかいっ!」
そんなイストを、顔を碇で赤くしたスイナはもう一度おもっくそ蹴り上げるのだった。
そして彼は、「今度は膝蹴りがいいなぁ」とだらしない顔で呟きながら、さらに屋敷の奥へと進むのであった。
「なんと乱暴な来訪なのか」
奥の部屋にて、椅子の上から彼を見下ろす男。
「お久しぶりです、イドフリス様」
「そうだな、イストくん」
表情をひとつも変えずに足下のイストを見つめる男。その男こそ、この屋敷の主、イドフリス・カタ・リシターであった。
別にメイドとメイドさんの違いを議論するつもりはありませんが・・・