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~前話のあらすじ~
イストが影武者として選らばれ、そして自分の本性を知った過去の話。彼はスカトロ趣味を持ったマゾだった。
ドラゴンの倉庫に他と着いた二人。入り口を警備していた兵士達に軽く挨拶しすると、片方の初老の男が困った顔をして「また王子を探しているのですか?」と笑いながら労ってくれた。
姫も昔から見知った顔が相手であるので、小さく笑って「そういう顔をしないでくれない?」と返答した。
「無理ですよ。我々は姫が苦労していることよく知っていますから」
「苦労はしているわ。だけど、同情されるようなことではないわよ。だって、ワタクシはいずれこの国を率いる人の世話をしているのだもの」
「では、そのようにいたしますよ。王子を見つけたらすぐに取り押さえ……はしませんが、どこに向かうかぐらいは調べておきます」
「ええ、感謝するわ。それじゃあ、お兄様はここに来ていないということね?」
「残念ながら……」
いくら小国だと言えども、兵士が王族に対して軽口を叩くというのは本来ではあり得ない。だが、ドラゴンという国家の財産として安価でないものを守っている兵士は単なる兵士ではなく、騎士階級の人間だ。貴族制になってからは王族すら貴族の一部であり、騎士も貴族である。下級と上級の違いこそあれ、それは組織ないでの上司と部下の関係程度ぐらいのものなので、こういった会話が可能である。
イストがそんな会話を聞きながら、自分が王となって国を治めることになったら、現在主流である貴族制を敷くのかは微妙なところだと思っていると、倉庫の通用口が開いた。
出てきた人物には見覚えがあった。というか、よく顔を合わせる。そのぽっちゃりした体型がどことなく安心感を与えてくれる人物だった。顔も実年齢より幼く、醜いと言うよりどちらかと言えば可愛らしい部類に入る。たぶん、痩せていれば美少年という表現がちょうど良い顔なのかも知れない。
それを仮定のこととして、イストは親しみを込めて彼の名前を呼んだ。
「チャリシス様じゃないですか」
「チャシリスだ!」
微妙に間違ったようだ。しかも、本人の否定する速度からするに、いつも間違えているようだ。イストもどこが間違ったのか気付かないようで、首をかしげている。
「どっちでもいいじゃない、チャリシス」
部下の非礼に詫びようとしない姫。むしろ、そう呼ぶ方が当然だと思いこんでいるのに違いない。
「よくないよ、スイナ! ボクの名前はチャシリス・ギータ・ポッチャー!」
「だから、ぽっちゃりし過ぎのチャリシスでちょうど良いと思うのだけれど?」
「全然ダメ! いくら僕たちが幼なじみだからって、それは失礼すぎ!」
睨むチャシリスに、それを何も考えずに見つめるスイナ。見かねて口論の発端になったイストが間に入る。
「まあまあ、チャリシス様」
「だからチャシリスだってば……イストくんも酷い奴だな」
流石に何度も間違われると訂正する気力も減っていくようだ。それもそうだ。「ぽっちゃりし過ぎのチャリシス」というフレーズが頭の中にへばりついてしまったのだからしょうがない。イストにはもちろん、チャシリス本人の頭の中にもベッタリだ。。
「それはそうとチャシリス」
「今度は間違えないんだね、スイナ」
名前を正確に言ってもらえたチャシリスは顔を輝かせるが、スイナは首をかしげる。
「間違う? 何を?」
もちろんチャシリスは項垂れる。忙しいぽっちゃり系だ。
「いや……もうなんでもいいや」
とりあえず三人でザウルスの飼育小屋に向かって歩き始めた。
「それで、なにか聞きたいことがあるのかな?」
ここにいる上流貴族2人と影武者の中で、一番大人なのはいじられた本人であった。すぐに立ち直って話を進めるよう努力してくれる。
「あなたはここで何をしていたの?」
「何をって……ドラゴンの格納庫なんだから、ドラゴンを見に来たにきまっているじゃないか」
「ふぅん。あまりこう言うところには顔を出さないと思っていたけれど……」
スイナの発言にイストも頷く。だが、彼はチャシリスがここに来た理由も少しは理解できる。
「ドラゴンは国の大事な財産だけれど、それ以前に兵器なんだ。だから、必要となったときにどの程度使えるのかを把握する必要があった。だから僕はここに来ていたんだよ」
「……戦争? レバンジオが? 相手はどこ?」
「相手はまだいないけど、ラヌイジオのスゴルド殿下が王位に就けばすぐにでも戦争が始まるからね」
「スゴルドって……『ぬぅぅっ! これはまさしくデパル湖の清き水のごとし涼やかさ!』とか、『おぉぉっ! 邪神ガ・グゥースの再来のような気丈さ!』とか、いつも仰々しくて感嘆しまくっている、あのブサイクのスゴルドのこと?」
「そうそう。背丈は大きいのにガリガリに痩せこけていて、そのくせ長刀を持たせればラヌイジオ一の武将とも言われている、あのブサイクのスゴルドのことだよ」
スゴルド・イト・ラヌイジオ。
レバンジオ王国と同盟関係にあるラヌイジオ王国の第一王位継承者である。
最近の彼の動きは領土拡大に傾いている。どこかの国と戦争になったら、同盟国としてレバンジオも兵を出さなければならなくなるだろうし、そうなれば兵器としての需要が高いドラゴンを使わなくてはならなくなる。あいにくレバンジオにはそれほど兵力と呼べるほどのドラゴンは存在していないが、その分、国民が労働力として駆り出されることが予想される。それは国民を苦しめることに他ならなく、国民を大切に思っているチャシリスにとってはとても苦しい現実なのだ。
ちなみに、チャシリスがぽっちゃりし過ぎているのは単に食い意地が張っているからということではない。むしろ彼は節約家だ。それでもああなってしまったのは、貴族の食卓を想像してくれれば容易にわかる。朝食だとしても、主食が5品あるのは当たり前、副食にいたっては20品はくだらない。
それらにかかる金はどこから出ているか。国民から徴収した税からである。それをよく理解しているチャシリスは、食卓に並んだものすべてを平らげるようにしている。税金で作られたものを捨てるなんてとんでもないと、彼は顔を真っ赤にして熱弁していたことがある。
いくらチャシリスが節約家だと言っても、まだ17になったばかりの彼である。貴族であるポッチャー家のやり方を激変できるわけもなく、せいぜい主食2品、副食7品まで減らすので精一杯だった。ぽっちゃりし過ぎても仕方がない。
いい人なのだろう。だが、イストにすれば、彼は表しか見えていない浅はかな人にしか思えない。貴族の食べ残しは下級の使用人達の食事となるのだし、使用人達で食べきれないものは破棄され、それを貧困層が拾って食べている。あまり無駄にはなっていないのが現実だ。
イストは頭を振る。チャシリスのことはどちらかといえば好きな人物だ。彼の行動に関する粗探しはあまり精神衛生上良くない。なので、考えることをやめて話に参加することにした。
「ブサイク、ブサイクって、同盟国の王子を指し示すには色々と問題があるのではありませんか?」
「じゃあ、なんて呼べばいいのよ」
「そうだよ、イストくん。キミもスゴルド殿下のブサイクっぷりはよく理解しているはず。というより、同盟国内では彼のブサイクっぷりが話題の源泉だよ」
まあなんというか、二人とも自分の立場という者を理解して欲しいとイストは思う。二人よりもバカ王子のほうが、意外と自分の立場を理解しているかも知れない。
「それは言い過ぎじゃないの、チャシリス」
「そんなことないさ。同盟国のどの姫が彼に嫁ぐのかが今の話題だよ。そして世継ぎがどんな顔になるのかみんなで予想しあっている。だって、今の国王、エゼンケド陛下も王妃も美形なんだもんね」
「妙な話題が盛り上がっているんですね」
イストは、この二人以外にも自分の立場を理解していない貴族が多くて安心した。それだけのんびりしてられるというのは、戦争準備段階という噂が嘘であることを示している。
「そうねぇ。彼のお嫁さんになる人は大変ね」
チャシリスはスイナのことばに呆れて注意する。
「キミだって他人事じゃないでしょ。スイナも一応お姫様なんだから」
「むー……私はまだ15よ。スゴルドはもう22じゃない。年の差を考えなさい」
スイナは年の差を引き合いに出して自分のみを守ろうとするが、チャシリスは「でもね」と続けてきた。話が弾むことで王子捜索が遅れそうに感じたイストは、話をぶった切ることにした。それに、なんだか面白くないし。
「心配なさらずとも、姫が嫁ぐことはありません」
「すごい自信満々に言い切るね」
話をぶった切られたチャシリスは、半眼で「どういうことなのさ?」と聞いてくる。イストはそれに大きな声ではっきりと答える。
「はっ! スゴルド殿下は大きな乳には興味ないことを調査済みです」
「なっ!!」
二人の男の視線が話題の物体に集中する。もちろんその持ち主は思わず両手でガードした。
「ほんとだ、大きい」
「姫は平均よりもよく成長していますから」
スイナはガードを解いて拳を強く握りしめる。そこに集まるのは精霊の力と、彼女自身の恥ずかしさから来る怒り。
風を纏った拳が、己が突き進む音すら消し去るほどの高速で突き進む。。
対象は二人の男。
「ガン見するな、デブと影武者ぁっ!!」
「ぽっちゃり系だってばよっ!」
「おひょぉっ!」
イストは空を吹っ飛びながらも、同じような格好で恍惚の表情を浮かべて気絶しているチャシリスに対して合掌した。
少しばかり王子捜索を手伝ってくれそうだったチャシリスだったが、残念なことに諸処の事情で脱落した。
新キャラのチャシリス。
はい、もちろん私もチャシリスなんだかチャリシスなんだか訳がわからなくなってきました。まあ、しばらく出番がないキャラクターだからいいか。