5-1
昔々、とある小さな国にそれは仲の良い兄と妹がいました。二人は王子と姫でした。そして、その二人を支える立派な騎士がいました。
王子はとても優しい人で、国は小さくても民は幸せに暮らしていましたし、周りの国々からも尊敬されている人でした。姫はそんな王子が自慢でした。
ある日、隣の国の王様がとても慌てた様子でやってきました。
「王子よ! 助けて欲しいのだ!」
「どうしたのですか?」
「娘が悪い魔女に呪いをかけられてしまったのだ」
「それは大変ですね! ボクに任せてください」
いろんなことを知っている王子は自分ならばその呪いを解けると信じていました。
ですが、次の日になっても王子は帰ってきませんでした。
そして、また次の日、隣の国の王様がとても慌てた様子でやってきました。王子がいないので姫が相手をしました。
「姫よ! 助けて欲しいのだ!」
「どうなされたのです?」
「王子は娘の呪いを解こうとしたのだが、失敗して悪い魔神を蘇らせてしまったのだ」
「まあ大変ですね! ワタクシになにかできることがあればよいのですが……」
一生懸命考えましたが、姫にはなにも思いつきませんでした。
「ああ、すまなかった。王子は娘と一緒にその魔神に捕まってしまったのだ。それでは良い知恵も浮かばないだろう」
「お兄様と違い、お力になれずにすみません」
隣の国の王様は残念そうに帰ろうとしました。
「お待ち下さい!」
しかし、騎士がそれを止めました。
「私に良い考えがあるのです!」
「本当なのですか、騎士よ!」
「おお! 騎士よ、なんと心強い言葉か!」
騎士は隣の国に現れた魔神に対して、自分たちも魔神やそれに対抗できるほどの力強い何かを復活させて戦えばよいのだと言いました。しかし、その力強い何かがどこにいるかはわかりませんでした。
「わからないのならば、探せばよいのですわ」
そう言って姫は騎士と共に旅に出ました。
行く先々で色々な噂や昔話を聞き、二人はようやく古い遺跡にたどり着いたのです。
「ここが炎の悪魔が眠っているというのですね?」
「はい。そのとおりです、姫。その炎の熱さはまさに太陽のごときものだと言い伝えにあるそうです」
「しかし、封印の解き方がわかりませんわ……」
「ええ。ですが、入り口で止まっていてもなにも変わりません。中に進みましょう」
遺跡の奥には小さな石の棺がありました。中を開けてもなにもないのですが、騎士は何かを感じ取りました。
「きっと、これが悪魔の眠る棺なのです。眠っている悪魔は目に見えないのでしょう」
「では、次は封印の解き方を探さねばなりませんね。苦労をかけます、騎士よ」
「いいえ。姫のためであれば、私は喜んで苦難の道を歩きましょう」
「ああ! ありがとう、騎士よ」
そのとき、空っぽだったはずの石の棺から炎の球が飛び出て宙を漂い始めました。
封印の解除はそれほど大変なことではありませんでした。王族の血を持つ人間が、心の底から互いに愛し合っていれば封印が解けるというものでした。そうです、姫と騎士は旅をする中で互いに思い合っていたのでした。
「お前らが我を目覚めさせたのか」
炎の球は偉そうな声で話しかけてきました。姫が返事をします。
「その通りです、偉大な炎の悪魔様」
「我を偉大と言うか。ハッハッハ、これは気分が良い。気分が良い我はお前たちの望みを聞いてやっても良いと思っている」
なんということでしょうか。悪魔は悪魔だというのに姫と騎士の願いを叶えてくれるというのです。互いに手を取り合って喜ぶ姫と騎士だったが、悪魔は炎の球から手を伸ばすと、指を三つ立てました。
「だがな、叶えてやる願いは三つだけだ。それが終わったら我は自分のためだけに行動する。それと我も悪魔であるのでな、お前たちのどちらかの命をもらうぞ」
喜んだのもつかの間、二人は再び考えさせられました。互いに愛を確認し合ったのに、すぐに別れが来るかもしれないというのは不幸でした。
姫が言います。
「貴方に差し上げる命は、ワタクシと騎士とで半分ずつにできないでしょうか?」
「それはだめだ。半分の命など、我等悪魔には何の価値もない」
騎士が言います。
「お前は本当に私たちの願いを叶えてくれるのか?」
「気分次第だ」
「なんと……!」
「気分が良ければ叶えてやるが、気分が悪くなったらいつでもお前たちの命を食ってやるぞ」
姫と騎士はどうすべきか顔を見合わせました。
「相談は良いが、我の耳はすべての声を聞き取るぞ? おかしな考えはやめてもらおうじゃないか」
悪魔はそう言ってニヤリと笑いました。
これでは悪魔に太刀打ちするための作戦を考えることもできません。姫はこう言うときに王子がいたらと思い、嘆きました。騎士は姫の悔しがる姿に胸を打たれました。
「悪魔よ、命を差し出すのは私にした」
「騎士、なにを!?」
姫はあまりにものことに驚きを隠せない様子でした。一方、悪魔は満足そうに話しかけてきました。
「では、願いを3つ言え」
「願いの前にはっきりさせておきたいことがある。お前が叶えるのは私の願いだけだ。姫の言葉に耳を貸す必要はない」
「わかった、わかった。我の機嫌がよいうちに三つの願いを言うがよい」
騎士は心配そうな顔をする姫に笑いかけ、再び悪魔に向き直って一つめの願いを言いました。
「一つめは、お前が私の願い事を絶対に叶えることだ!」
そう言うと悪魔の周りに青白い光の輪が出現しました。
「……つまらん。そんな願いしかできないとは今すぐお前の命を食らって――」
怒った悪魔は騎士の命を取ろうとしましたが、青白い光の我が悪魔の身体を締め付け始めました。悪魔はうめき声を上げて地面に落ちました。
「ぎゃぁぁ……騎士め、このような願いをするとは許さん! さっさと残りの二つを言え! 我は自由になったその瞬間に貴様の命を食らうのだ!」
騎士は狙い通りにうまくいったことに驚き、自信を持って二つめの願いを言いました。
「二つめは、つい最近に復活した魔神を倒し、我が国の王子と隣国の王女を救い出すことだ!」
「わかった……待っているがよい!」
悪魔は勢いよく遺跡から飛び出すと、そのまま魔神が居る方向へ飛んでいきました。
姫と騎士はそのあとを一生懸命追いました。
やがて、強い地響きと大きな火柱が支配する、魔神と悪魔の戦いの場所が見えてきました。山のような巨大な魔神を、小さな炎の球が徐々に押していました。そして遂に魔神は地面に倒れ、悪魔の炎によって燃え尽きました。
騎士がふと森に目を向けると、這々の体で一組の男女が出てきました。男が姫と騎士を見ると感激の涙を流して近寄ってきました。
「おおっ! ボクの妹よ!」
「お兄様なのですわね!」
なんと、男は王子であり、女は隣国の王女だったのです。
「この度は我が国の所為で大変ご迷惑をおかけしました」
隣国の王女が頭を下げて謝るので、姫は慌てて頭を上げるように言いました。
「良いのです。こうやって助かったのですから」
「ですが、あの魔神を倒すほどの力強い者を持ち込んだとなると、その代償は大きかったはず……」
王女の言葉に王子はハッとしました。
「まさか……悪魔に命を捧げる約束をしたのか!?」
姫は首を横に振り、騎士を見つめました。王子は姫がなにを言いたいのか理解し、騎士に問いかけました。
「騎士であるキミが命を捧げると?」
「そのとおりだ、王子よ」
ですが、答えたのは騎士ではなく、魔神を倒して戻ってきた悪魔でした。
悪魔は少々疲れた様子で騎士に問いかけました。
「ハッハッハ……では、最後の願いをさっさと言え。この我をバカにしたような願いを言ったお前には苦しみを与えてやる。お前の命は地獄の炎でゆっくりとあぶりながらチマチマと端からかじって食らってやるのだ!」
悪魔は騎士の命を楽しく食べることばかりを考え、そのおかげで真っ赤に燃え上がり、それはまるで太陽のようでした。
騎士はそれをしばらく見つめ、空を仰ぎました。そこにはいつもと変わらない太陽がありました。
「悪魔よ、お前はまるで太陽のようだ」
「ほぉ……今更そのようなことを言って褒め称えても我の考えは変わらんぞ? だが、気分は良いな。もっと褒め称えるがよい」
「お前のような偉大な悪魔がこの地を守るならば、人間はいっそう繁栄するだろう」
「なるほど。願いはこの大陸を支配することか? それならば面白い願いだ。命を食らうのを1年ぐらいは待ってやっても良いぞ」
悪魔からの常歩を聞き、姫は嬉しくなりました。しかし、騎士は首を横に振りました。
「だがな、お前がこの地上にいるのはおかしいことなのだ」
「むぅ……やはりそれは我を愚弄しているのか?」
「そうじゃない。私が言いたいのは、どうしてお前が太陽にならないのかと言うことだ」
「は? 騎士よ、お前はなにを……」
「最後の願いだ。悪魔よ、お前はこれから太陽と戦い、それに打ち勝って新たな太陽になれ!」
「な……なんだとぉっ! ふざけるな! 我はお前の命を……うおぉぉぉ、身体が空に引っ張られていくぅぅぅぅっ!」
「太陽はひとつでいい。地上にはいらないのだ」
青白い光の輪に縛り付けられた悪魔は、そのまま太陽に向かって飛んでいきました。
こうして地上から魔神も悪魔もいなくなりました。
その後、魔神に捕らわれている間に親密になった王子と隣国の王女は正式に婚姻し、王子は隣国の新しい王様になりました。そして、騎士は国を救った英雄と呼ばれ、国王から何でも願いを叶えてやると言われました。当然、騎士は姫との結婚を認めて欲しいと願いました。
そうして二つの国は、その後の長い間に渡って互いに幸せを競い合う良い国になりましたとさ。
『童話 太陽はひとつでいい』より